デジタル・アクセラレーションで景気後退に立ち向かうには
デジタル・アクセラレーションは段階的にイノベーションを実現していく手法です。 Image: Unsplash/ThisisEngineering RAEng
- 数年にわたる混乱を経て、世界経済は景気後退期に突入しつつあります。成長のための成長はもはや見込めず、利益優先の風潮の中、投資市場も減速しています。
- 特に農業、教育、エネルギーの分野では、現実的な課題を解決する機会が活用されないまま数多く残されており、デジタル・イノベーションが必要な状況が続いています。
- イノベーションを実現するための新しい手法であるデジタル・アクセラレーションを用いる事で、企業技術をわずかに活用するだけで継続的に大きな成果を生み出すことが可能になります。
テクノロジー業界は今、転換期を迎えています。投資家や既存の企業は「成長」に取りつかれがちでした。しかし、メディアをにぎわせるのは業界の悪癖、すなわちサステナブルで有望な技術の立ち上げをアピールするために、あたかも宇宙船開発よりも大きな進歩を遂げるかのような誇張ばかりです。これはまるでテクノロジーが多大な恩恵をもたらした業界黎明期のようです。
一方、次世代の分散型インターネットを実現するという壮大な構想が持ち上がると、暗号通貨市場とNFT市場に膨大な資金が流れ込みました。しかし、そうした熱の高まりとは裏腹に、セーフガードが十分には講じられていないために詐欺行為に対する脆弱性が課題となっています。
従来と同じように「成長」を妄信することの問題は、投資家も経営幹部も認識していないわけではありません。将来、市場に長くとどまるであろう収益性のあるベンチャー事業を投資対象としたり展開したりする場合、誇張は必ずしも好ましいことではないと理解しているからです。
世界経済は大きな過渡期にあります。起業家はもはや投資資金だけに頼るわけにはいかず、健全なビジネスモデルを構築し、販売と顧客対応を通じて成長資金を調達していかなければなりません。そして投資家の注目は、誇張とは縁がなく、有意義な変革を行う社風があり、ファンダメンタルズが堅実で、将来的に成長と収益性が見込める合理的なビジョンがある企業に集まりつつあります。
誇張ではなく変革を
「Markets of Tomorrow Report 2023(未来の市場レポート2023年版)」の調査対象となった1万2,000人の回答では、技術革新が最も重要な分野として、農業、教育、エネルギーが上位に選ばれました。もちろん、何を差し置いてもこれらの分野に参入すべきだということではありません。しかし、人類に影響を及ぼす課題を直ちに解決することは、将来を見据えてデジタル化を推し進めることよりもビジネスチャンスとしては優良であると言えるでしょう。
市場は現在、不安定な様相を呈しています。しかしそれは、ローカルにしてグローバルで、サステナブルで、環境にも優しいという方法を通じて、より主流となる収益源を開拓・確保する絶好の条件であることを意味します。
特化型として特に活発化しそうな分野の一つが気候技術です。公害を低減したり自然環境を改善したりする取り組みは人類全体に計り知れないメリットをもたらします。世界保健機関(WHO)のあるデータによると、世界人口の99%が汚染された空気を吸って生活しており、その結果、毎年6,700万人が早死にしているとのことです。公害を減らすだけでも地球上に暮らす私たち全員に身体的にも精神的にもプラスの効果を与え、ウェルビーイング(幸福)と生産性を向上させることができます。
世界はその方向に舵を切ってはいるのですが、もっと多くの取り組みができるのではないか、もっとペースを上げることができるのではないか、そう感じることも時にはあるでしょう。事実、意義あるイノベーションを起こす必要があるのは間違いありません。しかし、従来の手法はもう通用しなくなっています。イノベーションを取り入れつつ利益も確保する。そのような新しい戦略が求められているのです。
デジタル・アクセラレーション――イノベーションに向けた新たな戦略
今求められているのは、デジタルトランスフォーメーションではなくデジタル・アクセラレーションです。老舗の企業では、お役所仕事や複雑なプロセスが大きな弊害となって、単純な事柄でも承認までに多大な時間を要します。ただし、お役所仕事が妥当なケースもあります。社運がかかっている場合などは性急な判断は禁物です。
多くの企業はそうしたことに時間をかけません。しかし、イノベーションを取り入れようとしても、リスク回避の思考やデジタル環境への理解不足から、抵抗に遭うことも少なくないのです。そうならないようにするには、どうすればよいのでしょうか。
そこで出番となるのがデジタル・アクセラレーションです。デジタル・アクセラレーションとは、「全か無か」の思考をやめ、段階的にイノベーションを実現していく手法です。その中で、製品供給の最適化、価値創出の迅速化、あらゆる段階でのリスク回避という具体的な成果をもたらします。
デジタル・アクセラレーションを構成する基本的な要素は以下のとおりです。
- 小規模の活動と短期間の反復サイクル
- 試験とデータ収集(仮定や誇張は用いない)
- 俊敏かつ範囲を絞った手法(大がかりなトランスフォーメーション計画は採用しない)
- 迅速な商品化と顧客フィードバックループの短縮
- 同時並行的かつ継続的な意思決定、有意義な変革の発見と提供(複数年にわたる逐次的なトランスフォーメーション計画は採用しない)
- 継続的な実験(緊急の課題に対するデジタル・ソリューションの特定において)
デジタル製品開発のハードルは以前に比べてかなり低くなっています。しかしだからこそ、技術が優れているというだけでは競争優位性を確立することはできません。どのようにしてイノベーションを実現していくか。そのプロセスの中でどの程度のリスクを許容するか。また、どのようにしてわずかな技術を活用して大きな違いを生み出すか。市場をリードするためには、企業はそのすべてにおいてよりスマートに活動していかなければならないのです。
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