ヘルスとヘルスケア

癒やす手、傷ついた心~欧州医療従事者のメンタルヘルス危機~

フランス、パリ近郊のオルネ = スー = ボワにあるロベール・バランジェ病院の集中治療室。

フランス、パリ近郊のオルネ = スー = ボワにあるロベール・バランジェ病院の集中治療室。 Image: Reuters/Gonzalo Fuentes

Hans Kluge
Regional Director, Europe, World Health Organization (WHO)
  • 欧州全域で広がるメンタルヘルス危機が、医療従事者と医療システムを危険にさらしています。
  • 長年にわたる放置、投資不足、危機感のない政策が、欧州の医療従事者に持続不可能な負担を強いています。
  • 適切なテクノロジーを活用してシステムを最適化すると同時に、業務負担の軽減と職場における暴力の根絶に向けた、即時的な対策が求められています。

24時間勤務の終盤、疲労のたまった医師が最後の患者の治療内容を再確認します。患者に痛みは残るものの、病床を空けるために退院させねばなりません。心身ともに疲れ切っているにもかかわらず、彼女の集中力はその目の前の患者に向けられたままです。

病室を出ると、彼女はすぐに別の種類の痛みに直面します。愛する人の入院継続を主張する、親族からの鋭い言葉の暴力を受けるのです。病床不足の中、親族たちは入院の延長を懇願します。このジレンマは管理職に何度も訴えてきましたが、医師には罪悪感が押し寄せます。帰宅しても、息をつく暇はありません。わずかな休息の後、すぐに自分の子どもの登校準備をしなければならないからです。

悲しいことに、このような話は決して珍しいことではありません。これは、燃え尽き症候群、不安、ストレスという重い負担を背負うヨーロッパ中の何千人もの医師や看護師にとって、声の上がることのない静かな現実です。

地域の医師や看護師は、危機的状況に立たされています。10月10日の世界メンタルヘルスデーにあたり、声を大にして言いたいことがあります。社会は、他者をケアすることに人生を捧げる人々を見捨てているのです。

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欧州全域に加え、アイスランド、ノルウェーの医療従事者を対象とした史上最大規模のメンタルヘルスとウェルビーイングに関する調査は、いくつかの厳しい現実を明らかにしました。医師と看護師の3人に1人が、うつ病や不安障害に苦しみ、10人に1人が最近「死んだ方がましだ」と考えたことがあります。この事実を深く受け止めてください。これらは孤立した事例ではなく、慢性的な課題です。長年にわたる政策レベルでの放置、投資不足、慢心が生み出した制度的な欠陥の表れなのです。

医療従事者に対する暴力も蔓延しています。3人に1人が職場でいじめや脅迫に遭い、10人に1人が身体的暴行やセクシャルハラスメントを受けています。医師の4分の1は週50時間以上勤務。その多くは不安定で、保護の行き届かない臨時契約です。これにより、雇用不安がさらに増幅されています。

安全でない職場環境とサポート不足が、医療従事者に深刻な影響を及ぼしているのです。長時間労働、夜勤、暴力、過重な業務負荷にさらされている医師や看護師は、一般の人々に比べて2倍も多く自殺を考える傾向があります。これは個々の医療従事者の個人的な悲劇に留まりません。私たちの医療システムの機能に対する直接的な脅威であり、私たち一人ひとりに影響を及ぼす課題なのです。

一方で、こうした状況にもかかわらず、医療従事者の大多数が依然として使命感に支えられていることも明らかになりました。彼らは今も毎日患者の元へ駆けつけていますが、私たちは、彼らのウェルビーイング(幸福)が損なわれるのを許してしまっています。はっきりさせておきましょう。献身は無限の資源ではありません。根本的な変革がなければ、欧州の医療を支える「人」という基盤が崩壊してしまいます。

議論している時間はもうありません。今すぐに具体的かつ実効性のある対策が必要です。これは、あらゆる医療現場において暴力やハラスメントを絶対に許さない、ゼロトレランスの方針を実施することを意味します。

長時間労働や過労死を招くような働き方の文化を終わらせる時が来ました。残業に明確な上限を設け、公平で予測可能な勤務体系を確立する必要があります。デジタル技術を活用してよりスマートな業務フロー計画を策定し、業務量の増大ではなく軽減に役立てるのです。AIを活用して書類作成やスケジュール管理、緊急性の低いトリアージなどの業務を自動化し、医師や看護師を支援することができるでしょう。ただし、AIはあくまで人的資源への投資を補完するツールとして活用すべきであり、人材代替のために用いてはなりません。

また、医療従事者が偏見のない形で精神医療サービスを確実かつ自由に利用できるようにすることも不可欠です。

最後に、リーダーシップの責任を明確にする必要があります。保健大臣や病院長は、それぞれの職場の文化と安全性に対して責任を負うべきです。

これらの施策は大胆に聞こえるかもしれませんが、実施しない場合にどうなるかを考えてください。2030年までに、欧州では約100万人の医療従事者が不足する見込みです。これは単なる数字ではありません。病院の収容能力や手術の成功率と同様に、医療システムの根幹に関わる根本的な課題なのです。医療従事者が絶望の重圧に耐えきれず崩壊すれば、私たちの地域の医療システムもそれに伴って崩壊するでしょう。

率直に言えば、医師や看護師の苦しみは避けることのできるものです。それにもかかわらずこうした状況にあるのは、医療予算の削減、人員不足の放置、暴力行為の黙認、燃え尽き症候群を献身と見なすという、政治的な選択の結果に他なりません。それを変える時が来ているのです。

欧州地域のリーダーたちは今こそ、医療の守り手たちを保護するという新たな選択をしなければなりません。彼らの健康を守ることは選択肢ではなく、必須事項です。行動を起こすべき時は、明日でも、次の報告書を待ってからでもなく、今この瞬間です。

なぜなら、一日遅らせるごとに、私たちの健康を支える医療従事者の命を危険にさらすだけでなく、地域全体の何百万人もの健康をも脅かすことになるからです。

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