排出量を増加させる4つの地政学的課題
地政学的な理由で紅海やスエズ運河を避ける船舶は、輸送時間、コスト、二酸化炭素排出量の増加に直面しています。 Image: REUTERS/Khaled Abdullah
- 地政学的な緊張や紛争の影響は、政治、社会、環境全体に及びます。
- 2024年、私たちは二酸化炭素排出量に悪影響を与える地政学的な大事件に直面するでしょう。
- こうした緊張が続く中で、各国は、気候変動と闘うための集団的努力と協力を優先する方法を見つける必要があります。
今日の複雑な世界情勢において、地政学的緊張の波及効果は政治、社会、経済、そして環境全体にわたり、さまざまなセクターに広く影響を及ぼしています。相互に関連し合う課題は、ガバナンス構造に影響を与えるだけでなく、エコシステムの微妙な均衡にも想定外の影響を与えます。
サプライチェーンは、グローバル経済が数十年にわたって依存してきた堅牢で信頼性の高いシステムです。しかし、現在進行中の地政学的紛争は、生産者と消費者の間の取引バランスを脅かしています。
紅海地域の混乱によって、戦略上優位な海上航路が危うくなり、商業海運業界に衝撃を与えています。海運業界だけではありません。紛争による混乱が、配送スケジュールから商品の入手可能性まで、あらゆるものに影響を及ぼしており、世界経済への影響は明らかです。特に、ロシアによるウクライナ侵略により、民間旅客便と貨物便のルートが余儀なく変更され、大きな混乱を引き起こしています。
こうした継続的な混乱は、サプライチェーン・マネジメントの強化と、世界的な航空・陸上・海上貿易の二酸化炭素排出量と炭素関連の影響削減という二重の戦略によって実施されるニアショアリング(消費地の近くに生産拠点を設けること)の傾向を加速させる可能性があります。
この二極化した世界を乗り切り、サステナブルで調和のとれた未来を実現するためには、従来の縦割りを超えた協力的で効果的な対応が必要です。グローバルな課題が相互に関連していることを考えると、システム・アプローチが不可欠になるでしょう。
グローバルリーダーたちは、グローバリゼーションの時代の慣行から脱却し、頻発する予測不可能な混乱に対処しなければなりません。よりレジリエンス(強靭性)の高いサプライチェーンを構築すれば、おのずと持続可能性の高いものになるでしょう。これは、有意義で前向きなアウトカムです。資源を地域で管理することが、二酸化炭素排出量の積極的な削減につながるのです。
2024年の二酸化炭素排出量に影響を与えるとされる四つの地政学的課題は、次のとおりです。
1. 紅海の紛争
国際貿易の80%以上を輸送する海運業界は、グローバルに船舶の脱炭素化を目指す上で困難な課題に直面しています。現在、世界の温室効果ガス排出量の約3%を占めている海運業界は、化石資源を主な燃料とする老朽化した船隊を運航しています。
液化天然ガス(LNG)、液化石油ガス(LPG)、メタノール、バイオ燃料、電気、水素などの代替燃料への投資は続いているものの、その利用は距離や航路の制約によって制限されているのが現状です。
現在も続いている地政学的紛争は商船を脅威にさらしており、アジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸間の迅速な物資輸送に不可欠な紅海の海上ルートは危険なものになっています。長引く紅海紛争と、その結果スエズ運河を回避しなければならないことで、喜望峰経由の迂回航路を取らざるを得ず、アジアと一部の欧米市場間の輸送に7~10日を要することになります。
迂回の増加は、海運業の二酸化炭素排出量を増大させます。一方、EUの排出量取引制度に海上輸送の排出量が加わり、距離に応じて炭素税が課されるようになったためにコストがさらに上昇。3〜5%の値上げが消費者に転嫁される可能性があります。
海運業界がこうした課題に取り組む中、経済的・環境的な理由から、サステナブルな解決策を見出すことが一層重要になっています。海運業界だけでなく、世界経済への影響は明らかです。紛争による混乱が、配送スケジュールから商品の入手可能性まで、あらゆるものに影響を及ぼしているのです。
2. ウクライナとロシアの閉鎖空域
ウクライナとロシアの上空が閉鎖されているため、航空機は迂回を余儀なくされています。制限空域を回避するため、航路が大幅に延長されているのです。これは燃料消費の増加につながるだけでなく、二酸化炭素排出量を増加させ、航空機による環境への影響を増大させます。
さらに状況を悪化させているのは、前述の海上輸送の課題によって、利益率の高い商品の輸送傾向が変化していることです。海上ルートはコストが高騰し、予測しにくくなるため、信頼性とスピードを提供できる航空貨物がより現実的な代替手段となっています。航空貨物へのシフトが特に顕著になるのは、価値と時間に敏感で、輸送コストが高くても正当化できる商品です。
しかし、ウクライナ・ロシア空域のように主要空路が使用できないことが、このような需要の急増に大きな混乱をもたらしています。この傾向は、航空輸送コストの上昇が収益性に大きな影響を与えない、利益率の高い商品に限定される可能性が高いと予想されます。
航空業界は、そのカーボンフットプリントについてすでに厳しい目を向けられていますが、空域へのアクセスに影響を及ぼす地政学的紛争により、さらなる課題に直面しています。航空会社は燃料効率の低い路線で運航せざるを得ず、航行一回当たりの二酸化炭素総排出量が増加することになるからです。このことは、環境への懸念をもたらすだけでなく、地政学的な出来事と人間の活動が環境に与える広範な影響との間に複雑な関係があることを浮き彫りにしています。
航空分野における気候変動への取り組みとして、地政学的安定性と環境の持続可能性の両方を考慮した包括的なアプローチにより、炭素排出量への累積的影響を緩和する必要があります。
3. 重要鉱物の集中
重要鉱物の集中は、世界経済、国民、国家安全保障に脅威をもたらし、二酸化炭素排出量にも重大な影響を及ぼします。例えばカーニーの分析によると、電池の材料として重要なリチウム、コバルト、グラファイトのような元素のそれぞれで、グローバルな生産工程の少なくとも60%を単一の国が支配しています。これは、憂慮すべきことです。トップ3はオーストラリア、チリ、中国。このようなレベルの支配は、経済の安定を危険にさらすだけでなく、環境の持続可能性に関しても懸念をもたらします。
米国国防総省(DOD)は、世界の生産量の半分以上が単一の国に依存している37の重要鉱物を特定し、これらの資源への安定的かつサステナブルなアクセスを確保するための取り組みを強化しています。集中は、サプライチェーンが混乱した場合のレジリエンスの低下を意味します。また、これらの重要な材料の採掘と生産において、よりサステナブルな慣行を採用して多様化することができなくなるため、二酸化炭素排出量削減の取り組みを妨げ、排出量の増大につながるのです。
このような脆弱性に対処することは、経済における慎重性にとどまらず、サプライチェーン集中という現状がもたらす環境への影響を緩和するための重要な一歩です。
4. サプライチェーンの相互依存
企業は、サプライチェーンにおけるレジリエンスと持続可能性の両方を強化する必要があります。このためには、各国政府と国際協力の関与を要請せざるを得ません。市場の力だけでは不十分であり、サプライチェーンの強靭性を高めるための新たな枠組みを構築するには、志を同じくする国々が協力して取り組む必要があるからです。
地政学的紛争は、さまざまな課題を生み出す一方で、こうした国際協力の枠組みを推進するための唯一無二の機会ともなるでしょう。戦略的アプローチとしては、半導体、電子機器、自動車、バッテリー、電気自動車の生産において、地域の外に代替サプライヤーを設立することで、特に重要な製造分野のグローバル・バリューチェーンを拡大することが挙げられます。混乱を緩和するためには、バッファ在庫のレベルを調整し、重要な部品を備蓄し、航空貨物の能力を強化することが極めて重要です。
強固なサプライチェーン・リスク分析の枠組みには、サプライチェーン全体を徹底的に評価し、あらゆる段階で潜在的なリスクを特定・評価することが含まれます。この分析では通常、地政学的緊張、経済変動、環境問題から生じるリスクを評価します。サプライチェーンの包括的なリスクプロファイルを作成することで、企業は、地政学的緊張に基づくリスクの優先順位付けと持続可能性の優先事項への対応という二つの使命を達成することができます。
同時に、海洋資源のサステナブルな利用を重視する「ブルーエコノミー」の概念も重要な戦略として浮上しています。このホリスティック(全体論的)なアプローチは、温室効果ガスの排出、貿易、経済発展という三つの極めて重要な要素に焦点を合わせるものです。このような国際的な協力を促進し、包括的な戦略を採用することで、サプライチェーンを混乱から守ると同時に、持続可能性の目標をグローバル規模で推進する変革の機会が生まれるでしょう。
混沌から調和へ
世界が多面的に分極化し、紛争が激化している現在のグローバル情勢において、地理的な緊張が開発のあらゆる側面に予期せぬ影響を及ぼしていることを、私たちは目の当たりにしています。地政学的な対立や紛争のもとでは、各国が気候変動と闘うための集団的な努力よりも戦略的利益を優先させるため、いつの間にか環境悪化の原動力となっています。
このような地政学的対立は単なる混乱ではありません。グローバルな取引に戦略的課題をもたらし、持続可能性の目標に影響を与え、新たな脆弱性を生み出しています。紅海の混乱とロシアによるウクライナでの戦争は、特に重要な発火点におけるグローバル・サプライチェーンの脆弱性を明らかにしました。コストが上昇し、経営上の課題も大きくなり、気候にも悪影響を及ぼしています。
価格管理やルート変更といった短期的な政策で当面はしのげますが、持続可能性やサプライチェーンのレジリエンスに対応するには不十分です。将来的には、ニアショアリングや、同一の運送人が二つ以上の異なる輸送手段を用い、貨物の引受から引渡しまで一貫して運送を行う複合一貫輸送を商品やサービスの種類に応じて振り分けるなど、地域的なサプライチェーン・マネジメントへの移行が起こるでしょう。こうした混乱に対処するため、企業はリアルタイムのサプライチェーン・モニタリング、サプライチェーンのレジリエンス、包括的な持続可能性戦略に注力する必要があります。
一筋の光明は、この危機がリーダーたちにとってまたとない機会を提供していることです。地域の不確実性が高まる中、世界の貿易と気候変動戦略を迅速に適応させ、再構築するチャンスです。地政学的ダイナミクスと環境問題の両方が交わる点もあるでしょう。これは、国際社会が多国間協力とサステナブルなアプローチを優先し、相互接続された世界における気候変動の差し迫った影響に対処する必要性を示すもう一つの例となります。
持続可能性は、インクルーシブな経済発展を促進するだけでなく、平和と安定を支える変化のベクトルとなり得るのです。
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Louise Thomas and Will Hicks
2024年12月16日