自然と生物多様性

環境と人道的見地から違法漁業を根絶しなければならない理由

違法漁業の危険性を示す、魚が入った漁網

違法漁業の危険性を示す、魚が入った漁網 Image: Riddhiman Bhowmik on Unsplash

Tetsuji Ida
Senior Staff Writer and Editorial Writer, Kyodo News
  • 危険な違法・無報告・無規制の漁業が世界中で行われています。
  • 違法な漁業は環境に深刻な脅威を与え、漁船内での人権侵害にもつながっています。
  • 5月のG7サミットは、国際的な違法・無報告・無規制(IUU)措置の強化について議論する重要な場ともなります。

「船の上では1日20時間以上の労働は当たり前だった。機械が故障すると2、3日、ほぼ不眠不休で修理をさせられた。自らの命を絶つ同僚もいたし、逃げようとして海に飛び込み、撃たれるのを見た。誰も見ていないのだから違法な漁業は当たりまえだった」。

タイの港町、マハチャイ郊外の粗末な家の土間に座り、52歳になるワッチャリン・カンチョーポルが、筆者のインタビューに対して、小さな声で、違法漁業に従事した辛い体験を語る。

彼の話は、衝撃的で驚きに充ちているが、2010年から2016年までの6年間をタイの違法船で漁師として働いたことは、決して特殊なものではない。世界の遠洋漁業は今の時代も人権を無視した奴隷労働とIUU漁業が横行しているからだ。

違法な漁業は海洋生態系にとって最大の脅威

国連食糧農業機関(FAO)は、IUU漁業は海洋生態系にとって最大の脅威の一つであるとしている。これは、漁業を持続的に管理するための国や地域の取り組みや、海洋生物多様性を保全するための努力を台無しにする強力な力を持っているためであり、IUUの横行は、多くの小規模漁業者の生計をも圧迫している。また、多くの場合、漁業者の人権に対する深刻な侵害は、IUU漁業と密接に関係している。

IUU漁業では、各国や国際機関の規制無視や漁獲量の過少報告などが多いが、爆薬や毒薬を使って魚を取る、無国籍の漁船で操業する、船名を書き換えたり、本来とは異なる国の旗を掲げたりするといった手口もある。 国連食糧農業機関(FAO)によると、IUUの漁獲量は最大で年間2,600万トンに達し、金額は230億ドル(約3兆1,600億円)に上る。

世界有数の水産物消費国・輸入国である日本も、IUU漁業とは無縁ではない。2021年の8月、英国の環境保護団体「環境正義基金」は、人工衛星を使った漁船の追跡や多くの漁船員へのインタビューなどを元に、IUU漁業や船員への人権侵害に関与した中国漁船が漁獲したマグロが、日本の市場に持ち込まれた可能性が高く、大手商社がこれを購入、販売していたと指摘した。

また水産庁は、日本国内のウナギの稚魚「シラスウナギ」について、大量の無報告漁業が長期間続いていることを把握。この行為に対する罰金を強化した。

違法漁業は世界的な課題として取り組む必要がある

持続可能な漁業を実現するためには、IUU漁業の根絶が世界的に重要な課題である。重要なのは、大きな水産物市場を持つ米国、欧州、日本でのIUU漁業の撲滅に向けた取り組みを強化することだ。状況は深刻だが、国際的なIUU対策は一定の成果を上げ始めている。

2005年、EUは「IUU漁業規則」を制定。EU域内に水産物を輸入する場合は、輸出国の政府機関が発行する漁獲証明書を提出することを義務付けた。この規則を守らず、IUU対策が不十分な国に対しては、「イエローカード」を発行し、一定期間内に改善が見られない場合は「レッドカード」を発行し、対策強化を求める。

2018年、アメリカは「シーフード輸入監視プログラム(SIMP)」を導入。IUUリスクが高いと考えられる水産物11種について、それらを輸出する国の事業者が輸入事業者を通じて証明書を政府に提出することを義務づけた。

バイデン大統領が違法漁業に関する覚書(MOU)に署名

アメリカのバイデン政権はIUU対策に力を入れている。2022年6月、バイデン大統領はIUUに関するMOUに署名し、政府機関が総力を挙げてその撲滅に取り組むよう指示した。MOU国家安全保障に関するものとの位置付けで、重要度は高い。MOUは、海洋大気局(NOAA)に対し、SIMPプログラムの対象となる魚種を増やすよう求め、2022年12月にSIMPに種または種群を追加するルール案を提案した。

バイデン大統領はMOUの中で「米国、欧州連合、日本のシーフード市場は世界全体の55%を占める」と指摘、日本などとの国際連携を強化することも明言した。米国は、日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国の協力枠組み「クアッド」の中でもIUU対策の強化を求めている。

日本が違法漁業の取り締まりを開始

長い間、日本のIUU対策は欧米に比べて遅れが指摘されていた。だが、ようやく特定の水産物に漁獲証明の発行などを義務づける「特定水産動植物の国内流通及び輸入の適正化の促進に関する法律(水産物流通適正化法)」が成立し、2022年12月に施行された。これはIUU水産物排除に向けた重要な第一歩である。

だが対象となる種は当面、国内がナマコとアワビの2種、輸入品はイカ、サンマ、サバ、マイワシの4種に限られる。多種の水産物を輸入する日本の状況からみれば、改善の余地も大きい。

環境保護団体などは対象種を早急に拡大し、EUのように全ての魚種を制度の対象にすることを求めている。

すべての違法漁業の網を閉じるには、世界的な協力が必要だ

さまざまな対策が取られているにも関わらず、世界の海では依然としてIUUと人権侵害が深刻だ。ともに大きなシーフードマーケットを持つ日本、米国、欧州が協力してIUU産物が自国の市場に入り込むことを防ぐことが重要だ。国際協調がなければ、ある市場から排除されたIUU水産物が、規制の弱い国の市場に流れ込んでしまう。

また、漁業を拡大させている中国などの新興国の対策強化を促してゆくことも喫緊の課題だ。G7首脳会議の場は、国際的なIUU対策の強化を話し合うために重要なものとなるだろう。

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