分断された世界で、金融部門が協調を取り戻すには
金融サービスは、政治、経済、地政学にまたがる構造的な懸念事項を対処する上で、現実的かつ建設的な役割を果たすことができます。 Image: Unsplash/Kyle Glenn
Matthew Blake
Head, Centre for Financial and Monetary Systems; Member, Executive Committee, World Economic Forum- 政治的、経済的、地政学的な不確実性は、世界各国の成長に影響を与える可能性があります。
- こうした背景がありながらも、金融サービスは、構造的な懸念事項に対して摩擦ではなく結束を促す力として機能し、現実的かつ建設的な役割を果たすことができます。
- グローバルな協調は、金融の安定性、不正行為への対抗、気候ファイナンス、個人の財務レジリエンスの強化といった分野で進んでいます。
2024年は、世界の金融および通貨システムにとって極めて重要な年です。米国内外で、政治、経済、地政学にまたがる多くの不確実性が存在しますが、金融部門は重要な構造的課題に対して建設的な役割を果たし、システムの整合性とグローバルな協力を強化し、すべての人に利益をもたらすことができます。
政治面では、米国は対立の激しい大統領選挙を間近に控えており、有権者の分断が顕著になっています。多方面にわたる不統一と不和により、世界最大の経済大国である米国政治の不安定性が、国境を越えた不安定化を引き起こしかねないという危機感が生まれています。
さらに不透明なのは、経済の健全性です。米国では、2024年に利下げとわずかばかりの実質GDPのプラス成長、そして、失業率の低下が予想されています。「ソフトランディング」に対する信頼は高まっていますが、インフレが想定よりも長引き不安定で、経済的アウトカムはさらに弱気なものとなる可能性もあります。
世界的には、地政学的な緊張が高まっています。ブレグジット(英国のEU離脱)、中米関係、欧州や中東での戦争が、各国間に亀裂を生じさせ、経済的および軍事的な同盟関係の再調整が余儀なくされています。このような力学の変化は、経済面でもすでに明らかです。
国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータによると、地政学的に同盟を結んでいる国同士の貿易は6%以上増加していますが、他の貿易は減少しています。また、国際通貨基金(IMF)の最新の分析によると、国際的な貿易制限によりグローバルな経済生産高は長期的に7%も減少する可能性があり、これは、フランスとドイツの経済規模を合わせたものに匹敵します。
こうした複雑な背景があったとしても、金融サービスは、構造的な懸念事項に対して摩擦ではなく結束を促す力として機能し、現実的かつ建設的な役割を果たすことができます。注目すべき協力分野には、金融の安定性の確保、犯罪行為者と闘うこと、気候ファイナンス、個人の金融レジリエンス(強靭性)を強化することなどがあります。
金融の安定性
金融の安定を守ることは極めて重要です。最近ではシリコンバレー銀行(SVB)の破綻の際にも見られたように、グローバルな金融危機の際に金融機関の最も貴重な資産となるのは信用です。信用が失われた場合、その影響は広範囲に及び、金融システムを不安定化させる可能性があります。
金融部門は、国境を越えて協力し、未来の衝撃に備える必要があります。まず、サイバー攻撃による伝染を軽減することは、悪質な行為者が新興テクノロジーを操作し、システムに不利益をもたらす事例が増加する中で、特に重要になってくるでしょう。そのために必要なリスクと協力を示す最近の例では、2023年11月に、中国工商銀行(ICBC)の米国ブローカー・ディーラーがランサムウェア攻撃を受けた際、ブローカーがある顧客に対して一時的に90億ドルの債務を残していたために、中国と米国の銀行が介入して市場の安定化を図る必要がありました。
もう一つの例は、2008年の金融危機後に実現したデイリー・スワップ・ライン(市場ストレス時に中央銀行間の資金調達市場の流動性を改善することを目的とする)に関するものです。パンデミック(世界的大流行)時に強化されましたが、昨年、米国の金融機関数社を巻き込み、クレディ・スイスの破綻につながりました。
寿命が延びるにつれ、金融部門は、リスク管理と財務的レジリエンス(強靭性)の向上をサポートするための取り組みに重点を置く必要があります。
”不正行為への対抗
不正行為に対抗することは、金融機関にとって依然として最優先事項であり、現実的でグローバルな協力が必要な領域です。
「グローバル・コアリション・トゥー・ファイト・フィナンシャル・クライム(金融犯罪と闘うグローバル・コアリション、GCFFC)」によると、金融犯罪による収益は3兆6,000億ドルに上り、その75%はマネーロンダリングによるものです。そして、地政学的リスクや進化する犯罪の脅威などはコンプライアンスコストを押し上げる要因となっており、主要市場全体で2,700億ドルを超えると推定されるなど、増加の一途をたどっています。
金融機関は、金融システムを通過する不正資金に対する第一の防御ラインです。この重要課題に対処するためには、国境を越えた協力を強化し、金融機関と法執行機関との間で情報やベストプラクティスが共有される必要があります。
ネットゼロに向けた気候ファイナンス
気候変動は、その規模や関連コストを考えると、官民連携を必要とする実存的な懸念です。
銀行や投資家は、再生可能エネルギーのプロジェクトに何兆ドルもの資金を割り当ててきましたが、今後、産業やエネルギーシステムのネットゼロへの移行を成功させるためには、より強力なアプローチが必要です。水素、カーボンキャプチャー(二酸化炭素回収)、サステナブルな航空燃料(SAF)などの画期的な脱炭素テクノロジーが、さらなる排出削減の鍵となるでしょう。しかし、リスクの高さからこれらのテクノロジーは資金不足に陥っており、商業規模で利用可能な段階にはまだありません。
このような障壁にもかかわらず、金融機関や企業は、脱炭素技術の市場を活性化させるために現実的な手段を講じています。「ファースト・ムーバーズ・コアリション(First Movers Coalition)」は、90以上のグローバル企業からなる多部門アライアンスで、150億ドルの需要コミットメントを集約し、メンバーの購買力を活用して脱炭素技術の導入を支援しています。同コアリションは、金融機関と緊密に連携し、ネットゼロのソリューションの財務的な実行可能性を高めています。
年間4兆~6兆ドルかかるとも言われるネットゼロへの移行は、各国政府のみでなく、民間資本を動員しなければ成功できないでしょう。的を絞った政策インセンティブと、リスク回避のプロセスに不可欠な多国間開発銀行の関与が、成功の鍵となります。今後10年間、金融機関はネットゼロ目標を支援するために、脱炭素技術に振り向ける資金をさらに動員しなければなりません。
個人の財務レジリエンスの強化
確定給付型年金制度が後退し、各国政府の財源も減少していることから、個人の経済的な健康を自ら確保することがこれまで以上に課題となっています。寿命が延びるにつれ、金融部門は、リスク管理と財務的レジリエンス(強靭性)の向上をサポートするための取り組みに重点を置く必要があります。
進学や住宅購入といった重要なライフイベントに対応するために、個人の財務プランを見直してもらうことは、金融部門が追求できる選択肢の一つです。幼少期からの金融教育への普遍的なアクセス、行動ファイナンスの原則を活用した個人貯蓄の促進、透明性の高い顧客中心の商品開発は、エンパワーされた金融レジリエンスに向けた基本的なステップです。並行して、個人投資家がより広範な資産クラスや財務アドバイスにアクセスしやすくするなど、投資の民主化を促進するためのさらなる措置も歓迎すべきステップでしょう。
一国主義を検討するよりも、協力するメリットがはるかに勝る共通の関心領域が複数あります。波乱に満ちた2024年に向けて腰を上げる今こそ、金融関係者間の現実的な協力が必要です。それにより、より強靭かつ信頼性があり、アクセス可能でサステナブルな金融システムが生まれるのです。
*本記事は、Forbesの記事の和訳を転載したものです。
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