生成AIが拓く通信業界の未来
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通信業界が競争力を維持するには、生成AIの活用が必須です。 Image: Unsplash/Diana den Held
- 通信業界はこれまでもAIを活用してきましたが、現在の課題に対処するには生成AIの活用が不可欠です。
- AIは自動化によるコスト削減、マーケティングのきめ細かなパーソナライゼーションによる事業成長の促進、AI搭載のチャットボットやサービスアシスタントによる顧客満足度の向上に役立ちます。
- 競争力を維持するためには、通信事業者は「Telco」から「Techco」へと転換する必要があります。Techcoとは、高度に自動化され、AI主導かつコネクティビティにとどまらないサービスを提供する組織を指します。
まずは良いニュースから始めましょう。通信業界はテクノロジーを土台とする業界であり、新しいテクノロジーを業務に統合することに慣れています。この業界では、AIの活用に10年以上の経験があるため、機械学習や予測AIがそのプロセスに広く浸透しています。
その観点から、この業界は生成AIのメリットを活用するのに適した立場にあります。これは、通信業界が他の業界と比較して生成AIへの投資で他社をリードしており、その従業員は生成AIに対しておおむね肯定的な見方をしているという最近の調査結果によって示唆されています。
しかし、ここで重要なことは、AIという機会を活用することは、通信事業者が生き残り、成長するために不可欠だということです。一般に成熟市場である先進国においては、通信事業者は収益と利益率の伸び悩みと負債資本比率の上昇に直面しており、成長のための投資能力が制限されています。
2024年6月のS&Pグローバルとアクセンチュアの分析によると、上記の結果として2018年以降、通信事業者の市場資本は7%しか成長していません。これに対して、デジタルプラットフォームは230%、S&P 500企業は172%成長しています。成長市場における通信事業者も、マルチベンダー・アーキテクチャ、よりパーソナライズされたサービスを求める顧客、巧妙化するサイバー攻撃などから生じる成長と複雑性を管理するために生成AIを必要としています。
通信事業者にAIがもたらすもの
世界経済フォーラムはアクセンチュアの協力を得て、AIの現状についてより深い理解を得るために、業界全体で調査を実施しました。
地域を越えた電気通信業界のコミュニティ、メーカーやその他のエコシステムパートナー、業界団体、アカデミアと緊密に協力し、洞察と実体験を収集して、新たな機会、課題、鍵となるイネーブラーに関するコンセンサスを得ました。
調査結果によると、通信事業者の様々な事業分野でAIが活用されています。中でも、影響力が大きく実用化の準備が整っていると考えられる10のユースケースを、最も優先して取り組むべき事項として特定しました。
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その他にも、今後12~18カ月以内に実装可能であると考えられるユースケース群があります。こうしたユースケースは、以下の4つの必須事項において価値をもたらすことが期待されています。
1. サービス提供コストの削減
通信事業者はコスト削減に努めていますが、営業収益の65~70%という高止まりした運用コストが依然として大きな課題となっています。ネットワーク運用コストだけでも、2027年までに総営業費用(OpEx)の50%を占めるようになるでしょう。
生成AIは、通信事業者がネットワーク計画の申請や顧客へのメール送信など、反復的かつ構造化された作業を自動化し、ITおよびネットワーク管理におけるプロセス自動化の促進に役立ちます。
例えば、従来のAIと生成AIは、費用対効果の高いネットワーク設計を作成し、マルチベンダーのコンポーネント統合を自動化し、パフォーマンスを継続的に監視して異常を検出することができます。
2. 成長の促進
生成AIは、個々の行動を予測する予測モデルを活用した、極めてパーソナライズされたマーケティングキャンペーンやカスタマージャーニーの作成を可能にします。例えば、スペインの通信事業者、テレフォニカが開発した社内AIプラットフォームは、顧客担当者の応対について正確かつ文脈に即した推奨を行うことで、顧客とのやりとりを革新しました。
初期の実装では、売上が約20%増加し、成約を意味する転換率は約30%向上しました。さらに、既存の信頼されたインフラプロバイダーとして、通信事業者は、クラウド、エッジコンピューティング、コネクティビティの全領域にわたって革新的なサービスを提供するために、自社の資産を活用することができます。これには、国産AIサービスを提供する潜在的な役割も含まれます。
3. カスタマーエクスペリエンスの差別化
通信事業者の顧客のうち、自社のサービスに満足していると感じているのはわずか34%であり、70%はチャネル全体で一貫した体験が得られないことに不満を感じています。生成AIは、自然言語チャットボットやAI搭載の店頭アシスタントなどの高度な会話型ツールで顧客体験を変革し、すべての顧客担当者を「スーパーエージェント」に変えています。
例えば、ヨーロッパの通信事業者は、AI搭載のサービス自動化プラットフォームを導入することで、サービス解決時間の40%短縮、顧客努力スコアの35%改善、デジタルチャネルの採用率28%増加を達成しました。
4. 安全かつ信頼性の高い運用
レガシーコンポーネントで構成された複雑なネットワークとオープンインターフェース要素の組み合わせ、アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)の使用増加、そして通信事業者が機密性の高いユーザーデータを管理しているという事実により、通信事業者は国家支援を受けた攻撃者やサイバー犯罪者の主な標的となっています。
これらのリスクを管理するには、高度なAI機能が必要です。AIは脆弱性を特定して修正し、膨大な運用データをリアルタイムで分析してセキュリティインシデントを検知し、不正行為を防止することができます。例えば、インドの通信会社、バーティ・エアテルは、同国初のアンチスパムネットワークを立ち上げました。
AIを搭載したこのネットワークは、高度なアルゴリズムを使用して、顧客に負担をかけずにリアルタイムでスパムからの保護を提供します。毎日25億件の通話と15億件のメッセージを処理し、最初の2カ月間で毎日100万件近くのスパム源を特定することに成功しました。
通信事業者がAIの可能性を最大限に活かすには、既存のパートナーシップや新たなパートナーシップをどこに活用し、どこに投資を集中するのかというビジョンと戦略的アプローチが必要です。
”生成AI時代における通信事業者の進化
自動化が進み、セキュリティが強化され、真にパーソナライズされたサービスを顧客に提供したり、AIサービス提供に拡大したりできる、新しいタイプの通信事業者、いわゆる「Techco」への道筋が現れつつあります。
このシナリオでは、生成AIによって真の自律型ネットワーク、データの収益化、サービスとしてのAI機能の提供、パーソナルコンシェルジュというコンセプトなどの機会が得られます。これを実現するのが、アラブ首長国連邦の電話会社、イーアンドの自律店舗エクスペリエンス(e& Autonomous Store Experience)です。
これは世界初の自律型通信店舗であり、スマートゲート、AI搭載カメラ、ロボット、スマートシェルフを利用して、ストレスフリーなショッピング体験を実現。顧客は顔認証または同社のアプリで入店し、幅広い製品やサービスから買い物をして、自動セルフレジで精算した後に退店することができます。
また、通信事業者がAIの可能性を最大限に活かすには、既存のパートナーシップや新たなパートナーシップをどこに活用し、どこに投資を集中するのかというビジョンと戦略的アプローチが必要です。
こうしたビジョンに従って成功を収める通信事業者は、データアーキテクチャや自動化など、基盤となる要素への投資を継続し、人材のアップスキリング(技能向上)を図る一方で、顧客との信頼関係を基盤として成長とイノベーションを推進していくでしょう。
最終的に、通信業界はメーカーを中心とした従来のエコシステムを超えて拡大し、テクノロジースタック、変革のイネーブラー、パブリックセクターをまたぐコラボレーションに投資する必要があります。今日の複雑かつ急速なペースのイノベーションを管理し、将来にわたって対応していくためには、こうした連携が不可欠なのです。