伝統とイノベーションで未来を切り拓く〜日本の地域資源が支えるレジリエントな社会〜

竹を適切に管理・利用することは、日本の環境と経済の双方に貢献します。 Image: Unsplash / Keisuke Kuribara
- 地域における原材料の供給および生産・流通体制を強化することは、経済のレジリエンスを高めます。
- 地域資源を活用する企業は、地域経済を支えるとともに、持続可能な成長への貢献が期待されます。
- 日本では、伝統的な素材と現代の技術、協働型ビジネスモデルを融合させた取り組みが行われています。
経済のレジリエンスを高めるには、各国の協力によりグローバルの連携を維持し、地域に根ざしたビジネスを強化することが必要です。
地政学的な混乱は、世界経済をますます複雑化しています。世界銀行は、関税の引き上げや不確実性の高まりがほぼすべての経済にとって「大きな逆風」となると警告。2025年の世界経済成長率の見通しを0.4ポイント引き下げ、2.3%へと下方修正しました。日本においても、米国による関税の引き上げや地政学的混乱などにより輸送コストが上昇し、経済への影響が広がっています。
こうした中、安定した地域経済の発展には、国外の動向に左右されにくい経済基盤の構築が求められています。とりわけ、地域内での原材料供給および生産・流通を強化することは、サプライチェーンの確実性と柔軟性を高め、経済のレジリエンスにもつながります。
その一例として注目されるのが、地域に豊富に存在する伝統素材の利活用です。地元の資源を生かしたビジネスは、地域経済を支えると同時に、持続可能な成長にも寄与する可能性を秘めています。近年、日本では古くから親しまれてきた「お茶」、「竹」、「海藻」という素材に、新たな技術や連携加えたビジネスの展開が増えています。それぞれ異なる課題に直面しているものの、伝統的な素材に新たな可能性を見いだすという点で、「温故知新」の精神が共通しています。
抹茶ブームをサステナブルな生産へつなげるには
日本におけるお茶の生産量は緩やかに減少し、2023年は2008年と比較して12%下回っています。その背景には、生産者の高齢化や担い手不足があり、手入れがされ茶畑の放棄が増加しています。茶畑は、茶葉生産だけでなく、土砂災害や害獣の侵出を防ぐ役割も果たしており、放棄されると地域環境にも悪影響が及びます。
こうした中、2023年ごろから世界的な抹茶ブームにより需要が急増し、2024年の後半には日本国内でも抹茶の品薄状態が続いています。2024年の緑茶輸出額は300億円を上回り、過去最高を記録。緑茶も抹茶のもととなるてん茶も、いずれも茶葉から生産されます。政府は、てん茶への生産転換を後押ししていますが、緑茶より手間のかかる工程や、専用設備が必要であるため、人手確保や設備投資が課題となっています。
こうした課題に対応するため、JA三井エナジーソリューションズは他2社と連携し、太陽光発電を活用した抹茶生産の支援を開始しました。この取り組みでは、てん茶の遮光に太陽光発電を利用し、農家の所得の向上に加え、発電収益を地域に還元することで、持続可能な農業と地域社会の実現を目指しています。また、伊藤園では、荒廃農地の長期的な有効活用に適した作物としてお茶栽培を推進。茶葉生産のノウハウや、加工施設を提供することで、耕作放棄地の活用や地域雇用の創出に貢献しています。
次世代のマテリアルとしての竹
竹はかつて、日用品の素材として広く利用されていましたが、ライフスタイルの変化により需要が減少し、放置された竹林が増加しています。2023年3月時点で、竹林面積は約17万5,000ヘクタールに達し、微増傾向にあります。竹は成長が早く、繁殖力も強いため、手入れを怠ると、隣接する畑や民家の敷地に侵入し「竹害」を引き起こす一方、適切に活用すれば、持続可能な資源となりえます。
大分大学の衣本太郎教授は、特殊な手法により竹の繊維からセルロスナノファイバー(CNF)を抽出することに成功。CNFは、セルロースをナノレベルまで分解した微細素材であり、鋼鉄の5分の1の軽さでありながら5倍の強度を持つとされ、強化プラスチックの代替素材など、新たな素材としとして幅広い活用が期待されています。2024年には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)および静岡大学との共同研究により、人工衛星の部品としての可能性も示され、注目を集めました。
また、株式会社東海理化は、独自の技術で繊維化した竹を最大55%含む複合素材「BAMBOO +」を開発。石油由来素材の使用を削減しながら、自動車内装品に求められる品質もクリアしています。2025年7月からは量産を開始し、今後は、難燃焼性を向上させて建材としての活用も進める予定です。
海を豊かにする海藻の可能性
わかめやひじき、昆布など、海藻は日本の食文化に古くから根付いています。海藻は、海中の二酸化炭素を吸収し、貯留する一方、近年は気温上昇や海洋生物による食害により海藻の量が減少し、その吸収・貯留能力も低下。さらに、海藻は海の生物に産卵・生息場を提供し、多様な生態系の維持にも重要な役割を果たしています。
スタートアップ企業のシーベジタブルは、全国約30ヶ所において、ミネラル豊富な地下海水を用い、環境負荷の低い方法で海藻を陸上および水面栽培し、繁殖させることに成功。海藻の再生と新たな食文化の創出を進めています。あらに、2024年11月からは、パナソニックと共同で、ロボットおよびIoT技術と海藻養殖技術を融合させた、実証実験を開始。生物多様性の保全や、食料供給の安定化に向けた取り組みが進められています。
地域資源が支える未来の社会
「グローバル・リスク報告書2025」では、地政学的、環境的、社会的、そして技術的なリスクの激化が、世界の安定と進展を脅かしていると警告しています。これらのリスクは、各国の経済に大きく影響を与え、地域に根差した事業は、その安定性の鍵を握る存在です。

日本における、自然資源を活用した新たな事業への取り組みは、地域の伝統を守るだけでなく、持続可能性かつレジリエンスのある社会を支えています。グローバルな分断が進む今こそ、こうした取り組みの価値が高まり、経済全体への貢献も一層期待されます。