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人間性を取り戻すイノベーションへ、子どもたちの未来を守る選択

人間の変化はすでに進行中であり、イノベーションのスピードも加速していますが、人類を守り続けるためには、私たち全員が協力し合わなければなりません。

人間の変化はすでに進行中であり、イノベーションのスピードも加速していますが、人類を守り続けるためには、私たち全員が協力し合わなければなりません。 Image: Jay Chen/Unsplash

Margarita Louis-Dreyfus
Founder, Human Change Foundation

この10年間、私たちは技術競争に熱中し、AIの覇権を争うことに躍起になるあまり、自問すべき重要な問いを見逃してきました。それは、「テクノロジーは真に誰のために存在し、人類と未来社会の進化にどのような代償を強いているのか」ということです。

現在、技術革新は多くの利害によって推進されていますが、人間性はその中に含まれていません。

私たちは長年にわたり、人間の生産性向上や社会的つながりの強化、生活の質の改善を名目に、技術革新を称賛し続けてきました。一方、実際には、多くの面でその逆の現象が起こっています。

今日、私たちは甚大なメンタルヘルス危機、グローバルな孤独感の蔓延、オンラインとオフラインの両方における分極化の進行、世界的な人間の生産性低下という深刻な課題に直面しています。

調査によると、実際に人間の生産性レベルは1990年代後半から2000年代初頭にかけて低下傾向にあり、グローバル成長の減速の半分以上は2008年の金融危機以降に発生しています。

実際のところ、この生産性低下が始まった時期は「ドットコムバブル」が本格化し始めた時期と重なります。その後も、 日常生活へのテクノロジー導入で生じた課題を解決するために、さらにテクノロジーを取り入れるにつれて、生産性の低下が一層深刻化していったのは、決して偶然ではないのかもしれません。

このような状況から、私は「人間性の欠如」という課題が社会に生じていると考えています。つまり、技術革新を優先するあまり、人間であることの本質を見失いつつあるのです。操作的なアルゴリズム、依存性を高める設計要素、アテンション・エコノミーを基盤としたビジネスモデルは、人間の可能性を高めるどころか、むしろ消耗させています。

人々の交流を変革するテクノロジー

生成AI、ソーシャルメディア、マッチングアプリ、eラーニング、eゲーミング、リモートワークなど、技術革新のスピードと規模が拡大するにつれ、人々の交流方法も大きく変化しています。さらに懸念すべきは、子どもたちが最も大きな代償を払わされているという事実です。私たちの子どもの世代は、画面を通じて完全に媒介された世界で成長する最初の世代になります。

すでにその影響は現れ始めています。近年の研究によると、現代の子どもたちは家族や友人、同年代の子どもたちと直接顔を合わせて交流する時間よりも、オンラインで過ごす時間の方が長くなっています。

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このような状況は、エモーショナル・インテリジェンス(感情知能)やレジリエンス、対面での人間関係を構築、維持する能力、そして何よりも人間らしい主体性といった、生きる上で不可欠なスキルの喪失を招いています。

この変化(私たちはこれを「人間の変容」と呼んでいます)は、個人として、そして社会としての私たちの進化において、重大な転換点を示しています。

私たちや子どもたちに対して、より明るい未来を約束するはずだったテクノロジーは、今や人々をより孤立させ、孤独にさせ、現実社会での充実した生活を困難にしています。このデジタル情報過多は、私たちの感情的、認知的リソースを消耗させ、本来の可能性を低下させているのです。

デジタル機器が子どもに与える影響

こうした背景から、私は「Human Change(人間の変容)」キャンペーンを立ち上げました。これは学者、科学者、技術倫理専門家、心理学者、保護者、教育者らが参加するグローバルな取り組みであり、孤独の蔓延とスクリーン依存症と戦い、子どもたちにとって有意義な成長の機会を確保し、私たちの社会の未来を守るためのものです。

2024年の世界経済フォーラム年次総会で発表された同キャンペーンは、デジタル機器が子どもの認知発達に与える影響について啓発活動を行う専門家たちを結集させています。

私たちは、この分野で調査、研究を行い、前向きな変化を推進している先駆者たちを支援し、その声を増幅。彼らの活動を支えると同時に、政府関係者から企業経営者まで、グローバルリーダーたちが参加する場で意見を発信します。

2025年の年次総会では、ダボスの名高いプロムナードでさらに大きなインパクトを与えることができました。技術倫理の専門家であり、センター・フォー・ヒューメイン・テクノロジー(Center for Humane Technology)共同創設者のトリスタン・ハリス氏から、書籍『The Anxious Generation(不安の世代)』の著者である社会心理学者のジョナサン・ハイト氏まで、私たちのハウスは根本的な問いを投げかける場となりました。その問いとは、「テクノロジーは人間であることの意味をどのように変えつつあるのか、そしてそれは子どもたちの未来にどのような意味を持つのか」です。

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グローバルな多くの啓発運動と同様に、私たちは各国政府リーダーたち、技術者、政策立案者、保護者、そして若者たちに対し、現状を見直し、今後の方向性を考えるよう呼びかけています。

すでに多くの保護者や教育者が、スマートフォンの使用開始時期を遅らせる、スクリーンタイムやソーシャルメディアの利用時間を制限する、学校内でのデバイス使用を禁止するなど、具体的な行動を起こしています。一方、使用開始時期を遅らせるだけでは、根本的な解決策にはなりません。よりデジタル化が進んだ未来においても子どもたちが成長できるよう、目的意識を持ったレジリエンス、クリティカルシンキング、エモーショナル・インテリジェンスを育む必要があります。

英国の「オンライン安全法」やEUの「デジタルサービス法」のような規制も、良い出発点となるでしょう。ただし、政府がテクノロジー企業に対して子どもへの配慮義務を課さない限り、企業は子どもへの影響を考慮せずにイノベーションを追求し続けると考えられます。

テクノロジー企業は、子どもの安全とウェルビーイング(幸福)を最優先するビジネスモデルへと、根本的に転換しなければなりません。製品開発において真にユーザー中心のアプローチを採用することで、人々とテクノロジーの関わり方を大きく変えることができるでしょう。つまり、開発するアプリやガジェットが中毒性を持たず、子どものスキル発達を妨げないことを実証する必要があるのです。

何よりもまず、過度にデジタル化された子ども時代が、次世代が未来の民主的な市民社会を維持する能力をいかに損なっているかを理解する必要があります。これらのデバイスが子どもたちにもたらす害を認識することによってのみ、この流れを逆転させることが可能となるのです。

テクノロジーと人間との関係

自発的に変化を受け入れるテクノロジー企業は長期的利益を獲得し、そうでない企業は、引き起こした害に対する訴訟や、評判の低下といったリスクに直面するでしょう。テクノロジー企業は、テクノロジーは人間に奉仕するものであり、人間がテクノロジーに奉仕するものであってはならないという原則を徹底しなければなりません。

さらに重要なのは、人間中心の価値観と、社会の主要な基盤としての家族への回帰です。非営利団体創設者であり、作家、アーティストでもあるジョン・マック氏の「Life Calling」のような取り組みは、デジタル時代における人間らしさとは何か、そして私たちがどのように自己を再定義すべきかを改めて気付かせてくれます。

同様に、英国の王立芸術協会(RSA)は、子どもたちが自然とコミュニティと再びつながる場を提供し、強靭な自己感覚の再構築を支援。自然の中で過ごす時間、創造的な遊び、あるいは家族やコミュニティとの確かな人間関係を育むことなど、いずれの形であっても、人間性はそれを最優先に据えた場合にのみ維持されるものです。

最終的に、無秩序な技術の発展が人類の進化にもたらすリスクを、私たちが集団として認識することによってのみ、この流れを逆転させることができるでしょう。変化はすでに進行中ですが、人類を守り続けるためには、私たち全員が協力し合わなければなりません。

子どもたちのために行動しましょう。彼らは私たちの未来そのものだからです。

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