浸透圧エネルギーが切り開く、脱炭素社会への新たな道

浸透圧エネルギーは、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギー源として、グローバルな可能性を秘めています。 Image: REUTERS/Denis Balibouse
- 浸透圧エネルギーは、安定的かつ二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギー源であり、24時間体制で発電が可能です。
- 近年のナノ流体工学と膜設計における画期的な進歩により、浸透圧エネルギーの商業化が現実的な選択肢となりました。
- 世界各地で実施されているパイロットプロジェクトは、エネルギー分野を超えて持続可能な資源管理の規模拡大と高度化に向けたモメンタムを示しています。
河川水と海水の塩分濃度差によって生じる浸透圧エネルギーが、再生可能電力の有望な供給源として台頭しつつあります。風力や太陽光とは異なり、この発電方式は安定的かつ二酸化炭素を排出せず、河川が海に合流するあらゆる地域で自然に利用可能であるという特性があります。
「浸透圧発電は、クリーンかつ完全に自然由来のエネルギーであり、沿岸地域であれば24時間365日いつでも稼働可能です。また、ほぼ瞬時に起動でき、出力調整も非常に容易です」と、浸透圧発電技術の実用化に取り組むスウィッチ・エナジー(Sweetch Energy)の共同創業者、ニコラ・ウゼ氏は説明します。
世界経済フォーラムは、浸透圧発電を2025年に注目すべき10の新興技術の一つとして取り上げました。現在、同フォーラムの「グローバル・フューチャー・カウンシル - エネルギー技術フロンティア」で検討が進められています。
フランスでは、ローヌ河口において「OPUS-1」と呼ばれる実証施設が2024年末に試験運用を開始。このパイロットサイトは、浸透圧システムが実際の運用環境でどのように機能するかを示すために設計されています。
施設では、淡水と海水を導くパイプラインが設置され、選択的透過膜を通じた制御された流れにより、イオン電流の発生が可能となります。これが浸透圧エネルギーを電力に変換する中核的なメカニズムです。
近年の新たな科学的ブレークスルーと材料特許により、浸透圧発電システムの実現可能性が大きく高まりました。
”世界経済フォーラムの「テクノロジー・パイオニア」に選出された同社によると、ローヌ川河口域でこうした施設がさらに広く導入されれば、二酸化炭素排出ゼロの電力を最大500メガワット供給可能となり、150万人以上の電力需要に対応できる見込みです。これはフランス南部のマルセイユ市とその都市圏の人口に匹敵する規模です。
また、同社は地理的な可能性として、浸透圧資源が豊富な北米およびアジア地域においても同様の機会を模索していると述べています。
ドバイ未来財団の試算によると、浸透圧システムは将来的にグローバルな電力需要の約5分の1に相当する年間約5,177テラワット時(TWh)を供給できる可能性があります。
「世界的に、そして特にオーストラリアや中東などの塩分濃度の高い地域では、淡水よりも汽水や海水のほうが利用しやすいため、本発電システムはベースロード電力供給とクリーンな水資源生産において極めて大きな可能性を秘めています」と、オーストラリア国立大学サイバネティクス学部長のキャサリン・ダニエル博士は述べています。
許認可プロセスや効果的な環境、社会影響評価を除けば、浸透圧発電システムの広範な普及を阻む技術的、経済的な障壁は比較的少ないと言えます。十分な資金投資が行われれば、これらの課題は克服可能です。
実験室から発電へ
浸透圧発電システムという概念自体は、新しいものではありません。「1950年代から学術界や産業企業の関心事となってきました」とウゼ氏は述べています。
同社の試算によれば、毎年約3万テラワット時の浸透圧エネルギーが、デルタ地帯や河口域で自然に放出されており、これは世界の電力需要量を上回る量です。
1970年代にはこの浸透圧エネルギーを利用しようとする試みが行われましたが、電力生成に必要なイオン電流を生成する膜の効率が低く、発電量がわずかだったために商業化には至りませんでした。
しかし、ダニエル氏が『ザ・イノベーター』誌のインタビューで述べたように、近年の新たな科学的ブレークスルーと材料特許により、浸透圧発電システムの実現可能性が大きく高まっています。
スウィッチ・エナジーの技術は、フランス国立高等師範学校の物理学研究室でリデリック・ブーケ教授が率いる研究チームによる、技術的ブレークスルーに着想を得たものです。同チームは、膜製造に使用される材料のみに焦点を当てるのではなく、ナノ流体工学に着目。最初の実験では、イオン輸送過程において、2つの塩水貯槽と純水貯槽の交点に特殊なナノチューブを配置する方法が用いられました。
これらの実験から得られた最も重要な知見は、ナノスケールでの最適な浸透圧輸送を基盤とした膜設計の新たなアプローチを提案することであったと、ウゼ氏は述べています。「ナノチューブ構造では、従来の細孔の100倍の大きさの細孔を作ることが可能です。これによりイオンの循環が大幅に高速化され、スケールアップが容易になります」と同氏は説明します。
再生可能エネルギー分野での競争力
ウゼ氏と共同創業者のブルーノ・モッテ氏、パスカル・ル・メリネール氏は、ブーケ教授にこの技術の商業化を提案し、2015年にスウィッチ・エナジー社を設立。
その後6年間にわたり、研究チームは実験室で実現した効率的なナノ拡散を再現可能な、新たな膜の開発に取り組みました。その材料は低コストで持続可能、かつ工業化が容易なものでなければなりませんでした。
その結果生まれたのが、地球上に広く存在する天然素材を原料とした新しいタイプのナノ多孔質膜「イオン性ナノ浸透拡散(INOD)」膜です。この膜は、他の産業分野でも幅広く利用されている素材で構成されており、独自の電極システムと組み合わせることで、高いイオン選択性と優れたイオン輸送性能を両立させ、より多くのエネルギー生成を可能にします。
現在、INOD膜はフランスのローヌ川デルタ地帯に設置された世界初のパイロットプラントで、浸透圧エネルギー発電に活用されています。
浸透圧システムは、持続可能な資源管理においてより広範な役割を果たす可能性があります。
”目標は24時間体制での発電を実現し、2030年までに1メガワット時あたり100ユーロのコストを達成することです。これは原子力、石炭、ガス(米国におけるガスを除く)といった主要なベースロード電源と競合可能な水準であり、蓄電池を組み合わせた他の再生可能エネルギー源よりも低コストとなります。
現在、他の企業も浸透圧エネルギーの大規模化に取り組んでいます。日本では、2025年8月5日に九州地方の南西部に位置する福岡県で、国内初の浸透圧発電プラントが稼働を開始しました。
福岡市水道局は、この発電プラントが年間88万キロワット時の電力を生産すると見込んでいます。同プラントからの電力は、同市および周辺地域に淡水を提供する海水淡水化施設で使用されています。
また、EUの資金援助を受け、2015年に設立されたデンマーク企業ソルトパワーは、すでに地熱発電所から採取される超濃縮塩溶液を利用した発電をすでに行っています。
エネルギー分野を超えた可能性
技術がスケールアップすれば、電力会社は浸透圧発電を風力、太陽光、水力技術と組み合わせたハイブリッド型再生可能エネルギーシステムを開発する可能性があります。これにより、地域のエネルギーレジリエンスがさらに強化されるでしょう。
浸透圧発電の影響は、電力供給のみにとどまりません。ドバイ未来財団によると、浸透圧発電技術は海水淡水化への新たなアプローチを可能にし、その過程でリチウムなどの重要資源を回収できる可能性があります。同財団は、この技術が水管理、エネルギー生産、資源採掘を高度に統合した相互接続システムの構築を可能にすると述べています。
これらの応用例が示すように、浸透圧システムは持続可能な資源管理においてより広範な役割を果たす可能性があり、エネルギー、水、資源を新たな形で結びつけることが期待されます。
環境アセスメントや規制枠組み、インフラの規模拡大といった課題は残るものの、科学的知見と初期段階の実証プロジェクトが示すように、浸透圧エネルギーは近い将来、風力、太陽光、水力と並ぶ信頼性の高い再生可能エネルギー源として補完的な役割を果たすことができるようになるでしょう。
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