間近に迫る危機、生物多様性の喪失を食い止めるために
気候変動と生物多様性が相互に連関していることを、改めて認識することが必要です。 Image: Unsplash/Ray Hennessy
- 地球の全人口が40億人以上増加した過去50年間で、野生生物は3分の1に激減しています。
- 日本は、生物多様性が破壊の危機に瀕している世界の「ホットスポット」の一つです。
- 日本政府は、生物多様性の保全と回復のための新たな国家戦略の策定を進めています。
温室効果ガスの排出量と気候変動に世界の注目が集まる中、人類と地球の間近に迫りつつあるもう一つの危機があります。それは、生物多様性の喪失。気候変動や森林破壊、環境汚染などにより、絶滅の危機に瀕している野生生物は増え続ける一方です。世界自然保護基金(WWF)は、世界中の哺乳類、鳥類、両生類、昆虫類、魚類の野生での個体数が、過去50年間で平均69%減少し危機的段階にあると、最新の報告書で警笛を鳴らしています。
地球の全人口が40億人以上増加したこの半世紀の間に、野生生物が3分の1に激減してしまったことを考えると、これがいかに深刻な状況であるかが分かるでしょう。カナダのモントリオールで開催中の、国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、2030年までに各国が取り組む新しい国際目標の採択を目指し、失われ続ける生物多様性をいかに保護することができるか、議論が進められているところです。
日本は生物多様性のホットスポット
南北に長く起伏に富んだ地形を有し、気候の幅が広い日本列島は、地球規模で見ても生き物や生態系の種類が豊かな地です。しかし同時に、日本は、その豊かな生物多様性が破壊の危機に瀕している地域として、世界36の「生物多様性ホットスポット」に特定されています。人口密度が高いという特徴は、この国の生態系が人間活動の負の影響に強くさらされている大きな理由のひとつです。
新たな国家戦略の策定へ
日本政府は、2023年、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国の基本計画である国家戦略を、今後10年に向けて新たに策定することを目指し、主要な課題や対応の方向性の検討を進めています。この次期生物多様性国家戦略は、COP15で決定される「ポスト2020生物多様性枠組」を踏まえた上で国際的な動向と足並みを合わせ、官民学の連携強化を推進する内容となる見込みです。
各国は、2010年に開催された国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で採択された、2020年までの戦略計画「愛知目標」を軸に、生物多様性の保全に向けた取り組みを進めてきました。しかし、完全に達成された目標項目はひとつもなかったと、国連は報告しています。国際目標と各国の国家戦略の整合性不備がその理由として指摘されている中、新たに策定される日本の戦略は、いかに実効性が伴うかが注目されています。
また、環境省は、今年、民間企業やNPOなどを交えた有志団体「生物多様性のための30by30アライアンス」と発足。ポスト2020生物多様性枠組の目標案のひとつとして掲げられている「30by30目標」の国内での達成を目指して、2030年までに日本の陸と海の30%以上を保全する取り組みを加速させています。
自然を創出し、生態系を保護する企業の取り組み
生物多様性の減少を食い止め、回復起動に向かわせるためには、横断的な社会変革のための緊急のアクションが不可欠ですが、中でも企業の取り組みが極めて重要な要素となります。
積水ハウスは、2001年から日本全域の住宅地に植樹をするプロジェクト「5本の樹」を通じて、生態系に配慮した庭づくりとまちづくりを推進しています。この事業の特徴は、それぞれの地域の在来樹種を中心に植栽を行うことで、生物多様性により効果の高い庭を提供できること。こうした庭が都市の住宅地でネットトワーク型の緑地となり、地域の自然とつながることで、都市部の生態系のネットワークを形成する。これが、同社が目指す生態系保全への貢献です。このプロジェクトを通じて、この20年間に植栽された樹木は、累積1,709万本。同社は、これらの樹木による生物多様性保全効果の実効性を、樹木の本数、樹種、位置データと生態系に関するビッグデータを用い、世界で初めて定量化することにも成功しました。
次なる取り組みとして、積水ハウスは、工場やビルの開発地など企業緑地の生物多様性を数値化するという画期的なプロジェクトをスタート。琉球大学と共同開発した手法を用いて、木々の種類ごとにどのような鳥や蝶などの在来種が生息するかを把握し、可視化します。これにより、企業の所有地がどれくらい生物多様性に貢献しているかを測ることができるようになり、将来的には資産価値の向上にもつながると見込まれています。
次の10年に向けた、若者たちの意気込み
若者たちも、次の10年に向けて変化を起こそうと立ち上がっています。日本のユースとしてCOP15への参加を実現したのは、生物多様性を回復させるために啓発活動をする若者団体「Change Our Next Decade(COND)」の代表理事である矢動丸琴子さん。COP15の開催に向けて若者としてアクションを起こすために2019年にCOND を立ち上げて以来、今後10年の生物多様性保護に向けたユース活動の仕組み作りや、政策提言を積極的に行ってきました。当時の小泉環境大臣と4回にわたる意見交換も行ってきた矢動丸さんは、「ユースの視点から国際会議を身近に感じられるように発信して、日本ではまだ十分に知られていない生物多様性をめぐる世界の声を日本に届けたい」と、意気込みを語っています。
新型コロナウイルスの感染拡大により、当初予定より2年遅れて開催されることとなったCOP15。これまでにない速さで生物多様性が失われ続けている状況で、新たな世界共通目標の採択が2年も遅れてしまったことに危機感を抱くと話す矢動丸さん。2030年までの時間が刻々と減っている今、「ユースの最大の強みは失敗を恐れず果敢に挑戦できるところ。他のNGOや行政などさまざまなステークホルダーと協働し、対等な関係で行動を加速させていきたい」と、決意を新たにしています。
生物多様性と気候変動、統合的な解決策を
世界経済フォーラムが発表した「グローバルリスク報告書2022年版」によると、今後10年で起こりうる最も深刻なリスクのうち、上位3位を「気候変動対策の失敗」、「異常気象」、「生物多様性の喪失」が占めています。
気候変動と生物多様性が相互に連関していること、気候変動への取り組みが生物多様性の回復に寄与し、生物多様性への取り組みが気候変動対策につながっていることを改めて認識することが必要です。その上で、企業は、さまざまなステークホルダーと連携し、複数の課題に包括的に取り組む姿勢が一層求められるようになるでしょう。
西村明宏環境大臣は、2023年4月に開催されるG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合に向けて、「気候変動、循環経済、生物多様性といった地球規模の環境問題は、近年G7首相の最大の関心事項の一つ」と言及しています。日本が議長国である同会合でも、2030年までに生物多様性の喪失を阻止し、回復させるための具体的な対策の検討に焦点が当てられることに期待がかかります。
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