日本におけるネイチャーポジティブ移行の加速化に向け、企業が果たせる役割とは
日本企業は、ネイチャーポジティブな未来を実現に向けて、大きな役割を果たす責任を負っています。 Image: Unsplash/Tom Vining
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- ネイチャーポジティブとは、自然の損失を止め回復させ、自然の再生を実現することを意味します。
- ネイチャーポジティブへの移行に向けて積極的に取り組むと宣言する企業が増える一方で、自然保護に関する具体的なコミットメントを設定している企業はわずかです。
- 自然はかつてないスピードで失われつつあります。企業は、この流れをくい止めるために、より大きな役割を果たす責任を負っており、今こそ、コミットメントを具体的な行動に移す時です。
近年、自然が経済活動の基盤であるという認識の高まりとともに、「ネイチャーポジティブ」の概念は社会全体で大きな関心を集めており、ビジネスにとってもリスクと機会の両方を生み出しています。世界経済フォーラムによる推計では、ネイチャーポジティブ型経済への移行は、2030年までに年間10兆ドル以上の新しい事業価値を生みだし、3億9500万人の雇用を創出するとされています。自然の喪失をくい止め、回復させるために民間セクターが担う役割に対するこうした関心は、2022年12月の生物多様性条約締約国会議(COP15)で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の中でも、企業が自然への取り組みを強化するよう明確なメッセージとして表明され、さらに顕著になっています。
GBFに続き、今年4月に札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合でも、自然や生物多様性に関する議題が大きく取り上げられ、生物多様性への資金増額の必要性が改めてコミュニケに盛り込まれました。また、同会合では、官民両方のステークホルダーの間で知見やベストプラクティスを共有するための枠組みとして「G7ネイチャーポジティブ経済アライアンス」が設立されました。同アライアンスにおいて予定される活動の中で、「ビジネスの機会に関する経験の共有」と「企業の情報開示拡充」という2つのテーマが、2023年の重点分野として選定されています。
これまでの日本の役割
日本は、このようなネイチャーポジティブの潮流に遅れをとっているわけではありません。実際、日本のビジネス界は、現在のような盛り上がりを見せるずっと前から、自然や生物多様性の主流化に向けた取り組みを行なってきました。例えば、COP10での生物多様性愛知目標の採択を見据え、1,500社以上の主要な企業が加盟する日本最大の経済団体、経団連は、2009年に「生物多様性宣言・行動指針」を発表し、200社以上の会員企業が賛同を表明しています。
最近では、2030年までに地球上の陸と海の30%を保護するという目標を国内で達成するため、COP15開催を8ヶ月先駆けする形で、日本政府は2022年4月に独自の「30by30ロードマップ」を策定しました。これを受けて、ロードマップで示された具体的なアクションの実行を推進するマルチステークホルダーの枠組み「生物多様性のための30by30アライアンス」が発足し、300を超える企業や自治体、団体の会員を擁する広がりを見せています。こうした中、今回のモントリオールでのCOP15に経団連が過去最大の代表団を派遣したことは、象徴的な動きと言えます。
日本の気候変動に対する姿勢は、1.5度目標達成のための国際的な取り組みに後ろ向きであるとの批判をしばしば受けますが、自然環境分野でのこうした流れは、ある意味それとは対照的です。気候変動対策では、野心的な目標に対して業界団体から強い抵抗が出ることがありますが、日本におけるネイチャーポジティブへの移行についてはすでに多くの有力企業の賛同を得ており、幸先の良い兆候と言えます。
しかし、企業の関心度の高さは、そのまま具体的な行動に結びつくわけではありません。フォーチュン・グローバル500社を対象にした最近の調査では、自然保護に積極的に取り組むと宣言する企業が増える一方で、自然保護に関する具体的なコミットメントを設定している企業はグローバル企業の中でもわずかであることが判明しました。意思表明だけでアクションが伴わない場合、単なる流行に乗せられただけ、あるいは、グリーンウォッシュとみなされてしまう危険性もあります。
自然関連のビジネスリスクと機会
ネイチャーポジティブとは、自然の損失を止め回復させ、自然の再生を実現することを意味します。ただし、概念としてはまだ比較的新しく、定義も確立されていないため、この分野での目標設定や事業活動への組み込みを模索している企業にとって大きな課題となっています。このような曖昧さに対処するため、IUCNやWBCSDなどの組織は、ネイチャーポジティブの定義に関するガイドラインを示し、自然の保護と回復への貢献を測定・追跡する方法の開発に取り組んでいます。
また、最近発表された初の企業向け目標である「Science-Based Targets (SBTs) for Nature」や、9月に予定されている「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」フレームワークの最終提言は、ビジネス活動における自然への影響や依存を把握する助けとなります。これらの動向は、グローバルな基準やデータに基づいた、より透明性の高い自然関連の情報開示のあり方を企業に促すことになるでしょう。
企業が事業活動による生態系への影響を特定し整理できたところで、次のステップは具体的な行動についての戦略の策定になります。例えば、Salesforceは最近、自社の「ネイチャーポジティブ戦略」を発表し、ネイチャーポジティブな未来に向けたビジョンとそのために必要なアクションを具体化していますが、そこには他の多くの企業にもあてはまる様々なヒントが含まれています。
組織の競争優位性や各業界の特性によって、ネイチャーポジティブに向けた実践的な行動への道のりは様々です。その一方で、変革の実現を可能にする共通要素の1つに、単独ではなく複数のステークホルダーと共同で行う取り組みが挙げられます。協働や連携をうまく活用することでインパクトの規模を拡大し、先行者としてのリスクを最小限に抑える一方で、費用対効果が高く、質の高い活動が可能になります。
実践的なステップ
ネイチャーポジティブな未来に向けた協働の一例として、Salesforceが創設パートナーとなっている世界経済フォーラムのイニシアチブ、1t.orgが挙げられます。1t.orgは、2030年までに1兆本の樹木を保全、再生、育成することで自然喪失に歯止めをかけ、回復軌道にのせるべく、様々なステークホルダーを動員してお互いをつなげ、共通の取り組みへの参画を強化することを目的としています。このイニチアチブは、あらゆる業界や地域の企業が知見やベストプラクティス、経験から学んだ教訓を共有するとともに、森林生態系の保全と再生のための行動にコミットすることのできるグローバルプラットフォームを提供しています。
2020年の発足以来、1t.orgの「1兆本の樹木のムーブメント」は、米国、インド、中国を含む重点地域・国での地域支部の設立とともに、着実に成長を続けています。現在までに80社以上の企業が、65カ国以上の国々で70億本以上の樹木を保全、再生、育成することを誓約しています。ネイチャーポジティブのための実践的なステップを踏み出そうとしている日本やその他の国々の企業には、ぜひこの取り組みへの参加をご検討いただければと考えています。
自然はかつてないスピードで失われつつあります。企業は、この流れをくい止め、ネイチャーポジティブ経済への転換を加速化するため、より大きな役割を果たす責任を負っていると同時に、そこから新たな機会も得ています。企業による取り組みの機運はすでに高まっています。今こそ、コミットメントを具体的な行動に移す時です。
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