リスキリングで、人を中心に据えた変革を
企業は、個人が時代の変化に合わせて獲得したスキルを十分に発揮できる環境の整備を、リスキリングの取り組みと並行して進めていく必要があります。 Image: Unsplash/Marvin Meyer
- 日本の労働市場は、労働人口の減少、低い労働生産性、地方と都市部間、デジタル格差、過去30年間横ばいの賃金水準など、課題を抱えています。
- ある調査では、2030年には、生産職や事務職の人材が210万人過剰になり、専門技術職は170万人不足すると予想されています。
- デジタルスキルを持つ人材を中心としたこの需給のギャップの拡大を食い止めるには、余剰となった人材への実効性あるリスキリングが極めて重要です。
人の価値を高めていくこと。これは、イノベーションの力がますます試される変化の激しいこの時代に、国としての経済力を維持ながら、企業が価値を高めていくために、最も必要なことの一つです。人を中心に据え、人を生かした変革を起こしていくためには、リスキリングが欠かせません。
企業のデジタルトランスフォーメーションへの取り組みと、自動化の加速に伴い、リスキリングへの関心は世界規模で高まりを見せてきましたが、新型コロナウイルスの感染拡大による、働き方の多様化とデジタル化の需要の急拡大が、リスキリングを今の時代に必要不可欠なものとしました。
世界経済フォーラムは、2030年までによりよい教育、スキル、仕事を10億人に提供するためのイニシアチブ「リスキリング革命」を2020年に発表して以来、350を超える組織と連携し、仕事の未来に求められるスキルを持つグローバル人材の育成に取り組んでいます。
日本の労働市場が抱える課題
少子高齢化に伴う労働人口の減少、低い労働生産性、地方と都市部間、大企業と中小企業間のデジタル格差、過去30年間横ばいの賃金水準など、日本の労働市場が抱える課題は、相互作用し複雑化しています。
2030年の日本の生産年齢人口は2020年比で92%、2050年には68%と、人手不足の深刻化は避けられないことが予測されています。三菱総合研究所は、2030年には、これまで日本の労働人口の多くを占めていた生産職や事務職の人材が210万人過剰になり、専門技術職は170万人不足すると推計。デジタルスキルを持つ人材を中心としたこの需給のギャップの拡大を食い止めるには、余剰となった人材への実効性あるリスキリングが極めて重要なカギとなることは明らかです。
政府や多くの企業が、より積極的にリスキリングに取り組み始めていますが、一般的に労働者への浸透度はまだ浅く、認識に温度差があるのが現状です。その理由の一つに、日本の労働に関する慣行や人事制度に根差す構造的な要因があります。従来、多くの日本企業は、終身雇用制度や年功序列の賃金体系を取ってきました。職種や職務を限定せずに新卒を一括採用し、ジョブローテーションでさまざまな職種を社員に経験させるのが一般的であるため、働く個人は、自分のキャリアや専門性を戦略的に積み上げる必要を感じづらい傾向があると考えられます。
DX人材教育に1,000億円の投資
こうした雇用慣行を背景に持ちながらも、企業は大きく変革の歩みを進めています。
三井化学は、国内グループ会社の全社員1万1,000人を対象に、デジタルトランスフォメーション(DX)教育に取り組んでいます。人工知能(AI)や量子コンピューターなどデジタル技術を駆使し、新素材を効率よく見つけ出す技術が必須となりつつある中で、研究開発の加速や新しいビジネスの創出を目指す同社は、2030年までに、人材教育を中心としたDX関連投資に1,000億円を投じるとしています。
リアルデータを用いたソリューションビジネス
保険事業を展開するSOMPOホールディングスは、国内損保事業や海外保険など同社の主力事業の一つに、デジタル事業を新たに加え、デジタル人材の育成に力を入れています。自動車の自動運転やシェアリングサービスの普及を受け、交通事故のリスクや保険加入者が減少することで損害保険事業が縮小していく未来に備えている同社が、今特に力を入れているのが、「リアルデータプラットフォーム(RDP)」の構築。保険・介護事業を通じて蓄積したリアルデータを分析し、社会課題の解決につなげる同社の新たなソリューションビジネスのサービス提供基盤となるのが、このプラットフォームです。同社グループの既存の事業に精通した社員を、デジタル人材としてリスキリングすることで、新たなビジネスの拡大を目指しています。
日本政府の野心的な投資
こうした企業の勢いに足並みを合わせ、2022年の秋に、日本政府は、リスキリングに今後5年で1兆円を投資すると発表しました。取り組みの第一弾として、個人が民間の専門家にキャリア相談し、リスキリングと転職までを一貫して支援する仕組みの整備を行う計画です。
ヒューマンキャピタルを変革の力に
技術革新のたびに、必要なスキルや働き方は変化し、私たちの社会は前進してきました。働く人のリスキリングさえすれば、時代や環境の変化に即した仕事や組織が生まれるわけではありません。企業は、個人が時代の変化に合わせて獲得したスキルを十分に発揮できる環境の整備を、リスキリングの取り組みと並行して進めていく必要があります。組織のあり方や給与体系、仕事のプロセスなども変革が求められるでしょう。
人材をリソースやコストではなく、ヒューマンキャピタル(人的資本)として捉え直すこと。このことが、日本の働く未来に希望と可能性をもたらし、デジタル化やグリーン化を基軸とした経済と社会の変革を後押しするでしょう。
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