シグナル社長が語る、「根源的な権利」としてのプライバシー

Signal(シグナル)は、他のメッセージングサービスに代わる手段として、ヨーロッパとアメリカで人気が高まっています。 Image: World Economic Forum / Mattias N
- 世界経済フォーラムの調査によると、市民を監視することがより容易になり、政府、テクノロジー企業、そして悪意ある主体が「人々の生活の奥深くにまで入り込む」ことが可能になっています。
- これに対し、安全なメッセージングサービス「Signal(シグナル)」の社長であるメレディス・ウィテカー氏は、人々が「プライバシーに関して目を覚ましつつある」と述べています。
- 本稿では、こうした変化の背景にある要因と、それがデジタルの世界にどのような影響を及ぼすかを探求しています。
プライバシーに関し、人々は目を覚まし始めています。これは、非営利の安全なメッセージングサービス「シグナル」の代表であるメレディス・ウィテカー氏の見解です。オンラインのセキュリティと機密性について強い意見を持つ同氏としては、当然の見方でしょう。
「人々は、プライバシーを忘れ、あきらめたのではありません」と同氏は語っています。「プライバシーは、私たちの周りで、必ずしも合意があるわけではない形で徐々に侵食されてきたのです」。
この5年の間に、ウィテカー氏は人々が「真にプライバシーを重視するようになった」と感じています。世界人口の3分の2がインターネットを利用し、その多くがSNSを使っていることを考えれば、それも当然なのかもしれません。
世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書2025」が警告するように、テクノロジーの進歩とデジタルフットプリントの拡大により、市民の監視が容易にできるようになりました。そのため、政府、テック企業、悪意ある主体が「人々の生活の奥深くにまで入り込む」ことができるようになったのです。
今日のデータプライバシー
「私たちは今、プライバシーを保って生きるという能力が、データ収集や、位置情報や習慣を追跡する、時に驚異的なテクノロジーによって、徐々に侵食されてきた時代に生きています」とウィテカー氏は語っています。「私自身が信じ、シグナルが実現しているのは、プライベートにコミュニケーションをとるという能力と人権を守ることです」。
ユーザーに関するデータをほとんど収集しないシグナルは、他のメッセージングサービスの代替手段として、ヨーロッパや米国で人気が高まっています。米国では、オンラインプライバシーに懸念を抱く人が多数派を占めており、2025年の最初の3か月間におけるシグナルアプリのダウンロード数は、前年同時期と比べ25%増加しました。
ウィテカー氏は、ダボスで開催された2025年の年次総会で、同フォーラムの取材に応じました。その数ヶ月後に、いわゆる「シグナルゲート」事件が発生。米国政府関係者が同アプリを使用中に、今後予定されている軍事攻撃の計画をジャーナリストに誤って共有したと報じられた事件です。
この事件後、ウィテカー氏氏はシグナルについて、「プライベート通信のゴールドスタンダード」と表現。同社では、会話の安全性を保つため、オープンソースのエンドツーエンド暗号化を採用していると説明しています。
同氏によれば、オープンソースであることが、信頼性の鍵となっています。「プライバシーやセキュリティについて主張するのであれば、オープンソースでなければならなりません。人々がその主張の根拠を検証し、引用元を確認できるようにする必要があるからです」。
プライバシーとAIの台頭
MetaのWhatsAppや、Appleなど、他のテック企業が、サービスにおけるプライバシー強化に投資していることが、プライバシー上の解決策への要求が高まっている証拠であるとウィテカー氏は指摘しています。
この傾向は、人工知能(AI)のツールが広まり、より多くのデータを消費するにつれ、さらに進行していくでしょう。例えば、AIは医療の分野を変革しており、患者のトリアージから病気の早期発見まで様々な場面で活用されています。その一方、プライバシー侵害や機微なデータの悪用といったリスクも存在します。
「現在話題となっているこれらの大規模モデルについて、AIが膨大なデータを用いてパターンを見つけることが有用でないというわけではありません」。そう語るウィテカー氏は、AI Now Institute(AIナウ・インスティチュート)の共同設立者でもあります。「ただし、プライバシーとAIの議論は、しばしば同じコインの表裏であり、プライバシーを重視するのであれば、これらのAIモデルの開発方法にも注目する必要があることを認識する必要があるでしょう」と強調しています。
そのためには、AIモデルに入力されるデータの種類や、それらのモデルが「監視能力を持続・強化する手段としてどのように使われ得るのか」に目を向ける必要がある、と同氏は付け加えました。
基本的人権としてのプライバシー
シグナルのような暗号化サービスに対する批判は、しばしばセキュリティ面に集中します。このようなアプリが犯罪者やテロリストに、企業や当局の監視を受けずに通信できる手段を与えてしまうのではないかという懸念があるからです。
シグナルが約束するセキュリティ規範を弱めることは決してない、と述べてきたウィテカー氏。一部のメッセージをスキャン可能にすることは、むしろ犯罪者がシステムにアクセスできる余地を生み出す可能性があり、暗号化サービスに対する人々の信頼を損ねると警告しています。
「人々がプライバシーとセキュリティを対立させて考える場合、『セキュリティ』の定義を見直す必要があります」とウィテカー氏は説明。「現状を問い、堅牢性を確かめ、壊れた部分を修正する能力なしに、セキュリティは存在しないのです」。
同氏は今後の方向性として、「インターネット経済の爆発的成長以前、数十万年にわたり標準とされてきたプライベートなコミュニケーションの常識」を取り戻すことを挙げています。
「プライバシーや安全なデータを重視し、それに報いる仕組みを作ることが、私たちにとって不可欠な変化です」と語り、こう続けました。
「私はプライバシーを、基本的人権、つまり、プライベートにコミュニケーションを取り、プライベートに生き、誰と話し、誰と共にいるかを選ぶ権利という枠組みで捉えています。
新しい世界や新たなパラダイムを築くには、そのための試行空間、つまりアイデアを試し、何が機能し、何が機能しないかを考えるための安全な場が必要なのです」。