世界経済フォーラムの取り組み

グローバルヘルス ― 世界最大の死因に歯止めをかけるためのパートナーシップ

バイオ医薬品メーカーは医療システムと連携することで、心血管疾患のような健康問題に対してより重要な役割を果たすことができるようになるでしょう。 Image: Unsplash/Jesse Orrico

Marie-France Tschudin
本稿は、以下会合の一部です。世界経済フォーラム 年次総会2022
  • 新型コロナウイルスのパンデミックは、心血管疾患(CVD)診療に深刻な混乱を引き起こし、診断実施件数はパンデミックの一年目に64%減少しました。
  • バイオ医薬品メーカーは医療システムと戦略的に連携することで、CVDのような健康問題に対してより重要な役割を果たすことができます。
  • 新しい研究では、戦略的官民連携(sPPP)を成功させる鍵は、リーダーシップと信頼であると強調しています。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)はシンデミック、つまり様々な社会的要因と伝染病による相互的な作用をもたらしました。医療施設への負担、社会的制約、さらに医療を受けることを人々が以前より躊躇するようになった結果、さまざまな健康状態の診断と治療に深刻な混乱が生じています。

2019年には1,800万人以上の人が心血管疾患(CVD)で死亡し、疾病による死因の1位となりました。何年も無症状で過ごしているうちに、突然、心臓発作や脳卒中などの致命的な症状に至ることがあるのです。そのため早期発見は、予期せぬ死を防ぐための治療を開始する上で非常に重要です。いずれにしても、グローバルヘルスを維持していくためには、CVDに優先的に取り組まなければなりません。

それにもかかわらず、パンデミック一年目の2019年3月から2020年4月にかけて、108か国の909の医療施設を対象にした調査では、CVDの診断実施件数が64%減少したことが分かりました。心臓疾患に対する長期的かつ世界的な見通しは、パンデミック以前よりも悪化する可能性があると専門家は懸念を示しています。

バイオ医薬品メーカーの役割を再考する

こうした状況は、社会における企業の役割をより広い視点で考えるきっかけになっています。バイオ医薬品産業は、歴史的に、延命や救命のための医薬品やその他の製品を開発することで価値を生み出してきましたが、それは当面変わらないでしょう。しかし、どんな医薬品であってもその潜在的な効果は、医療システムによって活用されるかどうかにかかっています。当社の治療領域では、中高所得国を含めて、新薬を発売してから5年を経過した時点で、わずか10%の患者しか新薬を利用できていないことが分かっています。

そのため、ノバルティスは医療システムとの戦略的パートナーシップを世界中で模索し、それぞれの医療システムのニーズに合わせたアプローチをとることにしました。国家的な医療システムを持つ英国では、国民保健サービス(NHS)と初の戦略的官民連携(sPPP)に取り組んでいます。

NHSは心血管疾患を公衆衛生の優先事項として位置づけています。英国では4人に1人が心血管疾患によって死亡し、医療制度に年間90億ポンドのコストがかかっています。私たちの目的は、CVDに関連する国民的負担を軽減するための統合的なアプローチを生み出すこと。NHSのリーダーとノバルティスは過去2年間にわたる協働を経て、心臓発作や脳卒中などのCVDを1度経験した後もLDLコレステロール値が高く、2度目のCVD発症リスクがある人を効率的に特定する方法を開発しました。

私たちの共通の目標は、新しいsiRNA治療の効果が期待できる患者を3年間で30万人治療することです。この治療では1年に2回の投与(初回の投与後、3か月後に再度投与)で、LDLコレステロール値を大幅に低下させることが期待されています。

官民連携を成功させるために

このパートナーシップは、公衆衛生問題に対する解決策を生み出すために、sPPPがいかに役立つかということを明らかにしています。Harvard University Health Systems Innovation Lab(ハーバード大学ヘルスシステム・イノベーションラボ)による新しい研究では、英国のNHSとノバルティスのパートナーシップを含む、心臓血管の健康に焦点を当てたバイオ医薬品メーカー6社のsPPPについて分析が行われました。sPPPは医療分野では比較的新しい取り組みであり、この研究から成功させるための手掛かりを得ることができました。結果として、これらのパートナーシップが人口レベルの効果をもたらすためには、次のような要素が求められることが分かりました。

- システム思考に基づいていること

- 医療システムにイノベーションを大規模に導入するよう設計されていること

- すべてのステークホルダーの信頼の上に成り立っていること

- ハイレベルなリーダーシップによって後押しされていること

- 医療システムに適切に組み込まれていること

システム思考に基づくことで、医療システムにおける大規模なイノベーションが短期および長期的に及ぼす影響、医療システムの他の分野に与える影響、意図しない結果を引き起こす可能性などをパートナー同士が見極められるようになります。このように、システム思考は、sPPPが進行する中で起こり得るチャンスとリスクを明らかにする際に役立つのです。

一方、バイオ医薬品メーカーのsPPPの成功は、リーダーシップと信頼関係にかかっています。トップ層の意思決定者は目標達成のために尽力し、すべてのパートナーは信頼を維持するための3つの要素である透明性、開放性、尊重を遵守しなければなりません。

しかし、sPPPを実施する際の詳細に関しては、広範な医療制度にsPPPがいかにうまく統合されているかが成功の鍵となります。そうでなければ、sPPPは孤立したプロジェクトにとどまる可能性が高く、公衆衛生を大規模に改善するのに決して十分な効果があるとは言えないのです。

これらの分析結果は、現在のバイオ医薬品メーカーが、単にイノベーションを生み出す存在としてではなく、より高い健康効果をもたらすために医療システムと直接連携できるステークホルダーとして自らを認識することの重要性を強調しています。

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