悲劇を繰り返さないために、ダークツーリズムにできること
原発事故の大きな被害を受けた福島県浪江町の復興を支えるソーラーパネル。 Image: unsplash/Rei Yamazaki
2011年3月11日に、東北地方を中心に未曾有の災害をもたらした東日本大震災の発生から12年。甚大な被害を受けた地域では、復興の歩みの中で、震災の記憶を受け継ぎ、教訓として生かしていくため、観光振興が模索されてきました。
戦争や災害といった人々の悲しみの記憶を巡る旅「ダークツーリズム」は、新たな観光のあり方として世界で注目を集めています。ダークツーリズムは、1990年代にイギリスで提唱され、ヨーロッパで急速に広がりました。ポーランドにあるナチス・ドイツのアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所は、最も有名なダークツーリズムスポットであり、ダークツーリズムの概念は、第二次世界大戦におけるナチズムの惨禍を二度と繰り返してはならないという価値観に支えられていました。アメリカには、2001年の同時多発テロ以降、ダークツーリズムが急速に広まり、今や一般的に受け入れられるまでになっています。
ダークツーリズムが生み出す新たな価値
日本におけるダークツーリズム研究の先駆者として、国内でこの概念を紹介してきた、金沢大学の井出明准教授は、教訓の継承や生き方の再考、近代への反省など、ダークツーリズムには多くの可能性があると訴えます。その上で、過去の惨事への記憶をつなぐには、遺構の保存や語り部の存在が重要であり、観光を通じてそれらを経済的に支え、過去の教訓を未来へ繋いでいくことは大きな意味を持つと、同氏は話します。
その地域の固有の歴史を、どのように観光資源として利用するかという視点で見た時に、ダークツーリズムという方法論は、その地域にしかない価値を生み出し、従来とは全く違う観光を展開できる手段となり得るのです。
「負の世界遺産」広島の原爆ドーム
現在、日本国内で登録されているユネスコの世界遺産は25件ありますが、ダークツーリズムの観光地として最も有名な場所である広島の原爆ドームも、登録されている文化遺産のひとつです。ただし、原爆ドームは、人類が犯した悲惨な出来事を伝え、その悲劇を二度と起こさないために残す「負の世界遺産」であるという点で、他と区別されています。新型コロナウイルス感染拡大前の2019年には、原爆ドームと同じ敷地内にある広島平和記念資料館へ、過去最多の176万人の観光客が訪れました。
客足が戻りつつある東北被災3県
広島に続き、ダークツーリズムが盛んになってきているのが東北地方です。2022年には、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県の震災伝承館などへの来場者が過去最高となる約115万人になったと発表されています。観光に震災学習を取り入れる動きの高まりや、復興施設が増加したことがけん引し、新型コロナウイルスの感染拡大で減少していた来場者数が大きく回復しました。
宮城県仙台市では、市内25のタクシー会社が、タクシーで宮城県内の被災地を案内する「語り部タクシー」サービスを提供しています。ガイドはドライバーが務めます。「津波の脅威を知ってもらい、万が一の時に生かしてもらいたい」と、ドライバーは乗客に減災のアドバイスもしています。
復興の歩みに焦点を、福島の「ホープツーリズム」
地震、津波、原発事故による複合災害に見舞われた福島県では、災害の記憶だけではなく、再び立ち上がり復興の歩みを進めている人々の希望に焦点を当て、ダークツーリズムから「ホープツーリズム」と呼び名を変えて、震災の教訓の伝承活動と観光振興に力を入れています。ホープツーリズムは、福島県が7年前に始めた団体向けツアーで、2022年の参加者数は過去最高の1万5,000人に達しました。このツアーパッケージには、福島県双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館や、県内唯一の震災遺構である浪江町の小学校、南相馬市の福島ロボットテストフィールドなどの施設視察や見学に加えて、地域住民との対話や交流、ワークショップなどが盛り込まれています。
過去の教訓の伝承が、未来への備え
今年、関東大震災の発生から100年を迎えると同時に、今後30年以内に南海トラフ巨大地震が約70%の確率で発生すると予測されている日本では、防災への関心が一層高まっています。そうした中、来週からは、新型コロナウイルス感染予防対策として講じられていたマスクの着用が、屋内・屋外問わず個人の判断に委ねられることとなり、人の往来が徐々に回復していくでしょう。感染予防対策の緩和が、ダークツーリズムの機運を高める後押しとなることが期待されます。
悲劇の記憶を受け継ぐことは、未来への備えとなり、観光による地域への経済効果をもたらし、寄付へもつながるなど、ダークツーリズムは、被災経験をプラスに転化することができるチャンスを秘めていると言えるでしょう。
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