安全網からレジリエンス強化へ、保険業界が果たす新たな役割

太平洋に面した米国カリフォルニア州の高級住宅地、パシフィック・パリセーズ。2025年に発生した山火事の被災地では、保険のレジリエンス強化基準に沿って復興が進められています。
- 北半球、南半球の両方で依然として保険の空白地帯が存在し、グローバルなレジリエンスに対する脅威となっています。
- 保険の引受可能性の強化は、上流での防災、減災への投資を意味します。
- 保険業界は、より広範なレジリエンス計画の策定と資本動員の両面において、重要な役割を担っています。
気候変動やサイバー脅威、地政学的不安定性など、相互に関連、複合化するリスクが増大する現代において、レジリエンスの高い社会、経済を構築するために、国際的なマルチステークホルダーの協力体制を強化する必要性が高まっています。
一方、気候変動リスクの増大、経済情勢の変化、リスク軽減への投資不足により、保険の引受可能性と加入者の支払い能力は大きな制約に直面。特に、本来最も必要とされる地域においてその影響が顕著です。こうした環境の変化は、いかに保険の引受可能性を維持し、保障ギャップを解消し、適応力とリスク認識を備えた社会の実現に向けて投資を促進していくかという重要な課題を提起しています。
2024年だけでも、異常気象による被害額は3,200億ドルに達しましたが、そのうち保険により保障された金額は半分以下でした。この危機は二重の課題を抱えています。グローバル・サウスにおける持続的な保険範囲の空白と、グローバル・ノースにおける保険提供の縮小です。保険の引受可能性と加入者の支払い能力が低下するにつれ、社会全体がリスクを管理する能力も低下していきます。
これは単なる保険会社の課題ではなく、グローバルなレジリエンス、開発、包摂的成長に対する構造的な脅威です。この課題が放置されれば、市場の不安定化を招き、格差が拡大し、気候目標や開発目標の達成が妨げられることになります。
では、何を変える必要があるのでしょうか。
この問いが、保険開発フォーラム(IDF)が開催した設立10周年記念サミットにおける議論の中心テーマとなりました。業界のリーダーたち、政策決定者、開発機関の関係者が集まり、祝典ではなくこの課題の本質に向き合い、新たな方向性を定めるために議論を交わしました。そこで浮かび上がったのは、急速に変化する世界における保険の未来像を再定義しようという、力強い呼びかけでした。その中核となる喫緊の3つの課題は、以下のとおりです。
1. 温暖化が進む世界における引受可能性の強化と維持
前述のとおり、2024年には異常気象による経済的損失が3,200億ドルに達しましたが、保障額はわずか1,400億ドルに過ぎませんでした。この大きな乖離は、低、中所得国における手頃な保険商品の不足と、先進経済国の高リスク地域で保険提供が急速に縮小している現状を反映しています。保険会社側は、増加する損失額、規制の不確実性、リスクエクスポージャーの増大をその理由として挙げています。
保険の費用が高騰し、利用できなくなると、家庭や企業は無保険状態を余儀なくされ、リスクプールが縮小し、保険を継続している人々の保険料上昇を招きます。この悪循環は、住宅ローンの利用を困難にし、脆弱な地域への投資を阻害し、気候変動による移住を加速させ、長期的な経済安定を脅かす要因となっています。
この危機の根本原因は、災害リスク軽減(DRR)への投資不足にあります。災害発生前にリスクを軽減するための予防措置、被害軽減策、準備活動などの積極的な取り組みが不足しているのです。経済的観点からも、この課題は明白です。米国商務省の試算によれば、災害前のレジリエンス強化に1ドル投資するごとに、長期的には13ドルの経済的利益が得られるとされています。それにもかかわらず、世界の災害対策資金の88%は依然として災害後の対応に充てられています。さらに、開発途上国の3分の1は、教育や医療よりも災害後の対応に多くの予算を割いており、重要な開発資金が一貫して災害対応に転用されている状況です。
この傾向を逆転させるためには、官民連携が不可欠です。リスク軽減と気候変動適応を加速させるために必要な政策、インセンティブ、投資経路を構築しなければなりません。例えば、米国の非営利研究機関、事業・家庭安全保険研究所(IBHS)が保険業界、政策決定者、不動産セクターと協力して開発した「IBHS強化基準」に従うことで、住宅所有者や地域社会はよりレジリエンスの高い建物を建設することができます。米国南東部における洪水耐性の向上に効果が実証されているこの基準は、現在米国カリフォルニア州パシフィック・パリセーズの山火事後に再建される住宅にも適用。これにより、将来の火災リスクが軽減され、保険の利用しやすさも維持されるようになります。
IDFサミットで明らかになったのは、温暖化が進む世界で保険の引受可能性を維持するためには、防災・減災(DRR)を気候変動対策、金融判断、インフラ投資により深く統合する必要があるという点です。各国政府、保険会社、監督当局、国際金融機関は連携し、リスク軽減とリスク移転を適切に調整する必要があります。これにより、地域社会を守り、市場の安定を維持し、保険の手頃な価格を長期的に保証する、より強靭なグローバルシステムを構築できるのです。
2. 戦略的パートナーとしての保険の再定義
保険はこれまで、災害発生後に保険金を支払う「最後の砦」として捉えられてきました。しかし、この業界の可能性はそれだけにとどまりません。比類のない気候リスクデータへのアクセス、モデリング能力、長期的資本を有している保険会社は、社会がショックに備え、対応する手法を変革する上で触媒的な役割を果たせるのです。
世界中で、このような取り組みの実例が次々と生まれています。海岸線を守るマングローブやサンゴ礁の保険から、干ばつ被害を受けた農家向けのパラメトリック商品の開発、インフォーマルワーカーや小規模事業者向けの包括的保険の拡充に至るまで、保険会社は単なる保険金支払者ではなく、レジリエンスの共同設計者としての役割を担い始めています。
システムレベルでは、保険は価格設定、リスク評価、投資判断を通じて人々の行動にも影響を与えます。この影響力を今こそより意図的に活用すべきです。インフラ計画、サプライチェーン、金融システムにリスクインテリジェンスを組み込むことで、保険会社は市場や政府をより適応力があり、気候に配慮した意思決定へと導くことができます。
3. レジリエントなインフラに向けた大規模投資の促進
議論の中で明らかになった重要なテーマの一つは、気候変動に強いインフラ整備に向けた資本解放において、保険セクターが果たす極めて重要な役割です。特に、深刻な気候リスクに直面しながらも適応に必要な資源が不足している新興国、開発途上国において、この役割は重要です。
この格差を解消するため、IDFは「インフラレジリエンス開発基金」を立ち上げました。同基金は、IDF加盟機関の主要な保険会社や資産運用パートナーが支援する新たなイニシアチブ。クリーンエネルギー、上下水道システム、気候変動対応型交通インフラなど、様々な分野におけるインパクトの大きいインフラプロジェクトと保険業界の資本を連携させることを目的としています。
このように、保険会社が資本提供、リスク分析、技術専門知識を提供することで、投資リスクを軽減し、混合金融やリスク共有メカニズムを通じて民間資本を呼び込むことが可能になります。この取り組みはすでに構想段階から実施段階へと移行しつつあり、特に最も必要性の高い市場において、レジリエンスの高いインフラへの投資を拡大する再現可能なモデルを提供しています。これは、保険会社が単なるリスク管理者としてだけでなく、インフラシステムが気候変動ショックによる圧力を増す中で、持続可能な開発の触媒としての役割を拡大しつつあることを示しています。
この動きは、レジリエンスと持続可能性の目標に合致した解決策を一層求めるようになっている、企業や個人を含む消費者層、顧客層の意識変化も反映。また、議論には財務大臣をはじめとする30名以上の政府高官が参加。保険業界の能力に対する認識が高まり、不確実性の増大とシステム的ショックに直面する中で、国家計画に情報を提供し、困難ではあるが必要な投資判断を導く役割が期待されていることを如実に物語っています。
能動的レジリエンスの実現
複合的リスクが増大する新たな時代において、保険業界の役割は進化しなければなりません。受動的な安全網としての機能から、レジリエンスを能動的に促進する役割へと転換する必要があるのです。資本を動員し、データを活用し、イノベーションを促進することで、同業界は社会が気候変動やその他のシステム的ショックの影響をより的確に予測し、吸収し、適応する能力を高めることができます。
この必要性は政治的な動きとしてもモメンタムを増しており、最近のG20で議論された保護ギャップの拡大も、これを裏付けています。これは、拡張性と包摂性を兼ね備えた解決策が喫緊に求められていることを浮き彫りにしています。幸いなことに、IDFサミットでは具体的な進展と連携エコシステムの拡大が示されました。新たな資金調達モデルからリスク共有メカニズムに至るまで、業界がより触媒的な役割へと踏み出し始めていることは明らかです。
この動きを基盤として、世界経済フォーラムとIDFは、協力関係を深め、この課題を重視して対策の実施を加速させ、レジリエンスがすべての地域における持続可能な開発の前提条件となるよう努めていきます。
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2025年8月27日