新興テクノロジー

AIによる香りのデジタル化がもたらす、「嗅覚インテリジェンス」とは

AIを活用した嗅覚インテリジェンスは、医療、持続可能性、そして人間のつながりのあり方を根本から変える可能性を秘めています。 Image: Freepik

Alex Wiltschko
Founder and Chief Executive Officer, Osmo
本稿は、以下会合の一部です。ニュー・チャンピオン年次総会(AMNC)
  • 嗅覚は、人間にとって最も古い感覚であり、視覚、聴覚、味覚、触覚では得られない感情や記憶を呼び起こします。
  • 嗅覚はいまだに最も理解されていない感覚のひとつであり、テクノロジーによる「嗅覚インテリジェンス」の活用は始まったばかりです。
  • AIを活用した嗅覚インテリジェンスは、医療、持続可能性、そして人間関係のあり方を変革する鍵となる技術です。

嗅覚は、他の感覚にはない方法で私たちの感情や記憶と結びついています。たとえば、パンの香りは子ども時代の台所にいる感覚を呼び起こし、愛する人の香水の香りは何年経っても安心感を与えてくれます。また、嗅覚は、何百万年にもわたって進化してきた、人間の最も古い感覚でもあります。私たちの祖先は、嗅覚を頼りに危険を察知し、食料を見つけ、血縁を認識し、水源を探してきました。

香りは、自然界と人類の双方にとって、長い間重要なツールであり続けています。それは、様々な意味で自然の言語そのものとも言えるでしょう。花は美しい香りを放つことで受粉を助ける生き物を引き寄せ、繁殖を可能にしています。犬はその優れた嗅覚を使い、完熟したトマトのような身近な匂いから、がん細胞のように極めて重要なものまで、さまざまな匂いを嗅ぎ分けることができます。

それほど重要でありながら、特にデジタルの世界において、嗅覚は最も理解が進んでいない感覚のひとつです。数十年にわたり、コンピューターは視覚や聴覚を獲得することで、私たちのコミュニケーション、働き方、そして世界の理解の仕方を大きく変えてきました。一方、嗅覚に関しては、「嗅覚インテリジェンス(Olfactory Intelligence:OI)」の開発を通じ、コンピューターはようやく香りを活用する方法を学び始めました。

OIは、医療、持続可能性、そして人と人とのつながりのあり方を大きく改善する可能性を秘めています。

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「嗅覚インテリジェンス」の開発

視覚が「赤・緑・青」の3つの次元、聴覚が「周波数」のひとつの次元で機能するのに対し、嗅覚は何百もの受容体タイプを通して作用するため、従来の科学ではその全体像をマッピングすることが極めて困難でした。

香りのデジタル化は、人工知能(AI)なくしては実現できなかったものです。私たちは、「グラフニューラルネットワーク」の助けを借り、香りの地図を構築し、どの分子がどの香りを生み出すかを解明しました。これにより、コンピューターが香りをデジタルで記録・分析・再現することが可能になったのです。

各ステップは、画像を保存・再現する方法と類似しています。画像の場合、カメラで写真を撮影し、画像をダウンロードして編集し、プリンターで印刷します。香りでは、「ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)」と呼ばれる、食器洗い機ほどの大きさの実験装置を使い、特定の「香り」を捉えます。

カメラが画像をピクセルに分解するように、GC-MSは、香りを構成する分子に分解します。得られた生データは香りの符号に変換され、クラウドにアップロードすることができます。

すでに活用されている嗅覚インテリジェンス

複雑な技術ではあるものの、嗅覚インテリジェンスはすでに香料から医療分野、それ以外の分野においても、いくつかの産業に応用され始めています。

香料産業

嗅覚インテリジェンスの最初の実証は、香料分野における「真夏の採れたてのプラム」の香りの再現でした。このプラムの香りを採取し、まったく同じ匂いのする液体香料として再現したのです。これにより、香料産業におけるOIの活用に道が開かれ、香料の製造方法に変革をもたらすとともに、概念実証における重要な一歩となりました。

OIは、これまで何年もかかっていた香料開発のサイクルを、わずか数日で完了可能にしました。これにより創造的プロセスにより多くの時間を割くことができるようになるだけでなく、多くのブランドにとって大きな障壁となっていたコスト削減も実現します。

香料が一つ開発されるごとに、このテクノロジーはさらに賢くなっていきます。香水や石鹸、キャンドルに使われる美しい香りを構成する分子は、人間の健康や幸福を理解するために必要な香りの分子と同じです。研究は進化し続け、OIがもたらす影響は、今や香りにとどまりません。

サプライチェーンの保全

嗅覚インテリジェンスはまた、小売業界で深刻な課題となっている「偽造品問題」にも取り組んでいます。既存の認証技術とは異なり、OIは本物の製品が持つ独自の香りのシグネチャーを読み取り、偽造品を識別できます。背景にある匂いを無視しながら、微妙な香りのパターンを認識し、信頼性の高い判定を提供するのです。

虫除け剤

香料成分と同時に、嗅覚インテリジェンスは新たな虫除け剤の開発にも活用され、その効果は、一般的な有効成分であるディート(DEET)より10倍強力です。世界保健機関(WHO)によると、蚊などの感染症を媒介する昆虫は、世界で年間約100万人の命を奪っていると推定されています。これらの新しい虫除け剤は、この問題の直接的な対策を提供することができます。

これらの例は、嗅覚インテリジェンスがもたらす可能性のほんの始まりに過ぎません。

嗅覚インテリジェンスの現実的なインパクト

香料、偽造品、虫除け剤といった応用は、嗅覚インテリジェンスの能力の表面をなぞったにすぎません。香りのデジタル化は、人間の健康と幸福に対し、多くの影響をもたらします。

花や犬の鼻と同じ嗅覚能力を持つハンドヘルド・デバイスが、大気を浄化し、症状が現れる前に病気の兆候を検出する世界を想像してみてください。OIが、パンデミックに先んじてウイルスの発生を特定し、汚染による環境リスクを警告する世界を。こうした未来の基盤は、まさに今、築かれつつあるのです。

これは、もはやサイエンスフィクションではなく、私たちの未来における現実的な可能性です。嗅覚の未来は、今まさに始まったばかりだと言えるでしょう。嗅覚インテリジェンスの力を活用し、香りという言語を解読し続けることで、より良いテクノロジーを構築するだけでなく、人間の体験そのものを広げていくのです。

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