ステークホルダーキャピタリズム

ESG開示が企業のあり方を変える?

ESGの開示は、企業のブランディングやデータの効率的な活用、企業文化の向上などに活用することができます。

ESGの開示は、企業のブランディングやデータの効率的な活用、企業文化の向上などに活用することができます。 Image: Unsplash/Tom Vining

Ramya Krishnaswamy
Head, Institutional Communities and ESG Initiative; Executive Committee Member, World Economic Forum
Lisa Molodtsova
Community Specialist, ESG, World Economic Forum
本稿は、以下会合の一部です。持続可能な開発インパクト会合
  • 欧州、北米、そして世界全体で、環境・社会・ガバナンス(ESG)は、企業にとって任意のものから必須のものへと移行しつつあります
  • 世界経済フォーラムの主要な指標であるステークホルダー資本主義メトリクスは、ESG開示に向けた共通のアプローチを企業に提供しています
  • 世界各地で規制の整備が進むことで、規制ごとの差異が広がるリスクも高まっており、企業は、統一化された共通のサステナビリティ情報の開示推進のために主導的な役割を果たす必要があります

ビジネスの、環境・社会・ガバナンス(ESG)への世界的な移行は、世界各地で目に見得る変化をもたらしています。

長い間、任意で行われてきたESG開示に地殻変動ともいえる変化が起きおり、ESG規制の強化に向けた取り組みが、欧州連合米国、そして世界各国で加速しています。

企業のESGの取り組みや、環境に優しいと見せかけるグリーンウォッシング戦略に対するステークホルダーの注目度が高まっていることもあり、このような規制は、資本調達から人材獲得まで広範囲に影響を及ぼす可能性があります。

成功している企業のESG開示の活用

企業が環境や社会に与えるリスクについて、一貫性と透明性のある報告を行うことはとても重要です。世界経済フォーラムのステークホルダー資本主義メトリクスのケーススタディ・シリーズは、ESGに関する報告や世界経済フォーラムのフラッグシップであるステークホルダー資本主義メトリクスにより、目に見える変化を生み出した主要企業を紹介しています。その事例を見てみましょう。

1.組織的な変革

ESG開示によって、社内における理想の状態と現在の状況とのギャップを企業が特定する方法に変化が生じています。

フランスの多国籍エネルギー企業であるシュナイダーエレクトリック社は、10年以上前からサステナビリティに関する開示を行っており、新しいソリューションを採用して社内のギャップを特定し、戦略的課題としてサステナビリティの向上に取り組んでいます。

2020年に、同社は、CDC Biodiversité社と共同で、世界に先駆けた生物多様性フットプリント評価を実施しましたが、世界経済フォーラムメトリクスにおける土地利用および生態系への感度に照らすと、まだ課題があることが分かりました。この項目は、企業が「保護地域内か主要な生物多様性地域内、またはそれらの地域に隣接した場所に所有、リース、または管理している拠点の数と面積を報告する」ことを求めるものです。シュナイダーエレクトリック社は、これまでこれらの項目についての評価を行っていませんでした。

同社は、世界経済フォーラムメトリクスをもとに生物多様性への新たな取り組みを開始し、すべての拠点で、生物多様性に関する具体的な行動計画を設定することにしました。

生物多様性リスクへの注目が高まるにつれ、このリスクに対応する企業の役割に焦点があてられるようになってきました。ESG報告も進化しているため、具体的な目標を設定するために、企業は生物多様性フットプリントの分析に着手しその影響を理解する必要があります。

2.文化の変容

ESG開示によって、チーム間の連携の形に変化が生じています。

長年にわたりサステナビリティ報告を行ってきた他の多くの大企業と同様に、バンク・オブ・アメリカは、ESG報告に取り組む社内ネットワークを持ち、各自が基準設定者との関係を築いていました。そのため、同行にとって重要なことは、ESG情報の報告に関する規律を強化し、プロセスとコントロールを確立して、いずれは財務報告と同水準まで引き上げていくことでした。

ステークホルダー資本主義メトリクスの採用は、コンセンサスを形成し、銀行内のESG基準センターと他部門との協力関係を構築していく上で不可欠であることが判明。

世界経済フォーラムメトリクスを年次報告書に組み込むようになった結果、同行のESG報告部門と財務・経理部門の連携はより緊密になりました。連携改善の鍵となったのは、役員によるESG情報開示委員会を設立し、最高会計責任者とそのチームを初期段階から報告プロセスに参加させたことでした。

ESGは業務のほぼすべての部分に関わるため、チーム間の連携を促進することは、ESG報告を成功裏に実施する上で欠かせません。

3.デジタルトランスフォーメーション

ESG開示は、企業のデータ活用に役立っています。

コロンビアの国営エネルギー企業であるエコペトロール社は、過重な負荷を回避し、ステークホルダーに価値をもたらす情報を優先的に報告できるESG報告のソリューションを必要としていました。

同社はテクノロジーの果たす役割を最大限に活用することに重きを置き、現在ではオンラインデータベースを活用して、テクノロジー、環境、社会、ガバナンス(TESG)課題の開示に向けたデータ収集をしています。

テクノロジーの活用により、データ収集プロセスにアジリティとトレーサビリティが加わることが明らかになりました。また、オンラインデータベースの利用が、サステナビリティ情報の収集を効率化し、同社では現在、TESG課題を測定するすべての指標と情報、そして実証としてステークホルダーに開示する情報を一箇所に保存することが可能になっています。

テクノロジーを活用して具体的で信頼性の高いESGデータを測定・報告することは、企業がサステナビリティ目標の透明性、信頼性、アカウンタビリティを確立し、主要ステークホルダーへの訴求力を強化するのに役立ちます。

4.ブランド変革

ESG開示によって、企業が自社のコミットメントを中心にナラティブを構築する方法に変化がみられます。

ESGが流行語になるにつれ、企業は事業活動を通じて、掲げている価値観をどのように高めているかを示すことが、これまで以上に重要になってきます。

人材ソリューションのグローバル企業であるアデコグループは、「未来のためのスキル」というテーマのもと、世界経済フォーラムのメトリクスを戦略的に重要視することでこれを実践しました。同社は、事業の中核となる社会的価値創造の進捗を測定する作業を促進させたいと考えていたのです。

メトリクスはナラティブとして大きな力を持っており、重要な価値をもたらすことが分かりました。同グループはピープルファーストを掲げており、このメトリクスにより、国連の持続可能な開発目標(SDGs)、特に生涯学習に関する目標4とディーセント・ワークに関する目標8への影響を定量的に把握することができました。その結果、単に収益性だけでなく、生涯にわたる雇用や働きがいを持つことを可能にする同グループのストーリーが語られるようになりました。

ESG開示は、事業活動が企業の価値観と一致していることを示す上で、重要な役割を果たすことができるのです。

ESG情報開示の未来は、世界に広がる

他の多くの企業も、ESGやステークホルダー資本主義メトリクスに関する報告が、事業運営に明らかな変化をもたらしていることを実証しています。現在、150を超える組織が世界経済フォーラムのコアリションのメンバーとなっており、参加企業は、ESG報告資料にこの指標を組み込むことを約束しています。

EYによると、2年間にわたってメトリクスを導入し報告を実施している企業は、開示の成熟度と包括性に継続的な改善がみられます。世界経済フォーラムが主導する企業のコアリションは、IFRS財団(国際会計基準財団)のもとに新設された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の準備ワーキング・グループと連携し、基準設定プロセスを推進するISSBの技術チームとの対話を続けています。

また、このメトリクスを導入し報告を行う企業は、世界共通のサステナビリティ報告基準に向けて大きく前進するでしょう。

国や地域によってESG規制が異なるというリスクは依然として残っていますが、企業はグローバルなサステナビリティ報告基準の統一化を加速させる必要があります。ESG報告を行うということは、合理化された単一のサステナビリティ情報の開示が必要であることを、企業が声を合わせて規制当局に訴えていくという意味を持っています。

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