世界各地の障害者が直面する、見えにくい差別

Pascale Bercovitch carries her daughter Mica, 3, on her wheelchair as they cross a road near their home in Tel Aviv May 16, 2012. Bercovitch, 44, who lost her legs in a train accident in France in 1984, will represent Israel at the London Paralympics in hand cycling events. Picture taken May 16, 2012. REUTERS/Nir Elias (ISRAEL - Tags: SPORT OLYMPICS SOCIETY) - RTR34SPK
People with disabilities face varying types of discrimination.Image: REUTERS/Nir Elias
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アルゼンチンでは、女性が裁判官になることを妨げる公式・法律上の障壁はない。しかし、ある2013年の報告書によると、アルゼンチンの裁判所では、第一審裁判官の56%、控訴裁判官の67%、最高裁判事の78%が男性である。

なぜこうなるのだろうか。答えはもちろん、構造的な不平等である。

それは今日、世界各地で障害のある人々が、雇用や健康に関する指標で後れを取っている理由でもある。世界的に問題が深刻であるため、2014年、国連はこの問題を調査する特別報告者のポストを設けた。問題の影響を受けるのは、何らかの障害のある世界の10億人の多く、すなわち世界人口の約15%に上る人々である。

ラテンアメリカでは統計の信頼性は十分でないものの、障害のある子どもの多くが教育を受けられていないことが分かっている。障害のある子どものうち、学校に通うのはわずか20~30%にすぎない。国際労働機関によると、この地域の障害者の70%は失業している。

米国では、障害のある人々は隔離され、民事・刑事司法の施設に不釣り合いなほど多く収容されている。米国自由人権協会によると、米国の公立学校で身体を拘束されたり隔離されたりしている生徒の70%に障害があり、地域の拘置所にいる人々の60%は何らかの精神障害がある。また、障害のある人々の48%は収入が1万5,000ドル以下である。

国連人権理事会の特別報告者は、障害のある人々は貧困や社会的排除を経験する可能性も高く、雇用、教育、公的サービスへのアクセスを得にくいと指摘している。また、暴力の被害に遭ったり、HIV/AIDSに感染したりする可能性も高い。

差別禁止の原則

私が最新刊で述べたように、女性や障害のある人々はもちろん、有色人種、移民、その他のマイノリティーが、目に見えない形でどのように制約を受けているのかを理解するには、法の下の平等と実質的な平等の違いを理解する必要がある。

自由民主主義国家では、市民は法の下で平等に扱われる権利を持つ。つまり、政府は正当な理由がない限り、人々を区別してはならない。これは差別禁止の原則として知られている。

しかし、政府が交通事故を減らそうとする場合はどうだろうか。その場合、運転免許を一部の人に交付し、他の人には交付しないことが認められる。

運転試験に合格したかどうかは、誰が車を運転できるかを判断する合理的な根拠と思われる。一方、性別や人種は安全運転と関係がないため、男性であることや白人であることを根拠とするのは正当ではない。

言い換えれば、公的機関は人々を集団ごとに区別できるが、具体的な政策目標がある場合に限られる。

差別しないだけでは不十分なとき

しかし、政府が平等と差別禁止の原則を厳格に守ることで、かえって集団間の不平等を生み出したり、固定化させたりすることもある。

先ほどのアルゼンチンの司法界における男女格差を例に考えてみよう。女性が弁護士になったり、裁判官に任命されたりすることを禁じる法律はない。それでも、何かが女性を阻んでいることを事実は強く示唆している。

真の平等を実現するには、政府が集団の不利益を固定化する構造を実際に取り除く必要がある。目に見えない障壁に阻まれている人々に優遇措置や特別な保護を提供することも、その方法である。

20世紀後半の社会運動は、米国で大学入学時に人種的マイノリティーを対象とする積極的差別是正措置を講じたり、アルゼンチン議会で女性枠を設けたり、ウルグアイで公的部門の雇用枠をアフロ・ウルグアイ人に割り当てたりするなど、世界各地の政府にこうした政策の実施を促した。

こうした優遇措置は、集団差別や隔離を終わらせる魔法の解決策ではない。しかし、これらがなければ、米国やブラジルの大学に通うアフリカ系米国人や、アルゼンチン議会の女性議員の数は、現在よりはるかに少なかっただろう。

それでも、障害のある人々は、日常生活に数多くの障壁が残っているにもかかわらず、こうした取り組みからほとんど取り残されている。障壁には、他者の態度や思い込みのように目に見えないものもあれば、階段が公共の場やオフィス、交通機関へのアクセスを文字どおり妨げるような物理的なものもある。

真の平等、それは「最も困難な問題」

歴史的に周縁化されてきた集団にこうした政策が緊急に必要であることを、米国最高裁判所のウィリアム・ブレナン判事は1982年のプリラー対ドウ事件で最も雄弁に示した。同判決は、非正規移民の子どもの入学を学校が拒否することを認める法律を無効とした。

判決文でブレナン判事は、構造的不平等について次のように述べた。

「この国への入国を禁じる法律が、単に実効性を欠いている、あるいは執行が緩慢であることに加え、非正規外国人の雇用を効果的に阻止できていない。その結果、国境内に数百万人に上る不法移民の大規模な『影の人口』が生まれている……この状況は、非正規滞在者からなる恒久的な階級が形成される懸念を招く。安価な労働力としてここにとどまるよう一部から促されながら、社会が市民や合法的居住者に提供する恩恵を与えられない人々である」。

ブレナンは、「従属させないこととしての平等」という原則を熱烈に擁護して締めくくった。この原則は今日、積極的差別是正措置や議会の割当枠をはじめ、歴史的に周縁化されてきた集団の人々が直面する目に見えない差別を防ぐための措置の基盤となっている。

障害のある人々にとって公平な機会を実現することを目的とした具体策の例はいくつかある。たとえばオーストリアでは、民間・公的部門の雇用の4%を長期的な障害のある人々に割り当てることが義務付けられている。支援団体はまた、公的情報や教材のアクセシビリティー向上と、インクルーシブな職場の義務化を提言している。

しかし、こうした取り組みは依然としてまれである。ブレナン判事なら何と言うだろうか。

政府には、市民全員を尊重し保護する義務がある。さらに、国際人権法上の義務もある。障害のある人々もその対象に含まれる。つまり、政府は自国の領域内にある平等への障壁を取り除くため、あらゆる可能な措置を講じなければならない。

車いす用のスロープを設置すれば済むという単純な話ではない。障害のある人々には、法の下の平等だけでなく、真の平等を得る権利がある。

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