1936年、アラン・チューリングは、その後のコンピュータ理論の基準となったチューリングマシンを提唱。同じ頃、コンラート・ツーゼは、二進数を使った最初の電磁式コンピュータと考えられているZ1コンピュータを発明しました。

その後、何が起こったかは歴史の通り。今日の世界では、コンピュータはあらゆる場所で活用されています。私たちの生活は、20世紀の終わりから比べても劇的に変化し、携帯電話に至っては、数年前にデスクトップコンピュータに使われていたものよりもはるかにパワフルなCPUが搭載されています。IoT(モノのインターネット)の登場により、コンピュータの力は私たちの生活の隅々にまで浸透。ワールドワイドウェブは、多くの人々が、今やオンラインで繋がっていなかった時代を思い出すことさえできないほどに、社会に大きな変化をもたらしました。

この変化に大きく貢献したのは、シリコンの発見と、それを使った優れたトランジスタの誕生です。これには1833年のマイケル・ファラデーによる半導体効果の最初の記録から、モリス・タネンバウム氏による1954年のベル研究所での最初のシリコントランジスタ製造、そして1960年の最初の集積回路誕生まで、100年以上の月日が必要でした。

そして私たちは今、次世代コンピュータの開発に向けた探求の旅で、同じような道を歩み始めようとしています。20世紀はじめに出現した量子物理学は、とても影響力が大きく、しかもそれまでの理論とは全く異なるもので、発見者本人たちですらその詳細の理解には苦労しました。

未来を作る歴史

1980年代はじめ、リチャード・ファインマン氏、ポール・ベニオフ氏、ユーリ・マニン氏は、「古典的コンピューティング」では解けない問題を解決できる可能性があるとして、量子コンピューティングという全く新しいパラダイムの基盤を世に送り出しました。それから間もなく、量子コンピューティングはその真価を認められることになります。

ピーター・ショア氏は、現在使用されているコンピュータの、圧倒的多数を占める古典的コンピュータでは解くのが難しい暗号の問題を、効率的に解くことができるアルゴリズムを1994年に発表。実のところ、「ショアのアルゴリズム」は、今でも世界で用いられている大半の暗号化技術を根底から脅かす力を持っています。

問題は、1994年時点では量子コンピュータが実在しないことでした。最初の小さな量子コンピュータが作られたのが1997年。しかしこの分野が本格的に始動したのは、2007年に、カナダのスタートアップ企業ディーウェーブが28量子ビットの量子コンピュータを発表した時になってからでした。

発見から100年以上の時を経て普及した非量子通信と同じように、量子コンピュータも現在急速に成熟しつつあります。誰が最初の強力な量子コンピュータを生み出せるかという競争に、IonQ、リゲッティ、IBM、グーグル、アリババ、マイクロソフト、インテルなど多くの民間企業が参戦しています。さらに、あらゆる主要国が、量子コンピューティングの研究開発に何十億というお金を投資しています。

量子コンピュータは非常に大きな力を持っていますが、開発がとても難しいため、コードを解読できる者は、長期にわたって強力なアドバンテージを持つことになります。それはとても大きな意味を持ちます。下図は、量子コンピューティングの持つ力を顕著に示しています。

Quantum leaps: growth over the years
量子跳躍:年々続く成長
イメージ: Statista

現在広く使用されている2048ビットRSA暗号を破るには、1秒に1兆回のオペレーションを行う古典的コンピュータでは約300兆年という気の遠くなる時間がかかるため、私たちは安心していられます。

しかし、「ショアのアルゴリズム」を用いた量子コンピュータは、これをたった10秒で、しかも1秒に100万回ほどのオペレーションでこなします。300兆年対10秒、これが量子コンピュータの持つ圧倒的な力です。

各国がこの分野に多額のお金をつぎ込むもうひとつの理由は、それがとても難しいことだからこそ、達成すること自体が永続的なアドバンテージをもたらしてくれるということです。

それでは、現在量子コンピュータはどのような状況にあって、どこに向かっているのでしょうか?

量子コンピューティングは現在進行形のプロセス

量子コンピュータ開発という非常に大きな挑戦を考えた時、古典的コンピュータに例えれば、私たちは現在、だいたい1970年頃にいるといえるでしょう。量子コンピュータはすでにいくつか存在しますが、今日の標準と比べるとまだ信頼性が十分とはいえません。これらの量子コンピュータは、NISQデバイス(ノイズあり中規模量子デバイス)と呼ばれます。質が良くないためノイズがあり、量子ビット数が少ないため中規模ではありますが、実際に動かすことができ、一部、誰でもプログラミングできるパブリックな量子コンピュータも存在します。IBM、リゲッティ、グーグル、IonQは、本物の量子コンピューティングハードウェアへオープンソースツールによるパブリックアクセスを提供中。IBMは、自分のデータセンター(IBM Q System One)に置くことができる量子コンピュータの販売も行っています。

しかし、これらにはまだ2048ビットRSA暗号を破るほどの力はなく、そうなるためにはあと10~20年は必要になるでしょう。

1970年時点という先ほどの比較は、別の観点から考えることもできます。1969年10月、研究者たちは最初のメッセージをインターネット(当時の名称はアーパネット)を経由して送信しました。彼らが「ログイン(login)」という1単語を送信しようとした時、「l」と「o」を送信した後にシステムはクラッシュ。後に復旧し、メッセージは無事に送信されました。

さらに現在、ビットやバイトではなく、量子コンピュータが理解できる量子状態を通信する、量子通信システムの開発も進んでいます。これがあればインターネットの量子版を開発できるという重要な技術です。

D-Wave, NASA, Google and the Universities Space Research Association created the D-Wave 1,097-qubit quantum computer.
ディーウェーブは、NASA、グーグル、アメリカ大学宇宙研究協会と共同で、1,097量子ビットの量子コンピュータを開発。
イメージ: Reuters/Stephen Lam

また、量子チャネルなら伝送の仕組み自体に物理的保証があるため、暗号化通信の方法としても重要です。詳細は省きますが、盗聴や通信傍受などを行うと、それだけで通信している人に検出できるようになるという基本的な性質があります。これは手が込んだシステムのおかげで可能になるのではなく、量子チャネルの基本的な特性なのです。

しかし、量子コンピュータが役立つのは、暗号化や通信だけではありません。すぐに活用が期待できる分野のひとつは機械学習です。そこでは、すでに量子アルゴリズムが古典的アルゴリズムを凌ぐ「量子コンピューティングの優位性」のフェーズに到達しつつあります。機械学習における量子コンピューティングの優位性は、6~12か月以内に達成できると考えられています。近い時期に量子コンピューティングが実用化されるであろう分野は暗号化、機械学習、化学、最適化、通信など、枚挙にいとまがありません。そしてこれは始まりにすぎず、他の分野にも研究は急速に広がりつつあります。

グーグルとNASAはつい先日、「量子超越性」を実証したことを発表しました。これは、古典的コンピュータが、現実的な時間内に実行できないタスクを行う能力です。彼らの量子コンピュータは、世界最速のスーパーコンピュータでも1万年かかる問題を200秒で解き終わります。

今回解いたのは、実用的なメリットや意味はない問題ですが、量子コンピュータには大きな可能性があり、今後数年のうちにその可能性を解き放つこともあり得るということを示しています。

このことは、実益のある量子コンピュータ開発に取り組むことができる全く新しい時代の扉を開きました。何年も先のことではあれど、それがコンピュータ開発にとっての最先端領域となっていくことは確かでしょう。