気候変動に関する情報開示が導く未来図
企業による気候関連の情報開示において、日本は世界に先行しています。 Image: Unsplash/Tom Vining
- 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に、世界全体で4,925の企業・組織が賛同しており、その3分の1を日本の企業・組織が占めています。
- 東京証券取引所による大規模な市場再編と、TCFD提示を基盤とした開示要求が、日本における一貫性のある気候関連の情報開示を進めやすい土壌作りを後押ししています。
- 多くの企業がTCFDへの賛同を表明する中、株主や投資家が意思決定において活用しうる具体的な指標の開示を含む、情報の質の向上が今後の課題です。
深刻化する気候危機が、世界経済に大きな打撃を与えています。世界気象機関の発表によると、2021年までの約50年間に発生した気象災害による経済損失は、4兆3,000億ドル(約637兆円)に達しました。
世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書2023年版」では、気候変動の緩和策と対応策の失敗、自然災害、生物多様性の喪失、環境の悪化が、特に高リスクのトップ10のうち上位5つを占めています。気候変動がもたらすこうしたリスクの高まりは、事業活動に大きな影響を及ぼすとして、企業はビジネスモデルの変革を迫られています。
こうした中、2015年に、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」が設立され、その2年後には、気候変動要因に関する適切な投資判断を助けるために、一貫性、比較可能性、信頼性、明確性をもつ効率的な情報開示を促す提言が公表されました。組織運営の中核となる4つ要素、ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標について開示することを推奨するTCFD提言は、気候変動に関連する情報開示基準の新たなグローバルスタンダードとして機能しています。
TCFD対応で世界を先行する日本企業
2022年に、東京証券取引所における市場区分の再編が行われ、新たに誕生した「プライム市場」上場企業には、TCFD提言に沿った事業リスクの開示が義務付けられました。主要取引所によるこうした大規模な市場再編と、TCFD提示を基盤とした開示要求は、一貫性のある気候関連の情報開示を進めやすい土壌作りを後押ししています。2023年11月現在、世界全体で4,925の企業・機関がTCFDに賛同しており、そのうち、1,488は日本の企業・機関が占め、世界に先行しています。
有価証券報告書(有報)で気候変動の財務影響を開示する動きも加速しています。2023年の有報では、国内の上場企業の3割に当たる1,000社強がTCFD提言への自社の対応を開示。この数は前年のほぼ倍となり、持続可能な経営に向けた日本企業の積極的な姿勢が伺えます。
今後、こうした一貫性ある開示がますます浸透することで、国内外の投資家は比較可能な定量情報を入手しやすくなり、市場参加が促されるでしょう。その結果、日本企業による開示の内容と幅が拡大され、投資判断がしやすくなり、積極的に気候リスクを開示する企業へ資金が流れる好循環が生み出されると期待されています。
国際連携を主導する政府
経済産業省は、2019年にTCFDコンソーシアムを設立し、日本企業が気候変動に関する評価や情報開示をスムーズに行えるようサポートすると同時に、効果的な情報開示のあり方についての活発な議論を促進しています。
さらに、2030年までに温室効果ガスを2013年比で46%削減し、2050年のカーボンニュートラル実現を目指す政府は、その取り組みの一つとして、2022年に「GXリーグ」を立ち上げました。再生可能エネルギー中心の経済・社会構造への転換を図るグリーン・トランスフォーメーション(GX)を実現するため、産(産業界)・官(行政)・学(学界)・金(金融)が、連携して新たな市場を創出するための議論と実践の場としての役割を果たすGXリーグは、2050年のあるべき社会と企業像の実現をリードする未来企業の集合体となることを目指すものです。このGXリーグには、現在566社が参加しています。
また、経済産業省は、2019年より毎年「TCFDサミット」を開催し、気候リスクの情報開示の質向上や、トランジション・ファイナンスの推進、脱炭素を実現するイノベーションの社会実装に必要なファイナンスのあり方などについて国際的な議論を進めています。世界の産業界、金融界、政府、規制当局、国際機関のリーダーが一堂に会する同サミットは、環境と成長の好循環を促進する重要なプラットフォームとなっています。今年は、官民連携を通じた排出削減と経済成長の両立に向けた国際的なルールメイキングを主導するため、10月に、世界のグリーン・トランスフォーメーションの実現について議論する「国際GX会合(GGX)」と統合した「GGX×TCFDサミット」が開催されました。
企業価値を問い直す
多くの企業がTCFDへの賛同を表明し、気候関連情報の開示が量的には進展しているものの、質の観点から見ると、株主や投資家が意思決定において活用しうる具体的な指標の開示が限定的であるという課題が残っています。
日本経済新聞社の最新の調査によると、有報で気候変動の財務影響を開示している企業のうち、「定量的なリスク」を記載しているのは24%、「定量的な機会」は18.7%であることがわかりました。具体的な数値が示されなければ評価がしにくいと、一部の投資家からは声が上がっており、データ整備が今後の課題となるでしょう。また、生物多様性の喪失が与えるリスクについて分析・開示している企業は29.8%。投資家が企業に対して、森林や水資源の保全、プラスチック削減、農業の持続可能性の追求などを求め始めている中、自然資本に関するリスク管理の取り組みも今後強化される必要があります。
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