XR技術によるストーリーテリングと、本の未来

クロスリアリティ(XR)技術は、仮想現実(VR)用ヘッドセットなどのツールを活用し、デジタル要素と現実世界を融合させる技術です。同技術は、書籍出版業界のような産業にとって、ゲームチェンジャーとなる可能性があります。 Image: Getty Images/Ridofranz
- クロスリアリティ(XR)とは、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、複合現実(MR)などの没入型技術を指す用語です。
- XR技術は、著者が読者を物語に引き込む新しい方法を提供することにより、出版業界に革命をもたらす可能性があります。
- XRを用いた本を実現させるためには、コスト、アクセス、そして特定の法的ガイドラインの整備など、乗り越えるべき課題もあります。
長年、書籍出版業界では、物語を商品として販売することを最優先とする、限られた「ゲートキーパー」たちが権威を振るってきました。この業界には、既存の形式を重視し、実験的なアプローチよりも販売可能なジャンルや物語を語る手法を評価する傾向があります。そのため、曖昧なジャンル、メディアの融合、実験的なフォーマットをなど、非定型的な物語の多くは、編集者の「スラッシュ・パイル」、つまり持ち込まれた原稿の山に埋もれたまま放置されてしまいます。
自費出版やデジタルプラットフォームにより、この独占的な状況が打破され、著者は出版社を通さずに読者にアクセスできるようになりました。一方、過剰供給により、品質管理や、画期的な本であっても読者の注目を引くことができなくなるなど、課題も生じています。
出版業界はこれまで以上に分断が進んでおり、進化が求められています。テクノロジーはその鍵となるかもしれません。
印刷された文章にとどまらないXR技術
クロスリアリティ(XR)とは、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)など、現実世界とデジタル世界を融合させる没入型技術を指します。
XR技術の活用により、書籍は必ずしも各ページにとどまる文章である必要がなくなります。AR、VR、MRは、重層的かつインタラクティブな物語を提供することができるからです。読者は、物語が展開する仮想空間を動き回り、登場人物と対話し、物語を深めるサイドストーリーを発見することができます。
このような文学と技術の融合は、単に読書を面白くするだけでなく、「読書」という行為自体を変えることになるでしょう。物語は直線的な体験からインタラクティブなものに変わり、読者の選択が物語に影響を与えることができるようになります。読者は、著者の物語をこれまで以上に多くの感覚を通じて体験し、ロールプレイを通したゲーム化により、物語を変えることすらできます。場所をただ想像するのではなく、その場を歩くことができ、登場人物の感情が語られるのではなく、彼らと共にその苦しみを直接目撃することができるのです。
テクノロジーによるストーリテリングの変革
印刷機は書籍へのアクセスを拡大し、文学を革命的に変えました。ラジオやテレビは物語の伝達方法を変革。電子書籍は利便性と携帯性を提供しました。XR技術は、さらに一歩進んだ没入型体験を提供し、書籍とインタラクティブメディアを融合させ、新しい交流のモデルを作り出します。今後1〜2年以内に、ユーザーは、特許出願中のこの技術にアクセスできるようになるでしょう。
XR技術は小説に限らず、教育にも利用することができます。学校でXRの教科書を活用することにより、生物学の授業で仮想的な細胞を解剖し、歴史の転換点を体験し、複雑な数学の方程式をリアルタイムのシミュレーションで見ることが可能になります。抽象的な概念を生き生きと表現し、受動的な学習が能動的な学びへと変わるのです。
企業にとっても、XRを活用した本は新たなビジネスチャンスを生む可能性があります。読者は、書籍に関連するキャラクターの衣服や舞台裏コンテンツなど、ブランディングされた商品を購入できるようになるでしょう。著者や出版社は、こうしたeコマースをシームレスに統合し、これまでより参加可能型かつ販売可能な読書コンテンツを提供する道を切り開くことができます。
ジャーナリズムやノンフィクションも、多くの恩恵を受けるでしょう。例えば、戦争記者の回顧録では、記述されている世界を見ることや古いアーカイブ映像の鑑賞、書籍に統合された証言を聞くことができるでしょう。
XR技術の課題
大きな可能性を提供できるにもかかわらず、XR出版には膨大な課題が伴います。インタラクティブな本は、物語、ゲーム開発、コーディングが融合した媒体です。小説を作るのは主に著者と編集者ですが、XR本の制作にはエンジニアやデザイナー、ソフトウェア開発者が必要です。そのため、コストが増加し、制作工程が複雑になります。
アクセシビリティも課題の一つです。デジタルデバイスはすでに普及しているものの、すべての読者が高価なARやVRハードウェアを購入できるわけではありません。XRを用いた本が大規模に機能するためには、スマートフォンからVR用ヘッドセットまで、さまざまなデバイスで使用できるようにする必要があります。
また、知的財産権や法的な課題も解決しなければなりません。書籍は特許の対象にはなりませんが、XRの製本やインタラクションを支える技術は現在特許出願中であり、この新技術を導入できる主体は限られています。
そして、新たな物語の媒体が登場した場合、著作権法はどうなるのでしょうか。著者、開発者、出版社に対する印税はどのように支払われるのでしょうか。これらの課題に関するガイドラインが確立されていない限り、出版業界にとってXRを活用した本の普及は難しいでしょう。
XR技術と出版業界の転換点
これらの課題にもかかわらず、XRによるストーリーテリングへの流れはすで始まっています。コンテンツの消費方法は進化しており、集中力が短くなり、ソーシャルメディア、ストリーミングサービス、ビデオゲームにより、インタラクションが求められるようになりました。一方、出版社がこの新しい環境に適応する中、書籍は引き続き繁栄することができるでしょう。
XR技術は、デジタル環境で物語を語る新しい方法を提供します。これにより、読者の参加を促し、より深く、感情的なつながりやインタラクティブな体験を引き出すことにつながるでしょう。XR技術は伝統的な出版に対する挑戦ではありません。同技術は、世界に関する理解を深めるための物語を伝えるという本来の目的を維持しながら文学を未来へと推し進め、新しい道を切り開く機会として捉えるべきです。