自然資本で自然危機に立ち向かうべき理由
自然資本は、自然危機と闘う切り札になるでしょうか。 Image: Getty Images/iStockphoto
- 「グローバルな危機」のうち最も注目されるのは、目に見え、緊急性が高く、よく理解されているものです。
- 自然資本の急速な減少は、これらすべてに当てはまるにもかかわらず、グローバルな課題の上位には入っていません。
- グローバルな自然危機の緊急性を高める上で、堅実な自然資本会計と評価が役立つはずです。
地政学的な激動や二極化の進展から生活費の高騰に至るまで、広範におよぶ「グローバルな危機」が私たちの限られた関心を奪い合い、行動を求めています。
何がこれらをグローバルな課題のトップに押し上げるのでしょうか。一般的に、グローバルな危機の次の3つの特徴が、私たちの行動を促しています。
1. 可視性
グローバルな危機は明らかにそれとわかります。また、通知や統計、身近な場所で目にすることができます。
2. 即時性
グローバルな危機の痛みは常に即時的であり、切迫感を生み出します。例えば、2014年に西アフリカで発生したエボラ出血熱は、わずか2年で安全で効果的なワクチンの開発につながりました。
3. 測定可能かつ身近
グローバルな危機は測定可能で理解しやすいため、行動の根拠となります。例えば、物価が賃金を上回るスピードで上昇すれば生活費の危機となり、店頭で計算しながら食料品を買わなければならなくなることをほとんどの人は直感的に理解しています。
注目されない自然の危機
対照的に、自然消失はあまり注目されていません。通常、G20や国連総会のような主要な多国間イベントや、成長や貿易に関する各国の話し合いで取り上げられることはなく、環境危機に対処するための政府間フォーラムで議論されます。
その場合も、気候変動と生物多様性の消失は別々のサミットで取り上げられます。多くの国際的な専門家によれば、一般的に気候変動に関する生物多様性条約締約国会議(COP)のプロセスの方がより大きな注目と資金援助を受けています。2022年12月に第15回国連生物多様性条約締約国会議(COP15)で署名された「昆明・モントリオール生物多様性枠組[ 1] 」は、生物多様性版の「パリ協定」と謳われましたが、2015年以降に気候協定についてなされたような国際的な報道はされていません。
これはなぜなのでしょうか?自然消失はグローバルGDPの半分以上を脅かしているというのにこれはなぜなのでしょうか。農業コミュニティ、過熱する都市、先住民の土地、脆弱な海岸線などで、数十億の人々が毎日、自然消失がもたらす壊滅的な影響に苦しんでいます。気候変動と自然消失は深く結びついており、促進要因を共有していますが、脱炭素化だけではどちらの課題も解決することができないのです。
難しいのは、自然消失は目に見えるものであるにもかかわらず、どこでも目に見えるわけではないということです。熱帯林、氷河、海洋など、地球規模で自然が消失しつつある主要な場所は、どこか遠く離れた場所のように感じられます。したがって、自然消失の影響は即座に現れますが、多くの場合、緊急性を帯びて語られることはありません。実際、国際社会全体の専門家は、自然消失を今後10年間のリスクとみなしており、技術革新や経済の不確実性、紛争の方がより差し迫った問題であるというのが一般的な見解です。また、自然消失は測定可能ではあっても、それがウェルビーイング(幸福)やビジネスに与える影響を理解することは難しいものです。森林被覆の減少や魚類資源の減少に関するデータを、経営陣はどう受け止めればいいのでしょうか。
朗報は、進化を続ける「自然資本」アプローチがこうした課題に対処する一助となることです。
自然資本会計と評価により、自然の危機を解決可能に
自然資本アプローチでは、資本の概念を環境にも拡張し、自然を生産的価値のために回復、維持、強化する価値のある資産として概念化します。土地、流域、森林、土壌、多様な生物種など、自然資源の「ストック」が、食料、繊維、異常気象からの保護、文化的価値など、エコシステムがもたらす生産的な「フロー」を提供していると考えるのです。こうした本質的な便益の多くは、GDPや財務諸表のような経済指標では捉えることができません。
自然資本会計とは特定の自然資産や資源の経年変化を記録するプロセスであり、ひいては自然が私たちに与えてくれる便益を記録するプロセスでもあります。評価では、これをさらに一歩進めて、物理的な環境勘定や便益の流れを、貨幣価値を含む意思決定に関連する指標に変換します。自然資本会計と価値評価を併用することで、現在の自然の恩恵と将来の価値をより明確に把握することができるのです。
例えば、ある農業会社が土地のフットプリントを次のように計上したとします。
健全な農地が10ヘクタール減少、荒廃地が10ヘクタール増加していることが分かります。この場合、事業分野における評価は次のようになります。
このようなデータは通常、企業の貸借対照表にはまったく記載されず、特に荒廃地に対する負債は、現在のところ事業の「外部性」として扱われます。
プラスの「外部性」も同様で、土地に修復費用がかかれば損益計算書の支出として計上される場合がありますが、そうでなければ記載されません。洪水に対するレジリエンスの向上、水の供給、花粉媒介者の増加などが生み出すコスト削減と将来の生産的価値は、自然資本アプローチを用いてのみ完全な会計処理と評価が可能になるのです。
このような重要なデータは、政策立案者やビジネスリーダーにとって、自然に関する意思決定をより身近なものにします。次のような施策が大規模に展開されれば、自然の危機をより身近なものにすることができるでしょう。
・可視化 - 自然消失を実用的な統計の形で目に見えるものにします。国家規模、グローバル規模の自然に関するバランスシートを作成することで、自然と成長のトレードオフをより適切に評価するのに役立つ可能性があります。例えば、1992年から2014年にかけて、一人当たりのGDPは2倍以上に増加する一方、一人当たりの自然資本、つまり自然資源のグローバルなストックは40%減少しているのです。
・迅速化 - 特に、政府や企業が開示された会計データに基づいて行動しなければならない場合はなおさら、即時の取り組みが必要です。例えば、農業総合商社オーラムのサニー・ベルギーズ氏[ 2] は2022年、シンガポールの投資会社テマセクの投資先企業に対する内部炭素価格が税引き後利益の半分に影響することから、排出削減が「CEOとしての最優先事項」であり極めて重要だと述べています。
・理解性の向上 - 自然消失に関する様々な形のデータを統合し、パフォーマンスを測定するための簡単な(さらには金銭的な)指標を提供することで、理解しやすくします。例えば、土地の劣化だけで年間10兆6,000億ドルのコストが発生。これは、評価年におけるグローバルGDPの約17%に相当します。
このアプローチは、政策立案者、ビジネスリーダー、会計士、エコノミスト、市民社会、アカデミアの間で高く支持されています。これほど多様な専門家集団が、このような変革的な取り組みにほぼ同意しているのです。
自然資本の未来
自然資本アプローチそのものは新しいものではありませんが、主流にはなっていません。今後、自然資本を高めていく上で、グローバル経済全体のステークホルダーは以下の重要な役割を担っています。
・各国政府は、自然資本会計と評価の導入の検討を開始し、これを国や地方の開発計画や生物多様性戦略と整合させ、大企業に対する自然資本基準使用の義務付けの実現可能性を評価することができます。
・アカデミアや標準化団体は、競合する基準間の調和を図り、企業がより利用しやすい方法論に落とし込むことができます。
・企業は、利用可能な基準を通じて自然への影響と依存度の評価を開始し、自然資本戦略を採用する準備を整えることができます。
・国際機関は、自然資本アプローチの採用を浸透させるために、マルチステークホルダーによる協力を可能にすることができます。
・イノベーターは、土地、水、大気、土壌、廃棄物の流れなど、主要な自然資産の範囲と状態を現場で測定することで、データの課題を解決することができます。
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Tony Long
2024年10月28日