ネイチャーポジティブ経済へ〜6つの持続可能な開発戦略〜
先進的な企業は、持続可能性を高めると同時にビジネス的にも理にかなったネイチャーポジティブ戦略を採用しています。 Image: Getty Images/robertsrob
- 世界のGDPのほぼ半分にあたる約44兆ドルは自然に依存しており、ネイチャーポジティブなビジネス戦略の緊急性が浮き彫りになっています。
- 企業は、リスクを軽減するだけでなく、新たな機会を捉え、ネイチャーポジティブを実践する業界標準を設定するためにも、持続可能性のイノベーションにおけるリーダーとしての役割を強化する必要があります。
- 世界経済フォーラムの最新レポート「スポットライト・オン・ネイチャー(Spotlight on Nature)」では、持続可能な林業からサーキュラー・エコノミーへの取り組みに至るまで、インパクトのあるケーススタディが紹介されています。これらの事例は、企業が事業をどのように変革してネイチャーポジティブな未来を支援しているかを示しています。
ネイチャーポジティブ経済への移行は、これまで以上に重要性を増しています。環境の悪化と生物多様性の消失は、生態系と人々の生活に深刻な影響を及ぼしかねないほど驚くべき速さで加速しています。さらに、世界のGDPのほぼ半分にあたる約44兆ドルは中程度から高度に自然に依存しているため、企業がネイチャーポジティブな取り組みを導入することが急務となっています。
2022年のCOP15で196カ国が承認した「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、2030年までに自然消失を食い止め、回復させるという野心的な目標が掲げられています。一方、世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書」最新版では、自然消失を含む環境リスクが、今後10年間で世界が直面する最も深刻な脅威のひとつとして強調されています。例えば、森林や海洋などの自然の炭素吸収源は、2019年には年間の人為的な炭素排出量の約55%を吸収しました。しかし、これらの生態系は、森林伐採、海洋の劣化、土壌浸食によって一層脅かされています。
多くの企業は、顧客満足度を向上させるための資源を、これらの自然システムに依存しています。その結果、ビジネスはネイチャーポジティブ経済への移行を推進することで、持続可能性の課題に対処する上で重要な役割を果たさなければなりません。
以下に、この重要な変化を推進するために、現在、先進企業が採用している6つの戦略を紹介します。
1. 持続可能な林業と生物多様性の保全を優先する
森林は、気候の調整、生物多様性、生活に不可欠ですが、森林破壊と劣化は、これらの生態系に重大な脅威をもたらします。そのため、世界最大の木材使用企業と言われる家具販売のイケアは、自社製品のための持続可能な林業の実践を先駆けて行っています。
このようなアプローチは生物多様性の保全に役立つだけでなく、環境に配慮した製品に対する消費者の需要の高まりに応えることにもつながります。これは、持続可能性がビジネスの成功に不可欠であることを示しています。
2. サプライチェーンにおける透明性とアカウンタビリティの向上
海洋生態系は、数えきれないほどの生物種と人間の生活にとって極めて重要ですが、乱獲および持続不可能な漁法が海洋生物の多様性を脅かしています。小売チェーンのウォルマートは、持続可能な漁慣行を奨励し、サプライヤーに透明性を求めることにより、水産物のサプライチェーンを改善しています。
透明性、責任ある調達、海洋資源の保護に関する高い基準を設定することは、消費者の信頼を築き、小売業界全体における持続可能性の実践の改善を促すでしょう。
3. 再生可能エネルギーが生態系に与える影響の緩和
再生可能エネルギーへの移行は、気候変動への対応に不可欠です。しかし、風力発電所や太陽光発電所のようなプロジェクトが建設される際には、自然の生態系を保護するためにその影響を管理する必要があります。
デンマークの再生可能エネルギー供給会社であるオーステッドは、洋上風力発電プロジェクトを展開する際に海洋生態系を保護し、その場所に適した対策を講じて生物多様性のプラス効果を確実に実現することを目指しています。これには、風力発電所が海洋生物に与える影響を監視し、混乱を最小限に抑えるためにプロジェクトの設計を調整することが含まれます。例えば、同社は環境保護機関と緊密に協力し、海洋生物の主要な繁殖地を避けるようにタービンの配置を変更する、海洋哺乳類を保護するために騒音を低減するテクノロジーを導入するなど、洋上風力発電設備が敏感な生息地を妨害しないようにしています。
再生可能エネルギーの開発は、環境保護と共存することが可能であり、クリーンエネルギーは海洋生物の多様性を守ることにもつながるのです。
4. 責任ある水資源管理と流域の再生を推進
水は重要な資源ですが、その過剰利用と汚染によって切迫の度合いは高まる一方です。世界的な飲料メーカーであるサントリーは、水利用効率の改善により持続可能な水供給を確保。また、世界各地の森林における自然の水循環を回復させる流域再生プロジェクトにも投資しています。
具体的には、製造工場で節水技術を導入し、水の消費量を削減。また、「天然水の森」プロジェクトでは、日本の森林を再生し、地下水の涵養を促進しています。流域再生に重点的に取り組むことで、事業を展開する地域の水資源への影響を最小限に抑えながら、その地域の持続可能性に貢献しているのです。こうした取り組みは、同社の長期的な成功にとっても、水資源の保全全般にとっても極めて重要です。
5. サステナブルな農業による土壌の健全性の向上
健全な土壌は、農業、炭素隔離、生物多様性にとって極めて重要です。しかし、従来の農業慣行が土壌の劣化につながることも少なくありません。
これを防ぐために、農業ソリューションプロバイダーのヤラ社は、土壌の肥沃度を向上させ、浸食を低減するサステナブルな農業テクノロジーおよび製品の開発に取り組んでいます。これは、長期的な農業生産性と環境の持続可能性の両方に貢献し、将来の食料安全保障と農業生態系のレジリエンス(強靭性)向上に不可欠です。
6. サーキュラー・エコノミー原則の採用
生産から廃棄まで一方通行のリニア経済から循環型のサーキュラー・エコノミーへの移行は、資源効率性と廃棄物削減のメリットが認識されるにつれ、注目を集めています。
インドの複合企業であるアディティア・ビルラ・グループは、多様な事業分野で循環型資源利用の機会を創出。廃棄物の再利用とバージン材料への依存の低減により、同グループは環境への影響を最小限に抑え、サプライチェーンの安全性を高めています。
このような循環型アプローチをサステナブルなビジネス慣行の基盤とすることで、企業は資源管理における革新と回復力を推進することができます。
自然にスポットライトを当てる
このような企業戦略と新たなトレンドをさらに詳しく探求するために、世界経済フォーラムはマッキンゼー・アンド・カンパニーの協力を得て「スポットライト・オン・ネイチャー(Spotlight on Nature)」レポートを発表しました。このレポートには、ケーススタディ、業界リーダーの洞察、ネイチャーポジティブな企業への実践的な指針が含まれています。
このレポートが示すように、ネイチャーポジティブ経済への移行は、環境上の必須事項であるだけでなく、戦略的なビジネスチャンスでもあります。すでにさまざまな業界の企業が、持続可能な林業、透明性の高いサプライチェーン、ウォーター・スチュワードシップ(責任ある水資源管理)、サーキュラー・エコノミーの実践などの戦略を通じて、持続可能性の中核事業への統合にリーダーシップを発揮しています。これらの行動は、企業の責任に対する新たなベンチマークを設定し、自然消失の回復において企業が果たすべき重要な役割を強調しています。
ネイチャーポジティブ経済を実現するには、自然界の保全に向けた継続的なイノベーション、協力、献身が必要です。2030年以降に設定されたこの野心的なグローバル目標を達成するには、企業のリーダーシップが欠かせません。今こそ行動を起こす時です。それにより、ビジネスと社会の両方に大きな利益がもたらされるでしょう。
この寄稿文は、世界経済フォーラム「トロピカル・フォレスト・アライアンス」フェローのアンドリュー・ウェイおよびエグゼクティブ・ディレクターのジャック・ハードの協力のもと、執筆されました。