日本の文化を守る〜後継者支援を通じた伝統産業のレジリエンス強化〜

マグロの目利きは、テクノロジーにより保存が可能であるかもしれない日本の伝統的な技術の一つです。 Image: Reuters/Issei Kato
- 日本の伝統産業は、事業主の引退時に後継者を見つけることが困難な状況に直面しています。
- 政府による取り組みは、新たな担い手と事業機会を結びつけ、これらの産業を経済的に活性化させることを目指しています。
- テクノロジーは、伝統的な技術や知識を守るための魅力的な新たな手段を提供しています。
日本では、年度末にあたる3月は、これまでの成果を総括し、次年度に向けた準備を行う時期です。こうした時期に浮き彫りとなるのは、中小企業を中心に、経営が黒字であっても後継者が見つからずに廃業に追い込まれるという、年々深刻化する課題です。
「後継者不在」と答えた企業は、2024年に行われた調査で52.1%に上りました。さらに、中小企業庁は、2025年までに平均引退年齢である70歳を超える、中小企業および小規模事業者の経営者の約半数(127万人)が後継者未定だと報告。この数は、日本企業全体の3分の1にあたり、このままでは廃業が相次ぎ、その結果、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性がある、と同庁は警告しています。
中でも、長年培われた職人技と知識に支えられる伝統産業が直面する状況は深刻です。1983年に28万人以上いた工芸品産業の従事者は、2016年には約6万人となり、4分の1に減少。生産額も5,400億円から960億円へと、20%以下に落ち込みました。さらに、創業100年以上を誇る「老舗」企業の倒産件数は、2024年に過去最多となる145件以上に達しています。その背景にあるのが、ライフスタイルや消費財に対するニーズの変化による市場の縮小や、後継者不足です。
伝統産業に関わる企業の廃業は、事業だけでなく、長い歴史の中で磨かれた技術や知識も損失してしまいます。これらは、一度失うと容易に取り戻すことはできません。こうした後継者不足による伝統産業分野の廃業を防ぐため、日本では、後継者とのマッチングサービス、インバウンドや国際市場での戦略的な市場拡大による産業活性化、AIを活用した知識の継承などの取り組みが進められています。
1. マッチングによる後継者探し支援
後継者不足による廃業を防ぐ取り組みの一つとして全国で行われているのが、後継者を探す事業者と事業継承に興味のある個人などをつなげるマッチングサービスです。こうしたサービスは、総務省や自治体が実施する公的なものから、企業や組織が提供するものまで、多岐に渡ります。
総務省は自治体と協力し、事業継承のための後継者探しに向けて、主に4つの支援を行っています。
- 地方自治体による地域の事業継承に向けた後継者探しなどの取り組みを支援する「事業承継等人材マッチング支援事業」
- 自治体が企業の人材を受け入れて事業継承に取り組む「地域活性化起業人」
- 都市地域から人材を条件不利地域に住民票を異動し、協働で事業継承などに取り組む「地域おこし協力隊」
- 事業継承後に起業・新規事業の初期投資を補助する場合の経費を支援する「ローカル10,000プロジェクト」
様々な状況や段階において支援を提供することにより、効果的かつスムーズな後継者支援を提供しています。
2. 市場拡大により、継承者を惹きつける
一般社団法人の全国伝統産業承継支援では、伝統産業における後継者問題の一因として、市場の縮小があるとし、産業を維持するために、新たな市場を開拓する取り組みを進めています。同法人では、日本の伝統産業における技術や製品は、日本人にとってはごく自然に感じる一方、海外からの観光客などには新鮮に感じられ、購買意欲が刺激されると説いています。こうした背景から、伝統産業の事業を引き継ぐ人に対し、既存の技術や知識を活かしながらインバウンド市場へのアピール方法を学ぶ、マーケティングおよびブランディング戦略の支援を行っています。
また、文化庁では、1974年に公布された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づき、認定商品に「伝統マーク」を表示することにより、消費者に政府認定の伝統的工芸品であることをアピール。伝統マークの認定を受けられる製品は、日常的に使われる工芸品のうち、伝統的な材料と伝統技法により手作業で作られ、一定の地域で生産されてきたもののみです。2022年4月の時点において、全国で237品目あります。
3. AIを活用した知識の継承
後継者不足などによる廃業で失われるのは、事業だけではありません。長い歴史の中で培われてきた技術や知識の多くは、これまで人から人へと受け継がれてきました。そのため、受け継ぐ人がいないと失われてしまいます。
こうしたことから、AIにより、伝統産業における技術や知識を次世代に受け継ぐ取り組みが行われています。その一例が、大手広告代理店の電通が開発しているAIです。同社では、これまで熟練の目利きが尾の断面図を見て判断してきたマグロの質をAIに学習させ、目利きの判断と90%一致させること成功。さらに、株式会社LIGHTzは、南部鉄器の職人に、商品の制作中に考えていることなどをヒアリングし、AIに学習させました。これにより、伝統的製品の製作過程においてどのように品質を評価し、必要な作業を行っているかを可視化することを目指しています。このような取り組みにより、経験的に受け継がれてきた技術をデータ化することが進められています。
伝統産業の振興は文化の基盤を支える
伝統産業は、風土に適応した製品を提供するだけでなく、その歴史に根ざした技術と知識の継承を支えています。これらの産業を守る取り組みは、文化遺産の持続的発展に寄与し、現代社会のレジリエンスを強化します。また、テクノロジーとの融合により、伝統技術が革新を促し、新しい価値をもたらすでしょう。