信頼のエコシステムを偽情報から守るためには
「信頼は私たちの最も貴重な資産です」と、ウォール・ストリート・ジャーナルのエマ・タッカー編集長は語ります。 Image: Robin Worrall/Unsplash
Jesus Serrano
Reputation and Crisis Management Lead, Global Communications Group, World Economic Forum- デジタルテクノロジーと分断されたメディアのエコシステムが、偽情報の拡散を許しています。
- 偽情報の拡散は、社会全体の信頼の喪失に拍車をかけます。
- 信頼を回復し、健全なメディア環境を維持するには、各国政府、メディア企業、テクノロジー企業、市民社会が連携する必要があります。
デジタル技術が私たちの生活のほとんどすべての局面に浸透している今、情報の発信はかつてないほど容易かつ瞬時に行われるようになりました。そして、ボタンをクリックするだけで偽情報が世界中に拡散するこの世界において「偽情報の波が私たちの情報エコシステムと民主主義社会を脅かす中、真実をどう守るか」が問われています。
今日、オンライン上で虚偽コンテンツの拡散が蔓延しており、このことが、制度への信頼の低下をグローバルに悪化させています。実際のところ、ニュースを完全に信頼している人はわずか40%に過ぎません。世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書2024年版」が強調するように、偽情報は、今後2年間で直面する世界最大のリスクと見なされ、10年後には世界第五のリスクとなるとされています。
偽情報に対処するには、分野を超えた協調的な取り組みが必要です。各国政府、報道機関、ハイテク企業、市民社会が協力して、偽情報の拡散に対する多層的な防衛策を構築しなければなりません。インターネット・ユーザーのメディア情報リテラシーを高め、報道機関の独立性と存続可能性を確保し、テクノロジーを活用して信頼できるジャーナリズムと偽情報を区別することが、偽情報の拡散に対抗するために不可欠です。
スイスのダボスで開催された「第54回世界経済フォーラム年次総会」のセッション「真実を守る(Defending Truth)」においても、これらの重要な行動について議論がなされました。参加者には、欧州委員会のヴィエラ・ヨウロバー副委員長(価値観・透明性担当)、ニューヨーク・タイムズ紙のメレディス・コピット・レビアン社長兼最高経営責任者、メディアを支援する国際NPO、インターニュースのジャンヌ・ブルゴール社長兼最高経営責任者、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のエマ・タッカー編集局長らが名を連ねています。
デジタルの新時代
現在のデジタル時代は、情報へのアクセスやニュースの消費方法に革命をもたらし、断片的でサイロ化されたメディア・エコシステムの台頭に拍車をかけています。これにより、複雑な課題が単純化されすぎる懸念があります。
こうした変化が、視聴者が独立したジャーナリズムの価値を十分に理解することを難しくしています。また、独立した事実に基づくジャーナリズムと党派的な意見の区別が曖昧になり、偽情報の蔓延を許して、不信と分断を助長しています。
「独立したジャーナリズムの価値と重要性について、一般の人々のメディア・リテラシーを高める必要があります。ジャーナリズムとそうでないものを区別することが、いろいろな理由でとても難しくなっているのです」とニューヨーク・タイムズ紙のレビアン氏は、ダボスで開催された年次総会でのセッションで述べています。
ウォール・ストリート・ジャーナルのタッカー氏は「信頼は私たちの最も貴重な資産です。それを手放した瞬間、我々のビジネスモデルは崩壊するでしょう。信頼とは、間違いを正すことでもあります。間違いを犯した時には正直にならなければならないのです」と述べました。
真実の報道への障壁 - コスト、時間、危険
インスタント・コミュニケーションの時代において重要な課題の一つは、偽情報が真実を検証するよりも早く伝わり、混乱と不信の温床を作り出してしまうことです。偽情報のウイルス的な拡散とは異なり、真実を明らかにするプロセスはしばしば時間と手間がかかります。
「真実は多くの場合、ゆっくりと明らかになります。市民が理解し、誰に何の責任を問うべきかを知る必要があるような、非常に重大な事柄に関する大きな記事のほとんどは、数日、数週間、時には数カ月を要します」と、レビアン氏。#MeToo運動のきっかけとなったハリウッドでの性的暴行疑惑に関するタイムズ紙の数カ月に及ぶ調査を引き合いに出しました。
もう一つの懸念は、紛争地域や権威主義体制下での報道には危険が伴うことです。こうした環境での取材では、ジャーナリストが危険にさらされるため、正確な現場情報を伝えることがより難しくなります。しかし、一般市民には十分な情報が絶対に必要なのです。
「これは非常に大きな課題です」とタッカー氏。「ジャーナリストを派遣できない国もあります。真実を確かめるには目撃証言に頼るしかないため、これは私たち全員の課題です。非常に憂慮すべき傾向です」。
インターニュースのブルゴール氏も、危険地帯で活動するジャーナリストへの懸念を表明し、中東で現在進行中の紛争は「ジャーナリスト保護委員会が追跡してきたジャーナリズムの歴史の中で、最も死者の多い紛争」であると指摘しました。
AIと偽情報の時代における信頼の再構築
世界経済フォーラムの白書「The Principles for the Future of Responsible Media in the Era of AI(AIの時代における責任あるメディアの未来のための原則)」は、メディアの分断化と、非合成コンテンツと見分けがつきにくい生成AIコンテンツの増加が相まって、何を信頼すべきかの判断が難しくなり、メディアは偏向している、あるいは信頼できないと考える人が増えていると指摘しています。その結果、ニュースを受け取る人々は、代替ソースからの偽情報に敏感になっているのです。
ここまで見てきたように、偽情報の時代に信頼を回復し、健全な信頼のエコシステムを維持することは、政府、メディア、テクノロジー企業、市民社会の共同努力を必要とする複雑な課題になっています。真実を守るためには足並みを揃えて、メディア・リテラシーの育成、質の高い報道機関の独立性と持続可能性の強化、技術イノベーションへの開放性とAIの責任ある導入などに重点を置くべきでしょう。
現在、偽情報に対抗するあらゆる取り組みが進められています。欧州連合(EU)は、近頃、デジタルサービス法を採択しました。この法律は、オンライン上の有害なコンテンツを狙い撃ちするもので、透明性、公共空間におけるAIの使用、リスクの高いシステムなどの分野を対象とした包括的なAI規制です。
一方、世界経済フォーラムの「デジタル・セーフティ・グローバル・コアリション(Global Coalition for Digital Safety)」は、メディア・リテラシーの役割を探り、偽情報の拡散に対抗する社会全体のアプローチを育成することで、この課題に積極的に立ち向かっています。
偽情報への取り組みは、一見、困難なミッションのように思えるかもしれません。しかし、真実を守るためにはこうした集団的な努力が不可欠なのです。
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