ネットゼロへの移行に透明性の向上が必要な理由

 ネットゼロへの移行には、複数のステークホルダーの協力が必要です

ネットゼロへの移行には、複数のステークホルダーの協力が必要です Image: Håkon Grimstad on Unsplash

Harsh Vijay Singh
Head, Equitable Transition, World Economic Forum
Olivia Zeydler
Lead, Strategic Integration, C4IR Energy and Materials, World Economic Forum
  • 一刻を争う気候変動への対策は、確実な証拠に基づく必要があり、さまざまなレベルにおいて透明性を確保するための強固な基盤が求められています。
  • 透明性を確保することは、国、企業、そして投資における気候行動を促進します。
  • COP27は、データギャップを見極める重要な契機であった以上に、セクターを超えた協力によって、将来に向けた効果的な戦略設計に役立つ情報へのアクセスを提供するための重要な場となったのです。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による2021年の評価報告書は、2050年までにネットゼロを達成するためには、2030年までに世界の排出量を半減させる必要があると強調しています。世界の温室効果ガス(GHG)排出量が年間を通じて減少したことは、新型コロナウイルス感染拡大の影響以外で、これまでに一度もありません。気候変動という大規模で緊急性の高い課題に対応するため、各国政府、国際機関、投資家、企業、消費者などさまざまなステークホルダーが、排出量削減のための取り組みを強化しています。気候変動は一刻を争う課題であるため、その対策は、確実な証拠に基づく必要があり、さまざまなレベルで透明性を確保するための強力な基盤が求められています。

比較可能で包括的かつ一貫性のある情報へのアクセスは、効果的な政策、ビジネスモデル、資金調達戦略の設計を可能にするとともに、適応と緩和の取り組みへの信頼とモメンタムを構築する一助になります。

透明性は気候変動対策のイネーブラー

気候変動対策は集団的な行動である性質上、国レベルの環境、社会、経済の幅広いパラメータに関して、タイムリーで一貫性があり、比較可能な情報が必要です。データのギャップは、すでに国際協力の場で課題となっています。17の持続可能な開発目標(SDGs)のうち、8つの目標において国際比較が可能なデータを有する国が半数に満たない状況で、特に、目標13「気候変動対策」ではデータギャップが深刻です。

Image: UN Sustainable Development Goals Report 2022

気候変動対策の持続的でタイムリーな進展、国際的な協力、各国の行動に対する信頼とアカウンタビリティは、透明性という強固な基盤の上に成り立っています。2015年のパリ協定では、各国の自国が決定する貢献(Nationally Determined Contributions, NDC’s)に関する進捗を追跡するための普遍的かつ標準的なプロセスとして、強化された透明性枠組み(Enhanced Transparency Framework, ETF)が制定され、遅くとも2024年までに運用が開始される予定です。しかし、このレベルの透明性を確保するには、データガバナンスシステムにおける大幅な能力強化、情報システムの開発および運用のための財源と技術的な専門知識、情報の相互運用性と比較可能性のための枠組みが必要となり、特に、開発途上国においてこれらは大きな課題です。

投資のイネーブラーとしての透明性

国際エネルギー機関(IEA)によると、2050年までにネットゼロ達成への歩みを進めるためには、2030年までにクリーンエネルギーとインフラへの投資を3倍に増やす必要があります。投資ギャップが特に大きいのが、エネルギー需要増の源泉となる新興国です。世界の再生可能エネルギーの潜在力の39%を有するアフリカにおいて、過去10年のクリーンエネルギー投資はわずか2%。長期投資に付随するリスクが高いことが、その一因です。

金融引き締め策がとられている現在の環境では、特に、国や技術、プロジェクトごとのリスクプロファイルを透明化することで、適切な政策対応が可能になり、投資の機会を開くことができます。これ向けたステップとして、IEAは、世界経済フォーラム、インペリアル・カレッジ・ロンドン、スイス連邦工科大学チューリッヒ、アクセンチュアと共同で「資本コスト観測所」を立ち上げました。これまで存在しなかった集約的なデータを提供し、先進国と新興国・開発途上国の間に存在する8,000億ドルのクリーンエネルギー資金のギャップに対する理解を深めることを目的に、立ち上がったイニシアチブです。新興国で資本コストを上昇させる主要リスクについての理解が深まることにより、金融機関、政策立案者、多国籍機関、プロジェクト開発者の間でより適切な協力態勢が整い、リスクへの対処や投資全体のコスト低減に役立つことが期待されています。

Image: IEA

透明性は、投資額の増加に加えて、気候変動が金融システムに及ぼす構造的なリスク管理を可能にする重要なイネーブラーです。サステナブルなビジネスモデルへの効果的な資本配分や、気候リスクに対するマクロ経済の財務的安定の確保に向けて鍵となるのが、タイムリーで比較可能かつ検証可能な気候関連指標のデータや、企業の目標、調和のとれた気候関連の情報開示基準です。国際通貨基金(IMF)によると、気候関連情報の開示枠組みは40カ国に200以上あるため、資本配分や気候リスクを評価するための情報としての有用性が損なわれています。サステナビリティの情報開示枠組みと基準を一本化することは、透明性の強化と金融システムのグリーン化に向けた重要なステップとなります。

企業の気候変動対策のイネーブラーとしての透明性

気候変動を緩和するために早急にアクションを起こす必要性が高まる中、企業は脱炭素化の推進役として取り組みを推し進めています。世界7,000社以上の企業が気温上昇を1.5℃未満に抑えようと意欲的な目標を掲げ、レース・トゥ・ゼロ・キャンペーン(Race to Zero Campaign)に参加しています。しかし、その方法論、定義、排出量の適用範囲、排出削減を説明するための手段の違いから、企業の誓約の頑強性にはかなりのばらつきがあります。明確で、アクセスしやすく、比較可能なデータを提供し、気候変動対策の透明性を高めることは、企業が誓約を具体的な行動に落とし込む上で不可欠です。国連の排出量正味ゼロ・コミットメントに関するハイレベル専門家グループ(High Level Expert Group on Net Zero Commitments)は、ネットゼロの誓約に関する統一された検証システムは、進捗を遅らせる障壁を引き下げ、企業間の「野心のループ」を生み出すことができるとしています。ネットゼロ・データ・パブリック・ユーティリティ(Net Zero Data Public Utility)イニシアチブは、まだ初期段階にありますが、これを実現させるためのステップです。


それぞれのセクターが抱えている、ネットゼロ達成の意欲的目標の設定と、その目標と進捗を周知する上での課題は、企業の行動の透明性を確保する障壁になっています。科学的根拠に基づく目標イニシアチブ(Science Based Targets Initiative)は、セクター別のネットゼロ基準を設定し、1.5℃目標の達成に向けた企業戦略の整合性を検証しています。科学的根拠に基づく目標の検証が行われた企業のうち、排出集約型の産業の割合が低いことを、同イニシアチブは明らかにしました。具体的には、エネルギー、素材、インフラ関連の企業がこれに該当します。これらのセクターが排出する温室効果ガスは、世界の30%程度を占めているため、重工業の貢献抜きにネットゼロを達成することはできません。セクターごとのプロセスの違いや、サプライチェーンの複雑さ、ネットゼロ製品の定義や閾値の不明瞭さ、数多く存在する情報開示フレームワークなどが、重工業のネットゼロへ進捗の透明性を阻害しています。世界経済フォーラムが、アクセンチュアと共同で立ち上げた、ネットゼロ・インダストリー・トラッカー(Net-Zero Industry Tracker)は、このギャップを埋めるために、統一された方法論、目標、定義を持つ標準化された包括的な枠組みを用いてセクターごとのネットゼロへの進捗を評価する試みで、これらのセクターが脱炭素化を加速させるために注目すべきイネーブラーを特定する手助けをします。

Image: World Economic Forum

包括的でタイムリーかつ比較可能で確かな情報へのアクセスは、効果的な戦略の構築、ステークホルダー間の信頼の確立、ネットゼロに向けたベストプラクティスの共有を可能にする最初のステップとなります。また、異なるレベルにおけるデータ報告のための統一されたガイドラインの設定、データガバナンスシステムの構築、そして、特に途上国における透明性に関する能力強化のための資金確保、革新的技術の活用は、データギャップを解消するのに役立ちます。

次回アラブ首長国連邦で開催されるCOP28において、パリ協定に定める「グローバルストックテイク」を実施するにあたり最も重要なのは、国、セクター、組織レベルでの気候変動対策の透明性です。COP27は、データギャップを見極める重要な契機であった以上に、セクターを超えた協力によって、将来に向けた効果的な戦略設計に役立つ情報へのアクセスを提供するための重要な場となったのです。

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