継続的に信頼関係を構築する方法 - 日本の経験から得られる教訓
福島の風力タービン Image: Hiroshi Kimura/Unsplash
- 日本は、過去30年間にわたり、不平等がもたらす社会的な分断や政治的ポピュリズムの高まりを回避してきました。
- さらに重要なのは、日本が集団としての理想を守り続けてきたことで、社会的まとまりが保たれてきたことです。
- こうした安定性と、日本人の目標達成に向けた意識の強さは、日本におけるネットゼロの実現を後押しするでしょう。
経済成長や企業の収益性、ソフトウェアやサービスにおける革新という領域では、今日までの30年間で世界が日本から学ぶことはほとんどありませんでした。しかし、信頼関係や安定性、社会の結束といった事柄に目を向けると、その30年間における日本の足跡から有益な教訓を得られるかもしれません。
今年の世界経済フォーラムのテーマである「信頼の再構築」を考える際に、日本が他の先進国とは異なり、不平等がもたらす社会的な分断や政治的ポピュリズムの高まりを概ね回避してきたことは注目すべき点です。
欧米では、製造業における熟練した高度な技術を必要とする仕事が減少した結果として、中間層の所得が停滞した一方で、富裕層の富は急拡大を続けています。これらが、社会の信頼関係が崩壊した主な要因であると、多くの専門家が指摘しているのではないかと私なりに思っています。
日本は、いくつかの理由から、このような二極化を回避してきました。まず、総人口および労働力の減少という日本の厳しい人口動態に伴う経済の停滞下においても、何とかGDP(特に、労働人口あたりのGDP)をわずかに増加させ続けることができたことは、やはり喜ぶべきことだと言えます。
また、高齢者世代はこれまで蓄えてきた富を使ったり、子供や孫に財を譲ったりすることで、全体的な消費者需要を支え、経済的な格差をある程度緩和させてきました。さらに、需要面では、日本はインバウンド観光の拡大にも成功しています。
以上のような努力や工夫により、日本はこれまで、アメリカやヨーロッパの多くでポピュリズムを煽る要因ともなっている大規模な(そして、時には計画的でない)移民に頼ることなく、一定水準の繁栄を維持してきました。
集団としての考え方
しかし、それ以上に重要なことは、日本が集団としての理想を守り続けてきたことです。社会がほぼ均質であるため、個人よりも集団が重視され、国民の多くが社会の安定に貢献する信念を持つことによって、一体感が保たれています。
国際比較上の成長力の鈍化や相対的な低下は、日本人の誰もが経験し、皆同じだと感じています。日本人は自由よりも公平や公正の価値を重んじます。ほとんどの人が平等に扱われていれば、まれなお金持ちやスターを受容します。即ち、「彼らは私たちとは別の世界に住んでいる」という感じ方が代表的な考えだと思います。
そのような社会的まとまりのおかげで、日本は今まで30年間の停滞を社会的・政治的にほとんど影響を受けずに乗り越えることができました。これは欧米では考えられないことです。イノベーションや起業家精神、そして経済成長の全体的な水準においては代償を払ってきましたが、多くの日本人はこのトレードオフに不満を持っていないと思います。
この経験から得られる教訓を、(そのままの形で)異なった社会性を有する世界の他の地域に適用することは難しいと思いますが、コミュニティの価値観に一層の注意を払い、社会を構成する他の集団に対する責任も含めて考えることは、やりがいのある目標だと考えます。日本の「失われた数十年」をただ否定するよりも、得るところがあると思います。
ヒューマンキャピタリズムの実践
この数年間、欧米企業において「総合的なステークホルダー」指向が重視されるようになっており、長年の株主至上主義が影を潜めつつあります。このアプローチは「ヒューマンキャピタリズム」ではないかと私は思っており、日本では従来から広く実践されているものです。
実際、ある程度成功している日本企業は、思いやりのある経営スタイルに基づいていると思います。日本の経営者にとって、最も言われたくないのは「非人間的」という言葉です。この考え故に、日本企業は、景気の変動に合わせて柔軟に従業員を採用・解雇しなかったり、ノンコア事業の売却や分社化に慎重であったり、意思決定やM&A後の人々の融合に時間をかけていると言えます。
このようなやり方は、欧米の競合企業からはしばしば嘲笑されますが、一方で、日本的経営が従業員との信頼関係をより高いレベルで構築し、地域社会に受け入れられ、(持続力のある)真の競争優位性を獲得する力となっています。
たしかに、業績の面で短期的にはコストがかかることは間違いありません。しかし、会社内の合意や安定性は、長期的な戦略的思考と大胆な取り組みを可能にします。例えば、日本の商社による東南アジアへの早期の(種まき的な)投資、エンジニアリング・素材や化学などの事業分野における革新的な研究や、日本の産業界に共通するきめ細やかで持続的な改善などがそれらの取り組みです。
脱炭素化への取り組み
三菱重工でも、数十年前に行ったクリーン技術への投資の一部が、脱炭素化の取り組みを加速させる形で成果を上げ始めています。具体的には、大規模なクリーン水素の生産や二酸化炭素の回収・利用・貯留(CCUS)などのインフラ技術の開発がその事例です。
私たちは、140年にわたる歴史の中で蓄積されてきた技術とエンジニアリング力を活用するだけでなく、世界中で金融界や起業家とのネットワークを構築し、革新的なスタートアップへも投資しています。また、そのために必要なアカデミアとの協力や様々なパートナーとの知識や技術の共有にも努めています。
さらに、私たちは「MISSION NET ZERO」を掲げ、2040年までにスコープ1、2、3の排出量を(CCUSによる削減を含めて)ゼロにすることを宣言しました。これは、低炭素技術の提供者としては、お客様よりも10年早く脱炭素化する必要があると考えているからです。
日本政府は、エネルギー資源や鉱物資源が少なく、再生可能エネルギーの開発に適した土地も少ないという地理的に不利な条件を乗り越え、2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げています。
日本人は、一度目標にコミットすると何が何でもやり遂げる人々であると思います。これは、前述したようにグループ全体の成功に貢献する熱意に満ちた集団の意識です。私たちは二酸化炭素排出ネットゼロの達成に向けて約束を果たしつつ、世界からの尊敬と信頼に値する行動を続けていくことができると考えています。
このトピックに関する最新情報をお見逃しなく
無料アカウントを作成し、パーソナライズされたコンテンツコレクション(最新の出版物や分析が掲載)にアクセスしてください。
ライセンスと転載
世界経済フォーラムの記事は、Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International Public Licenseに基づき、利用規約に従って転載することができます。
この記事は著者の意見を反映したものであり、世界経済フォーラムの主張によるものではありません。
最新の情報をお届けします:
エネルギー転換
アジェンダ ウィークリー
グローバル・アジェンダとなる、重要な課題のウィークリー・アップデート
メールに記載されているリンクから、いつでも配信を停止することができます。 詳しくはこちらをご覧下さい。 プライバシー・ポリシー.
もっと知る エネルギー転換すべて見る
Azeem Azhar and Nathan Warren
2024年10月21日