持続可能な開発

旅行・観光業を変える、世界の変化と4つのシナリオ

インドネシアなどの国々で経済(および観光業)が著しく成長する中、労働力開発とインフラ整備の課題が深刻化しています。

インドネシアなどの国々で経済(および観光業)が著しく成長する中、労働力開発とインフラ整備の課題が深刻化しています。 Image: Photo by Artem Beliaikin on Unsplash

Mauricio Zuazua
Partner, Kearney
Francisco Betti
Head, Global Industries Team; Member of the Executive Committee, World Economic Forum
  • 新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、旅行・観光セクターの成長は回復しましたが、今後は自らの将来像を明確に描く必要があります。
  • 世界経済フォーラムがカーニーの協力を得て発表した新たな白書では、旅行・観光産業に対する4つの将来シナリオのモデル化を行いました。
  • 同白書では、地政学的緊張、経済的課題、持続可能性への取り組み、デジタル化が、旅行・観光セクターの将来をどのように形作っていくかを考察しています。

1950年代後半、歌手のフランク・シナトラは楽曲『カム・フライ・ウィズ・ミー』で、愛する人に「一緒に飛んで行こう」と呼びかけました。それは、当時急成長していた国際航空旅行で行く地平線を想起させました。そしてそれは、その後の70年で私たちが当たり前だと受け止めるようになったものでした。少なくとも、2020年までは。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック期間中、旅行・観光産業は最も深刻な影響を受けたセクターの一つとなりましたが、現在は回復軌道に乗り、今後10年間で顧客の支出額は7%増加すると予測されています。2025年第1四半期の国際観光客数は、前年同期比5%の増大。特に、アジア太平洋地域とアフリカへの渡航が増加を牽引しました。

世界の旅行・観光支出額(単位:10億ドル、2010~2034年)
世界の旅行・観光支出額(単位:10億ドル、2010~2034年) Image: World Economic Forum

一方で、回復傾向にあるとはいえ、現在の旅行・観光産業は、地政学的緊張、経済的課題、持続可能な観光への移行、デジタル化の進展といった様々な要因が複雑に絡み合った、以前とは全く異なる不安定な環境下にあります。世界経済フォーラムがカーニーの協力を得て発表した新たな白書では、これらの要因が将来の4つのシナリオにおいて、どのように相互作用するかをモデル化しています。

旅行・観光産業の未来を描く4つのシナリオ
旅行・観光産業の未来を描く4つのシナリオ Image: World Economic Forum

シナリオ1:千の島々が点在する世界

このシナリオでは、地政学的な分断が進み、世界的な緊張が高まることで、世界が「千の島々」のように分断された状態を描いています。

このような状況下では、グローバル貿易の減少、保護主義的な渡航制限、経済成長の停滞、可処分所得の減少などにより、観光支出が抑制されることになります。特に低所得国および地域は、これらの傾向の影響を最も強く受けると予測されます。

グローバルな航空旅客数の減少は、航空業界の排出量削減に寄与するでしょう。一方、入国要件が統一、簡素化された国々による地域内での旅行が増加することで、道路や鉄道を含む地域内移動による排出量が増加する可能性があります。

国際旅行の減少に応じて、航空業界や国境を越えたサービス分野の雇用は減少し、自動化が進む一方で、地域内旅行に関連する新たな雇用が生まれると見込まれます。

シナリオ2:調和のとれた未来

分断された「千の島々」の概念とは対極のシナリオです。このシナリオでは、強力な多国間協力、貿易自由化、持続的なGDP成長が特徴となっています。

ビザ規制の緩和と可処分所得の増加により、2030年までに国際観光客数は約3分の1(29%)増加すると予測。公平な成長の可能性が強調されており、この増加分の約3分の2(58%)はグローバル・サウス地域の経済圏からとなります。中でも、インド、インドネシア、ナイジェリアなどの占める割合が特に大きくなるでしょう。

観光関連の雇用は約3分の1(2022年比で29%)増加すると見込まれるものの、労働力不足は引き続き課題となるでしょう。

一方で、観光需要の急増に伴い、持続可能な航空燃料(SAF)の普及率が依然として低いため、航空業界の排出量は増加すると予想されます。

同時に、オーバーツーリズムのリスクが高まり、環境劣化を防ぐためのダイナミックプライシングなどの対策が必要となるでしょう。

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シナリオ3:グリーンな成長

このシナリオでは、脱炭素化、厳格な環境規制、そして環境意識の高い旅行者が低負荷の目的地や移動手段を求める傾向が原動力となる世界を描いています。

低炭素技術への大規模な投資とSAFの利用拡大がこのモデルの成功に寄与するほか、人気観光地のオーバーツーリズムを抑制する「高付加価値、少人数」型の体験も重要な要素となります。

同時に、エコ認証を受けた目的地での再生型観光が、観光客の3分の2以上(68%)の選択基準となるでしょう。この傾向はまた、高速鉄道などの低排出交通手段への移行も促進します。

合わせて、グリーン観光関連の雇用創出など、大きな経済的恩恵を予測。一方で、SAF生産のために熱帯雨林が失われるなど、持続可能性と成長の間で新たなトレードオフが生じる可能性も指摘されています。

シナリオ4:テクノロジーによる混乱

最後のシナリオでは、超加速的なテクノロジーの導入と経済回復の分断、不均一な成長が対比されています。

旅行・観光産業における生成AIの導入率は、2030年までに78%に到達。高度なモバイルネットワークが都市部の大部分をカバーする一方で、地域間で大きなデジタル格差が残るでしょう。

また、拡張現実(AR)/仮想現実(VR)を活用したハイブリッドワークや、バーチャルツーリズムの需要が拡大。この傾向は旅行に伴う排出量を削減する一方で、基盤となる技術プラットフォームのエネルギー消費量を増加させるでしょう。

さらに、観光市場は高級志向の富裕層と中価格帯の一般旅行者との二極化が進み、特に後者にとっては、ダイナミックプライシングの拡大による価格高騰が旅行を妨げる要因となる可能性があります。

急速な技術導入により、旅行・観光産業における仕事の45%で、主に定型業務において自動化に置き換わるか、大きく変革されるでしょう。一方で、自動化によって2030年までに200万件以上の求人不足が生じます。主に、AIやAR/VR分野におけるリスキリングが、業界全体で優先課題となると考えられます。

観光産業を変革するイノベーション
観光産業を変革するイノベーション。出典: 『2025 Technology Game Changes: Future Trends in Travel and Tourism(2025年テクノロジーのゲームチェンジ:旅行・観光産業の未来トレンド)』 Image: World Travel and Tourism Council

旅行・観光分野における個別戦略の策定

上記4つのシナリオのそれぞれにおいて、オーバーツーリズムや労働力不足、環境劣化といった関連リスクを軽減するために、状況に応じた戦略の策定が不可欠です。

課題を乗り越え、全員にとって持続可能な未来を築くためには、旅行・観光業界のガバナンス体制の強化、労働者のスキル向上、投資ニーズに応える革新的な資金調達手法の導入の3点を優先し検討する必要があります。官民連携は、資金調達、再生型実践、デジタルトランスフォーメーションにおいて極めて重要です。官民連携の取り組みにより、旅行・観光業界はレジリエンスを高め、公平な繁栄を促進する原動力となることができるでしょう。

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