自然と生物多様性

水素が未来を拓く- 日本の水素技術の現在地

A canal between rows of cherry blossoms in Japan: Japan is leading on the world stage on hydrogen green energy.

水素の革新者である日本は、その技術開発において世界をリードしています。 Image: Unsplash/Sora Sagano

Naoko Tochibayashi
Communications Lead, Japan, World Economic Forum
Naoko Kutty
Writer, Forum Agenda
  • 日本は、次世代エネルギーとしての水素の国家戦略を世界に先駆けて策定し、新たな技術の開発と実用化を加速させています。
  • 企業の取り組みは、製鉄、重工、鉄道など、あらゆる分野で本格化しています。
  • 2030年までに世界のクリーン水素市場は1,200億ドル(約18兆円)に拡大すると見込まれる中、製造・供給コストの低減が水素エネルギーの社会実装に向けた一番の課題です。

次世代エネルギーとして期待が高まる水素。その最大の理由は、燃やして電気や熱を作っても二酸化炭素を出さず、水や化石資源に豊富に存在することにあります。特にエネルギー資源が限られている日本は、2017年に世界に先駆けて「水素基本戦略」を策定し、水素関連技術の開発を進めてきました。欧州特許庁(EPO)と国際エネルギー機関(IEA)が公表した報告書によると、水素に関連する世界各国の特許の出願状況において、日本は2011年から2020年の10年間で全体の24%を占め、トップとなりました。同報告書は、「日本が水素の革新者であり、技術的に優位にあることを示している」と強調し、新たな技術の開発と実用化が加速していることを指摘しています。

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世界をリードする企業の技術開発

2023年12月、日本製鉄は、高炉を使った製鉄製造において水素を活用し、二酸化炭素発生量を抑える「高炉水素還元技術(Super COURSE50)」で、世界最高水準となる高炉本体からの二酸化炭素排出量33%の削減に成功しました。同社は、JEFスチール、神戸製鋼所、金属系材料研究開発センターとコンソーシアムを結成し、本技術のさらなるスケールアップのほか、水素だけで低品位の鉄鉱石を直接還元する「直接水素還元製鉄技術」など、水素を使った製鉄製造技術を共同開発しています。この「水素製鉄プロジェクト(Green Innovation in Steelmaking, GREINS)」は、経済産業省が、脱炭素技術の開発を後押しするために立ち上げた「グリーンイノベーション基金」事業の一つで、官民連携で鉄鋼業界の脱炭素化を目指すものです。

また、川崎重工は、将来の水素需要の拡大を見据え、国内製造だけではまかないきれないと見越して、国際的なサプライチェーンの構築に力を入れています。価格競争力のある海外の再生可能エネルギーや未利用資源などを活用して水素を大量に製造し、日本へ船で輸送し、国内利用に繋げる、という構想を同社が打ち立てたのは2010年。燃料としての水素が世界でまだ注目されていなかった頃でした。そして、2022年春、同社はオーストラリアで製造した液化された水素を日本へ海上輸送するパイロットプロジェクトを日豪政府の支援のもと完遂しました。この輸送の鍵と握ったのは、同社が開発した世界初かつ世界唯一の液体水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。いわば、超高性能な巨大魔法瓶とも言えるこの船は、マイナス253度という極低温の液体水素を、追加冷却することなく大量に海上輸送することができます。同社は、2030年までに水素供給を実ビジネスとして成立させることを目指し、現在、大量の水素供給に向けた船や陸上貯蔵タンクの大型化に取り組んでいます。

鉄道の脱炭素化に向けた水素の活用も加速しています。JR東日本は、トヨタ自動車と日立製作所と共同開発した、国内初となる水素ハイブリット電車「HIBARI(ひばり)」の走行試験を進めています。同ハイブリッド電車は、水素と酸素を反応させて発電する燃料電池からの電力と蓄電池からの電力を併用し、二酸化炭素を排出せずに走行。2030年の実用化を目指しています。また、JR東海は、2023年11月に、水素を燃やして走る水素エンジンを使った鉄道車両の開発に乗り出したと発表。世界中で進められている鉄道の脱炭素化の多くが燃料電池方式である中、水素を直接燃料としてエンジンを回す方式は世界初となり、実現すれば、脱炭素の新たな手段が加わることになります。

水素の利用拡大を後押しする、政府と自治体

日本政府は、こうした企業の取り組みを支える「水素基本戦略」を2023年6月に改定しました。この戦略は、燃料電池や水電解装置など9つの技術を重要分野と位置づけ、今後15年間で15兆円を超える投資を行うことを決定しています。また、2040年までに水素の利用量を年間1,200万トンに引き上げる目標を掲げています。

その実現に向け、東京都は、2024年度の水素関連の予算を2023年度の1.8倍となる203億円に増額。水素の活用先として有望視されているトラックやバスなどの商用FCV(燃料電池車)の普及支援や大型水素ステーションの整備を強化するほか、臨海部にある都有地に再生可能エネルギーを活用したグリーン水素の製造・供給を担う設備を整備すると発表しています。

課題を乗り越え、グリーンで競争力の高いエネルギー構造転換を

120カ国のエネルギーシステムのパフォーマンスについて調査した、世界経済フォーラムの「効果的なエネルギー転換の促進 2023年報告書(Fostering Effective Energy Transition 2203)」によると、公平性、安全なエネルギー確保、環境面での持続可能性、エネルギー転換に向けた環境整備を基準とした評価で、日本は27位。同報告書は、2030年までに世界のクリーン水素市場は1,200億ドル(約18兆円)に拡大すると見込まれる中、一番の課題は、水素エネルギーの製造・供給コストの低減であるとしています。また、東京大学の梶川裕矢教授は、経済効果を見据えた戦略的なルール形成に基づく水素エネルギーの導入や市場形成を本格化させ、スケールメリットを働かせることがソリューションになり得ると強調しています。

グリーンで競争力の高いエネルギー構造への転換を実現するためには、分野横断的かつ官民連携で、効率的で手頃な価格の水素エネルギーの社会実装に取り組むことが不可欠です。

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