エンベデッド・ファイナンスが、金融機関に創造的破壊をもたらす理由

エンベデッド・ファイナンスは、私たちが資金を活用し、貯蓄し、借入する方法に変革をもたらしつつあります。 Image: onas Leupe on Unsplash
- 金融サービスへのアクセスと提供方法を再定義するエンベデッド・ファイナンスは、フィンテックのイノベーションの最前線にあります。
- 金融機関は戦略的パートナーシップを促進することで、フィンテックのディスラプター(破壊的イノベーター)が持つ強みを活用し、多様化する経済情勢の中で存在感を示し続けることができるでしょう。
- 金融サービスを単体ではなく、他のサービスに組み込んで提供するエンベデッド・ファイナンスが急速に台頭する中、課題はもはや、従来型の金融機関が適応すべきかどうかではなく、どの程度のスピードで適応できるかに移っています。
未来の金融システムは銀行で構築されるものではなく、人々がすでに使用しているアプリケーション、プラットフォーム、サービスに組み込まれます。こうしたサービスを指す「エンベッド・ファイナンス」は金融サービスへのアクセスと提供方法を再定義するものであり、フィンテックのイノベーションの最前線にあります。
決済、融資、保険、その他の金融商品を金融以外のプラットフォームにシームレスに統合することで、エンベデッド・ファイナンスは、金融取引をよりアクセスしやすく、シームレスで直感的なものにしています。この急速な進化は、従来型の銀行の将来について議論を巻き起こしています。しかしこれは、従来型の銀行の終焉を意味するものではありません。
むしろ、この変化は金融機関が進化するチャンスを提供しているのです。フィンテック企業と提携することで、銀行はイノベーションを起こし、成長していくことができます。
グローバルな成長と地域密着型の成長
調査会社のディールルームとABN AMROベンチャーズのレポートによると、エンベデッド・ファイナンス市場は2030年までに世界全体で7.2兆ドルに達すると予想されています。一方、リサーチ・アンド・マーケッツのレポートによると、中東・北アフリカ(MENA)地域では、2024年に112億ドルの規模であった同市場が、2029年には377億ドルにまで急成長すると予測されています。こうした目覚ましい成長は、グローバルおよび地域レベルで金融エコシステムを変革する上で、エンベデッド・ファイナンスが果たす役割の重要性が高まっていることを示しています。
「コーペティション」という新たな競争戦略
銀行とフィンテックを対立軸で捉える考え方は、もはや過去のものです。今、私たちが目にしているのは「コーペティション」つまり、協調(cooperation)的競争(competition)です。これは、サービス提供に不可欠なコラボレーションと選択的競争を戦略的に組み合わせるという意味の言葉です。一般に、フィンテック企業は銀行よりも機敏であり、極めて特殊な課題を迅速に解決します。一方、銀行には大きな信頼があり、大規模な資本を提供します。私は、両者の中でも最も先見性のあるプレーヤーたちが、競争から協働へのマインドセットの転換を実際に進めている姿を目の当たりにしてきました。
このため、既存の金融機関はイノベーション戦略を再考せざるを得なくなり、イノベーションを社内で育成するか、投資や買収を通じて外部から獲得するかのいずれかの道を歩むことになっています。金融機関は戦略的パートナーシップを促進し、フィンテックのディスラプターが持つ強みを活用することによって、デジタル化が進み、多様化する経済情勢の中で確固たる存在感を示し続けることができるでしょう。
アラブ首長国連邦に本拠を置くアストラ・テックの子会社、クアンティクスは、シティから資産担保証券化融資で5億ドルを調達したと発表しました。これは、同国におけるフィンテック関連の取引として過去最大規模であり、伝統的な金融大手とフィンテックのディスラプターとの協力関係の力を浮き彫りにしています。この資金調達により、同社は消費者向け融資プラットフォーム「CashNow」の規模を拡大。ギグ・ワーカーや中小企業など、これまで十分なサービスを受けられなかった層への融資を拡大することが可能になりました。一方、シティはポートフォリオの多様化を図り、成長を続けるエンベデッド・ファイナンス分野への参入を果たすことができます。シティの安定性とクアンティクスの革新性が一体となって、金融包摂と競争力を推進するのです。金融の未来における勝者は、競争ではなく協調によって決まるでしょう。
アクセシビリティを通じた金融リテラシーの向上と金融包摂の実現
エンベデッド・ファイナンスがもたらす最も大きな変革は、金融サービスへのアクセシビリティの向上です。銀行とフィンテック企業とのコラボレーションは、特にサービスが行き届いていない地域社会において、実に大きな影響をもたらしています。プラットフォームがユーザーフレンドリーなアプリやオンラインツールを提供することで、中小企業やこれまで正規の金融システムから排除されていた個人などの多様なユーザーが、自身の財務管理を行い、融資を受け、金融的な自信を築くことができるようになっています。フィンテックが提供する簡素化された投資ツール、個別化された金融アドバイス、リアルタイムの財務管理機能などを通じて、金融はより身近なものとなり、ユーザーが情報を得た上で意思決定を行うことができるようになりました。
こうしたアクセシビリティの向上により、現代のデジタル経済への参加が可能になり、有機的で影響力のあるデジタル金融リテラシーの向上が促されています。私の考えでは、次なる金融包摂の波は伝統的な銀行の支店からではなく、ユーザーのニーズを予測し、従来のモデルでは不可能なほど深い理解に基づくカスタマイズされた金融ソリューションを提供する、インテリジェントなコンテクストプラットフォームから生まれるでしょう。
AIがエンベデッド・ファイナンスに多大な影響を与える仕組み
今後、エンベデッド・ファイナンスにおいては決済や取引のリアルタイム処理を可能にし、セキュリティを強化し、極めてパーソナライズされた金融サービスを提供することで、AIが変革的な役割を果たすことになるでしょう。AI を活用したフィンテックのプラットフォームは、もはや単に取引を促進するだけではなく、金融をよりスマートで直感的なものにしています。
AIを使用したクアンティクスのクレジットスコアリングは、すでに従来の信用履歴を持たないフリーランサーや中小企業への融資を可能にし、金融包摂の新たな道を開いています。同様に、AI搭載アシスタント「Botim AI」は、ユーザーとのやりとりや財務管理を改善する先進的な機能を導入して、「Botim Ultra」アプリを刷新する予定です。この機能により、より直感的で効率的かつシームレスな体験が実現し、ユーザーはアプリを通じて直接、簡単かつ便利に金融活動を管理できるようになります。一方、アストラ・テック傘下のペイバイ社は、AIを活用した不正検知プロセスにより、数十億件の取引をリアルタイムで処理し、従来の銀行システムよりも迅速に異常や潜在的な脅威を特定することで、より安全で信頼性の高い金融取引を実現する「PayBy」を展開しています。
AIの進化に伴い、このモデルは単なる機能から、自律的でインテリジェントな金融エコシステムへと変化していくでしょう。このエコシステムは、ユーザーのニーズを予測し、リスクを最小限に抑え、必要な時に必要な場所で的確に金融サービスを提供します。
主な課題
大きな可能性を秘めてはいますが、エンベデッド・ファイナンスのスケールアップにはいくつかの課題があります。技術的には、金融サービスを金融以外のプラットフォームにシームレスに統合するための、安全かつ堅牢なアプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)が必要です。同時に、プロバイダーは複雑な規制環境を把握し、金融規制やデータプライバシー法へのコンプライアンスを確保する必要があります。
また、ユーザーに関連する障壁も存在します。特に、信頼関係の構築や、エンベデッド・ファイナンスのメリットに関する消費者への啓蒙活動が課題となっています。課題の克服には、企業による安全かつユーザーフレンドリーなテクノロジーへの投資、規制要件の順守、効果的な消費者教育戦略の実施が求められます。
エンベデッド・ファイナンスの新たなリーダー
アラブ首長国連邦では、統合型の金融サービスが大きなモメンタムを得ています。急速なデジタル化と金融包摂に重点的に取り組む同国は、金融改革の重要な推進役となりつつあるのです。同国におけるエンベデッド・ファイナンスの年平均複合成長率(CAGR)は30.1%と予測されていますが、これはいくつかの主要な要因によるものです。まず、消費者および企業がより便利で効率的な取引方法を求める中、デジタル決済ソリューションに対する需要が高まっています。電子商取引の増加がこの需要をさらに増大させ、オンラインショッピングが小売業の重要な一部となっています。さらに、「バイナウ・ペイ・レイター(後払い)」サービスの人気が急上昇し、消費者に柔軟な支払いオプションを提供することで、エンベデッド・ファイナンス金融の採用を促進しています。
同国はデジタルインフラへの投資を継続し、支援的な規制環境を育成しているため、フィンテックの革新における地域およびグローバルなハブとなる可能性を秘めています。金融機関とテクノロジー系スタートアップ企業間のコラボレーションを促進すること、すなわち「コーペティション」が、イノベーションを推進し、最先端のソリューションを開発する上で重要な鍵となるでしょう。さらに、国債を財源とした同国の「ヤング・インベスター・プログラム」のような取り組みは、学生たちに必須の金融スキルを身につけさせるものです。こうした取り組みは、金融リテラシーの育成と、地域全体におけるエンベデッド・ファイナンスの採用を推進する上で重要な役割を果たします。同国は、エンベデッド・ファイナンスのメリットや機能について消費者に教育を行うことで、信頼を築き、これらのソリューションのより幅広い利用を促進しています。
急速に進化する金融の未来
金融サービスを単体ではなく、他のサービスに組み込んで提供するエンベデッド・ファイナンスが急速に台頭する中、課題はもはや、従来型の金融機関が適応すべきかどうかではなく、どの程度のスピードで適応できるかに移っています。この変化に抵抗する企業は、より幅広い顧客層にサービスを提供し、競争力を維持する機会を逃すリスクを負うでしょう。時代遅れのモデルに固執する従来の金融機関は、消費者がすでに存在している場所に金融サービスを組み込む、より機敏で顧客中心の企業にすぐに追い越されることになる可能性があります。
エンベデッド・ファイナンスは単なる金融ツールではなく、社会全体における包括的な金融設計の試金石です。コラボレーション、インテリジェンス、インクルージョンを受け入れる金融機関は、生き残ることができるだけではありません。そのような企業が金融を主導していくことになるでしょう。155カ国に展開し、1億5,000万人以上のユーザーを抱えるBotimのようなプラットフォームは、金融包摂を促進する役割を果たすことができます。エンベデッド・ファイナンスの足がかりを提供し、フィンテックの未来を形作ろうとする人々にとって戦略的パートナーとなるのです。