
宇宙技術が変える、サプライチェーンとモビリティの未来
ディープ・ダイブ
宇宙技術は、サプライチェーンと輸送ネットワークのリアルタイム可視化を実現します。 Image: NASA/rawpixel.com
Nikolai Khlystov
Lead, Space Technologies, Centre for the Fourth Industrial Revolution, World Economic Forum- 急速に拡大するスペースエコノミーにおいて、最も規模が大きく、最も急速に成長している分野は、SCTM(サプライチェーン、輸送、モビリティ)と呼ばれる下流アプリケーション領域です。
- 宇宙技術は、サプライチェーンと輸送ネットワークのリアルタイム可視化をはじめ、企業に大きな効率化と洞察をもたらす膨大なデータを提供しています。
- 世界経済フォーラムがマッキンゼーの協力を得て実施した新たな調査では、最先端の衛星テクノロジーが現代のサプライチェーンインフラに不可欠な柱となりつつあることが浮き彫りになりました。
宇宙に関しては、依然として人類の知らないことが多く存在します。しかし、宇宙を活用して地球を理解しようとする歩みが止まることはありません。
数千年にわたり、人類は天体観測を利用して海を渡っていました。地球から宇宙に広がる磁場によって導かれるコンパスや、バイキングの船員が使用した、曇りの日でも太陽の位置を特定することができる「サンストーン」などがその一例です。有名なポルトガル人探検家のバスコ・ダ・ガマは、アストロラーベという装置を使用して、太陽が真上にあるときの海上の高度を測定し、インドへの航路を発見したと伝えられています。
現在も、私たちは地球上の移動に宇宙を利用しています。スマートフォンや車に搭載されている多くの測位、航法、計時(PNT)システムは、地球を周回する多数の衛星から情報を取得しているからです。しかし、技術革新はさらに新たな領域へと展開しており、多様な分野で新しい可能性が開かれています。
宇宙は今や、通信システムにおいても重要な役割を担うようになっています。特に、これまで通信信号が届かなかった地域へのネットワーク拡大に活用されています。さらに、多くの地球観測(EO)衛星が宇宙に配置されており、環境保護活動の監視、農家における収穫時期の最適化支援、自然災害時をはじめとする緊急サービス対応の支援、再生可能エネルギーの立地選定や送電インフラの最適化に必要な情報の提供など、エネルギー企業をはじめとする多様な分野で活用が進められています。
こうした進展が、2023年の6,300億ドルから2035年には1.8兆ドルに拡大すると予測される、グローバルなスペースエコノミーの急速な成長を後押ししています。世界経済フォーラムがマッキンゼー・アンド・カンパニーの協力を得て実施した調査によると、中でも最も大きく急速に成長している分野はSCTM(サプライチェーン、輸送、モビリティ)と呼ばれる領域です。
スペースエコノミーの予測規模(単位:10億ドル)

宇宙がサプライチェーンに与える影響
SCTMという言葉には、世界中の物資と人の移動が含まれます。ここには世界のあらゆるインフラおよび輸送ネットワーク(鉄道、道路、航空、海洋)の活用が含まれており、このセクターの企業は、貨物や顧客の移動を追跡、誘導、最適化するために、宇宙基盤技術の利用を一層強化しています。
宇宙技術はサプライチェーンと輸送ネットワークのリアルタイム可視化を実現するため、こうした目的に適しています。また、衛星によって高速なデータ転送も可能となり、衛星からの情報を最大限に活用する企業には、ビジネス効率とレジリエンスを向上させる洞察を解き放つ大きな機会が生まれます。
NASAは、宇宙を活用したサプライチェーン管理を支援することで、企業がコストを少なくとも35%削減可能になると指摘。さらに「太陽系を人類の経済圏に組込む」と述べています。
テクノロジーは進化を続け、二つの主要なトレンドが浮上しています。最初のトレンドは、EO衛星から衛星通信、PNTシステムに至る宇宙システムの能力向上です。これらのシステムは、性能が向上しているのみでなく、コスト効率の改善が進み、打ち上げコストが低減されています。これにより多くの組織で、宇宙技術を地上での業務改善に役立てる方法が分かるようになりました。
宇宙は、普遍的かつリアルタイムなコネクティビティの提供、およびデータ収集、配信の面で転換点に立っています。
”二つ目のトレンドは、こうしたテクノロジーに対する資金配分の増加です。これにより、企業は宇宙での活動からより多くの価値を引き出すことが可能になっています。この変化は最初のトレンドと密接に関連しており、最先端のコネクティビティを実現するコストとデータ処理コストの低下により、より幅広い企業にとって宇宙技術を適用することが経済的に実現可能となっています。これにより、宇宙から収集されるデータ量が増加。SCTM業界にとっては単なる小さな一歩ではなく、飛躍的な進化をもたらす機会が生まれています。
宇宙技術を活用したサプライチェーン管理に必要な次のステップ
宇宙は、普遍的かつリアルタイムなコネクティビティの提供、およびデータ収集、配信の面で転換点に立っています。2035年までには、サプライチェーンネットワークとその基盤全体で、宇宙とつながるデバイスが64億台以上、IoT接続センサーが約1400億台に達すると予想されています。2024年時点では宇宙接続デバイスは30億台超、IoT接続センサーは約36億台でした。
そのインパクトは、真っ暗な部屋で数十億個の照明スイッチを一斉に点灯させることに匹敵します。企業は、これまで想像もできなかった可能性を見出すことになるでしょう。
サプライチェーンやインフラ、環境に関するデータを監視、収集するEO衛星の増加に加え、ナビゲーションおよび測位衛星の精度向上も進む中、SCTM企業にとっての課題は、膨大なデータ、コネクティビティ、リアルタイムの可視性をいかにして最大限に活用するかという点にあります。
これにより、自社貨物の秒単位の高精度な可視化を希望しながらも21世紀初頭の技術に制約を受ける世界中の企業が、現実のビジネス課題を解決できるようになる可能性があります。これが解決されれば、こうした企業はより効率的でレジリエンスの高い組織になると同時に、持続可能性と安全性を高めるための洞察を得られるでしょう。
これは、スペースエコノミーだけにとどまりません。地球全体の経済においても、莫大な価値を解き放つことになります。
二つの世界の融合
同フォーラムとマッキンゼーによると、宇宙技術が持つ可能性を最大限に活用するためには、マインドセットの転換が必要です。
サプライチェーン、輸送、モビリティなどの業界は、私たちの上空を飛行する数千の衛星から得られるデータと洞察の急速な改善から大きな恩恵を受けることができます。しかし、これを実現するためには、これらの能力を企業が戦略的なものとして位置付ける必要があります。
”さらに、宇宙データと地上ベースのIoTデータの間の壁を単に打破するだけでなく、完全になくす必要があります。壁をなくすことで、これまで孤立していた二つの情報源を統合する「データ融合」が可能になるからです。
宇宙データと地上ベースのIoTデータを融合することがステップ1であり、AIと機械学習を用いて分析することがステップ2です。この組み合わせは、企業に変革をもたらす可能性を秘めています。これにより、SCTMのビジネス活動のあらゆる領域で、前例のない多層的かつホリスティック(全体論的)な可視性がもたらされ、企業が重要な意思決定を行う際に、より情報に基づいた結論に達することができるようになります。また、これまで気付かなかった効率化の可能性や新たな活用ケースを発見できるようになるでしょう。
宇宙と地上のセンサーから得られるデータの統合により、サプライチェーンと輸送エコシステム全体に対して、より包括的でリアルタイムかつ高精度な可視性が提供され、より優れた意思決定と即時的な業務効率の向上が可能になります。
”SCTMセクターにおけるユースケースは、主に「フリート管理」、「海洋におけるコネクティビティ」、「アプリベースのモビリティと配送」の3つの分野で現れると想定されています。2023年から2035年までのスペースエコノミーの成長の約50%は、これらの3つの分野から生まれると予測されています。
宇宙技術によるフリート管理の安全性と持続可能性の向上
海運やトラック輸送を手がけるフリート管理企業は、すでに宇宙および地上プラットフォーム活用型のセンサー技術を車両に統合しています。
エンジンセンサー、PNT受信機、360度カメラなどのデバイスを活用することで、排出ガス監視、ルート最適化、リアルタイム性能監視を実現。これらに機械学習を組み合わせることで予知保全や分析が可能となり、さらにAIとの連携により運転パターンの改善提案が可能になります。これにより、燃料効率の向上などにもつながります。
宇宙と地上のデータを融合するテレマティクス技術は、PNTデータと車両の診断情報を統合し、単一車両だけでなくフリート全体の動態管理を可能にする高度な車両監視手法です。
テレマティクスは、車両の全車両間でデータを転送することで企業のエコシステムを最適化し、ドライバーと車両管理者に「複数の目」を与える効果があります。
”グローバル物流企業であるDHLは、テレマティクスを米国の配送車両のほとんどに導入しており、テレマティクスは車両を「巨大なスマートフォン」に変える技術だと説明しています。同社はインドの「SmarTrucking」プログラムでもテレマティクスを活用し、センサーとIoT機能を組み合わせることによって、ドライバーに最適なルートを提供しています。
同社によると、「従来のルート設計と比べて輸送時間を最大50%短縮し、95%の定時配送、24時間365日の可視化を実現すると推定される」とのこと。ドライバーの疲労軽減や、家庭で過ごす時間の増加にも寄与するとしています。DHLは、2028年までにIoT対応車両を10倍の1万台に拡大する計画です。
自律走行車(AV)の大量導入が現実のものになるためには、高品質なテレマティクスが不可欠です。テレマティクスにより、AVは効果的に相互通信を行い、都市の交通インフラとも連携できるようになります。
SCTM分野でもテレマティクスは同様の役割を果たし、車両の全車両間でデータを転送することで企業のエコシステムを最適化し、ドライバーと車両管理者に「複数の目」を与える効果があります。例えば、前方を走る車両が遭遇した事故や悪天候の情報を後続車両に共有することで、迅速な回避や再ルートが可能となり、稼働率の向上やコスト削減、納品スピードの向上を期待することができます。

また、同フォーラムがマッキンゼーの協力を得て実施した調査によると、テレマティクスは排出量を5~10%削減し、企業の燃料コストを大幅に削減する可能性があります。これは、ルート最適化や速度調整、運転行動の改善、予測メンテナンス(車両が最適な状態にあると二酸化炭素排出量が減少する)によって実現されます。
テレマティクスとそれに伴う物理技術(PNTなど)の活用は増加しており、スケールアップが進むにつれ、テクノロジーのコスト効果は一層高まります。
PNTを含むテレマティクス技術の導入は急速に拡大しており、すでに一部のセンサーは使い捨て可能なレベルにまでコストが低下。これにより、荷物から家畜に至るまで、個別資産の追跡が可能になりました。
こうしたデータ量に富み、高度に接続された可視化サービスにより、トラック輸送業界は約30億ドルの追加利益を見込んでおり、「輸送のサービス化」など新たなビジネスモデルの創出にもつながっています。加えて、2023年には43件に1件の割合で発生した貨物の盗難、詐欺のリスクも大幅に低減しました。
宇宙技術でよりシームレスかつ安全になる海運のコネクティビティ
宇宙技術が海上輸送(海運)にもたらす主なメリットは、リスクの低減にあります。これには、天候のような制御不能な課題、港湾の混雑のような制御可能な課題、密輸や制裁違反などの不正行為に関与する船舶が船内の追跡装置をオフにすることで従来のレーダーを回避するなどの第三者の課題が含まれます。
EO技術は、これらの課題のリアルタイム監視を可能にし、船舶の迂回や保護・予防措置の展開が必要な場合に警告を発するなどの対応を可能にすることで、これらの進歩を実現する上で不可欠な役割を果たすでしょう。
貨物レベルでの追跡も現実のものとなりつつあり、密輸対策から、森林破壊などの新たな規制への準拠確認まで、あらゆる分野に変革をもたらすゲームチェンジャーとなる可能性があります。
”自社衛星からのデータと分析を提供する日本発の企業、シンスペクティブは、東京湾でEOデータと機械学習を組み合わせ、船舶の入出港状況の監視を可能にしました。このシステムは、港の混雑制御や不正取引の検出に活用されています。
同社は「衛星リモートセンシングと地理空間データで、海運物流、計画、管理の課題を解決することができます」と述べています。「港湾における船舶、コンテナ、トラックの分析、障害の認識、将来の混雑の計算が可能であり(中略)、船舶の自動検出によって貴重な時間を節約することができます」。
EOとPNTおよび宇宙技術を利用したコネクティビティを組み合わせることで、課題を特定し、港湾到着時間や燃料消費量など多様な課題に対する予測と予測の精度を向上させることができます。
また、リモートセンシングを活用することで、貨物レベルでの追跡も現実のものとなりつつあり、ジャストインタイム物流や密輸対策、森林破壊などの新たな規制への準拠確認まで、あらゆる分野に変革をもたらすゲームチェンジャーとなる可能性があります。このレベルの監視は、船舶ごとの排出量監視の強化にも役立ちます。
このような可視性の向上は、SCTMセクター全体で年間最大790億ドルのコスト削減を実現する可能性があると、マッキンゼーの過去の調査でも示されています。
この削減額の約半分は、港湾の効率向上から生まれます。船舶と港湾間の情報流通の速度と精度を向上させることで、コンテナ配置の最適化やクレーン利用率の向上が可能になるためです。これにより、港湾は物理的な面積を拡張することなく、11%の容量増加を実現できる可能性があります。
貨物輸送セクターの最終目標は、すべての輸送モードにわたる貨物輸送の完全な可視化を実現し、物流の各工程における到着時刻の正確な共有を可能にすることです。これにより、リソース配分のあり方が根本から変わり、効率性と利用率が前例のない水準に引き上げられるでしょう。この可視性の実現が、2035年までに宇宙接続デバイスの数を12%増加させる要因の一つになると、マッキンゼーは見込んでいます。
アプリベースのモビリティと配送が一般消費者にもたらす恩恵
2024年に米国カリフォルニア州で自律走行配送車両が走行した距離は、720万キロメートルを超えました。これは2023年の480万キロメートル(この数字自体も2022年比で5倍の増加)からの大幅な増大であり、自律走行の成長率が加速していることを示しています。
これらの車両を導く中心技術となっているのが宇宙ベースのPNTであり、ある条件下では、自律型ソリューションは人間が運転する車両よりも安全であるという報告もあります。例えば、自動運転配車サービスのウェイモの初期報告によると、事故による負傷発生件数が73%減少したとのことです。
消費者にとって、自律型配送の普及は、アプリベースの配送サービスを通じてより正確かつリアルタイムな追跡が可能になることを意味します。
今後は、ドローンによる配送も増加する見通しです。こうしたいわゆる無人航空機システム(UAS)は、2023年に100万回を超える商業用ドローン配送飛行を実施。マッキンゼーの予測によると、UASによる食事、小包、食料品の配送は2022年から2030年までに27%増加すると見込まれています。
これらの配送を手がける企業にとって、自動化によって運営効率が大幅に向上し、最大950億ドルの付加価値が生まれる可能性があります。
大型トラックにおいても、自動運転型は従来型よりも総所有コストが42%低くなると試算されています。
現在は先進国が中心ですが、スマートフォンの利用拡大を背景に、新興国でもと宇宙技術を活用したアプリベースのモビリティと配送のメリットが一層感じられるようになっています。また、アプリベースのモビリティ、配送サービスは6~8%の年率で拡大しており、これは先進国の2倍に相当します。さらに、2035年までに20億人の新規ユーザーが追加されると予想されています。
恩恵を受けるのは消費者だけではありません。全世界におけるアプリベースのモビリティと配送サービス関連の就業者は、現在の約4,800万人から2035年までに9,000万人を超えると予測されています。
サプライチェーンの次なるフロンティアとしての宇宙
宇宙は、地球探査と航法の歴史において重要な役割を果たしてきましたが、その役割は今後、ますます重要になっていくでしょう。
宇宙は、すでに現代のサプライチェーンインフラの不可欠な柱となりつつあります。宇宙通信技術の進化に伴い、SCTM業界のリーダーたちはその先頭に立ち続ける必要があるでしょう。さもなければ、業界の地図から姿を消すリスクすらあるからです。
既存のオペレーションの効率化に役立てるか、新たな成長領域を開拓する機会を生み出すか、いずれにおいてもEO、衛星通信、PNTなどの宇宙技術が組織にどのように適合するかを理解する必要があります。
ますます相互接続が進む宇宙産業自体も、不確実性を増す世界のニーズに応えるべく、進化を続けなければなりません。宇宙技術の将来的な経済的、戦略的、運営上の価値は、宇宙そのものと同じように無限に広がっているのです。
本寄稿文には、ジム・アダムス氏(マッキンゼー・アンド・カンパニー、パートナー)、イアン・シャイン(フォーラム・ストーリー、シニアライター)による追加取材・執筆が含まれています。