食料システムを守るのは誰か~企業が支える次世代農業インフラ~

グローバルな食料システムは、地域社会のニーズを満たすことがますます困難になっています。 Image: Julian/Unsplash
- グローバルな食料システムは大きな圧力に直面しており、サービスを提供する地域社会のニーズを満たすことがますます困難になっています。
- 気候変動や肥満などの課題により、現在のグローバルな食料システムは、手頃な価格で栄養価の高い食料を安定的に供給するという本来の機能を果たせなくなっています。
- 今こそ、食料システム内外の組織が、レジリエンスの高い未来の食料システムを構築するために果たす役割を、真剣に考える時です。
グローバルな食料システムの備える本質的な複雑性については、これまで多くの研究がなされてきました。食料システムは、個人、組織、地域社会、国家全体の成果を形作る基盤です。適切に機能している場合は、社会の安定基盤となると同時に、より良い環境的、健康的な成果をもたらします。
すべての要素を調和させて機能させることは、複雑なジグソーパズルを完成させるようなものです。時間と集中力を要する作業ですが、最終的にはその努力に見合う価値があります。
残念ながら、現在の状況では、世界中の多くの食料システムが大きな圧力に直面しており、本来の役割である地域社会のニーズを満たすことがますます困難になっています。この圧力の要因となっているのは、気候変動、生物多様性の喪失、地政学的な変化、エネルギーの課題、そして社会全体にわたる健康状況の悪化などです。
これらの課題は決して新しいものではなく、何十年にもわたって深く研究され、考察されてきました。残念ながら、地球上のすべての人々に対して、手頃な価格で、栄養バランスが取れ、かつ持続可能な方法で生産された十分な量の食料を、ある日突然に供給できるようになる万能薬は存在しません。
相反する需要
これまでのところ、食料システムは農家、生産者、漁業者、食品加工業者の手に委ねられており、彼らは絶えず革新を続けながら、グローバル人口の需要に応えてきました。ただし、こうした需要は相反する方向に進んでいます。
一方では、豊かな消費者層が、自分たちが消費する食品の原産地や品質についての透明性をますます求めるようになっています。その要求は、彼らの文化や価値観と強く結びついている場合が多くあります。その一方で、国連の推計によると、約8億2,000万人の人々が日常的に飢餓や食料不安に直面しています。
肥満、糖尿病、心臓病といった食品に関連する疾患の課題とコストは、グローバル経済に年間3.5兆ドルもの負担をかけていると推定されています。
現在のグローバルな食料システムは、地球上のすべての人々が手頃な価格で栄養価の高い食料を安定的に入手できる環境を提供できていません。歴史が示すように、人口の一部が自らや家族を養うことができない状況では、社会の結束を維持することはできないのです。
食料不安が蔓延する中、農業を継続することの難しさ
新型コロナウイルスのパンデミックは、グローバルな食料システムに内在する脆弱性を浮き彫りにしました。サプライチェーンが寸断され、世界中の何百万人もの人々が初めて、食料を求めて列を作り、棚が空になる光景を目の当たりにしたのです。
また、ウクライナ侵攻をはじめとする地政学的な出来事、頻発する極端な気候変動リスク、エネルギー不足、生活コストの上昇、現在の貿易摩擦なども同様です。これらは、食料システムに内在するレジリエンスの欠如と、それがもたらすグローバルな影響を強調しました。
コンサルティング企業のKPMGは、過去2年間にわたりグローバル食料システムに関わるクライアントやステークホルダーと取り組みを進めています。中でも、あらゆる議論で繰り返し浮上する重要な課題について、深く考察するようになりました。その課題とは、現代そして将来にわたって社会が求める食料を生産し続けるために、農家が農業を継続していくためにはどのような対策が必要かというものです。
肥料やエネルギー、労働力、技術、金利など、食料生産に伴うコストが上昇。小規模な家族経営の農家は価格決定権を持たないことが多いため、これらのコスト増を消費者に転嫁できず、農業経営の収益性が悪化しています。
一方、多くの場合に価格決定権を持つ小売業者に対しては、生活費の高騰が社会全体に与える影響に対応しようとする各国政府の動きを受け、食品価格の上昇抑制や低価格化を求める政治的圧力が強まっています
さらに、気候変動による異常気象が農業生産システムに与える影響に対応するという課題も加わります。社会からは、農家が水資源管理、生物多様性保全、家畜飼育において果たすべき責任についてもより高い水準の管理が求められています。
その一方で、再生可能エネルギー施設やデータセンター、住宅建設など、農地の新たな経済的利用形態も登場。さらに、遠隔地の農村地域での生活に伴う課題(教育や医療へのアクセスなど)が、農家のメンタルヘルスに深刻な影響を及ぼし始めているのです。
私たちは、グローバルな食料システムが直面する多くの課題が、「農家が農地に留まり、社会が必要とする食料を生産し続ける」という根本的な課題に集約されていることを痛感しています。
テクノロジーがもたらす新たな可能性
グローバルな食料システムの脆弱性が明らかになる一方で、農家が導入可能な技術革新が、かつてないほど進んでいます。
歴史的に見て、食料システムではデジタルテクノロジーの活用が遅れており、農村部の通信環境が未整備であったために、他の産業分野で広く利用されている多くのツールを導入することは現実的ではありませんでした。ただし、通信環境の改善や衛星技術、センサー、ロボットの普及に伴い、AI技術の導入が急速に進展。従来の投資不足の影響で進捗が遅れるようなことはほとんどありません。
技術革新はまた、食料システムと生物学的プロセスの相互作用を再考する新たな機会も提供しています。遺伝子編集技術の活用、精密発酵、制御環境農業、あるいはヒトの腸内フローラ(細菌叢)の機能に関する理解の深化など、特定の機能的用途に合わせた生産を可能にする機会や気候変動による生産リスクを軽減する機会は、これまでになく広がっているのです。
現在利用可能なテクノロジーと、今後数年で導入が期待されるテクノロジーを考慮すると、グローバルな食料システムが直面しているレジリエンスの課題の多くは、すでに解決策が存在しているか、近い将来に利用可能になる見込みです。
課題は、これらのテクノロジーが現時点で農業システムに統合されておらず、容易に導入できる状態になっていないことです。仮に統合されていたとしても、ほとんどの農家は現在の収益性では投資に踏み切れないのが現状です。ジグソーパズルを完成させるためのピースは揃っていますが、最終的な完成図を描いた台紙が欠けている状態なのです。
企業が食料システムの未来において果たすべき役割
ジグソーパズルを完成させる際に、新鮮な視点が解決の糸口となるのと同様に、食料システムの課題に対しても新たな視点が求められています。
あらゆる組織は、従業員の健康への影響という直接的なリスクや、社会の安定性を損なうという間接的な影響を通じて、食料システムの強靭性低下によるリスクに直面しています。
一方で、各組織はレジリエンスの高い食料システムを支える上で、果たすべき役割を持っています。その役割とは、資金調達や投資の提供、既存技術の新たな応用方法の模索、食品ロス削減や余剰生物資源の有効活用に向けた循環型バイオエコノミーの可能性の追求、農家とのバイオエネルギープロジェクトにおける連携、あるいは健康課題に対する解決策としての食料提供など、多岐にわたります。
現代の食料システムが直面する課題に対して、単一の解決策は存在しません。ただし、世界経済フォーラムが新たに発表する報告書『Reimagining global food system resilience(グローバルな食料システムのレジリエンスの再構築)』では、食料システム内外のすべての組織が、将来にわたって強靭な食料システムを構築する上で自らがどのような役割を果たせるべきか、今こそ真剣に考えるべき時だと提言しています。
検討すべき10の戦略的アクションは、次のとおりです。
- 食料が自社組織に与える影響を考察する
- 戦略的計画立案において、新たな食料の未来像を検討する
- 自社の事業範囲に含まれる要素と含まれない要素を明確に区別する
- 自社の「事業活動を行う社会的許可」に対する食品産業の影響を理解し、企業市民としての取り組みを積極的に推進する
- 自社の事業戦略において、食品システムに関連する技術的解決策の可能性を検討する
- 規制環境に影響を与え、事業リスクを軽減する
- エネルギー分野やバイオエコノミー領域における新たなビジネス機会を探求し、事業の多角化を図る
- 社会的健康課題が自社組織に与える影響を軽減する
- グローバルな食品システムにおける新たな成長機会に参加するための資本配分を行う
- 大きな機会への参入とコネクション形成に役立つパートナーを見つける
食品システムをめぐる革新的かつ意外性のあるコラボレーションの機会は、これまでになく広がっています。対話を始める準備ができている組織にとって、これは新たなビジネスモデルの実験や、ブランド、製品、能力の新たな展開方法を模索する機会です。
同時に、責任ある企業として、私たちが日常的に頼っている食品システムが将来にわたって社会のすべての人々のニーズに応えられるよう、積極的な役割を果たすことが期待されているという認識もまた、持つ必要があるのです。
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Sikander Bizenjo and Eric Shahzar
2025年8月19日