クリーンエネルギーの未来-インドでは「ブルー水素」ではなく「グリーン水素」が鍵を握る理由とは
グリーン水素とブルー水素に対する私たちの思い込みは、どこでも通用するわけではありません。インドがその典型例です。 Image: Unsplash/Harshavardhan Pentakota
Chris Greig
Senior Research Scientist, Andlinger Center for Energy and the Environment at Princeton UniversityArun Sharma
Group Head for Sustainability and Climate Change, Adani Group & Distinguished Professor Emeritus, Queensland University of Technology- グリーン水素は一般的にブルー水素より高価とされていますが、それは事情によって変わります。
- インドでは、グリーン水素が豊かでクリーンなエネルギーの未来への道を拓くのです。
- しかし、この道を歩むためには、今、行動を起こさなければなりません。
国際エネルギー機関(IEA)が最近発表した「Global Hydrogen Review 2021(グローバル・ハイドロゲン・レビュー2021)」で指摘するように、グリーン水素(再生可能な電力で水を分解して製造した水素)の供給を促すために数百億ドルの補助金を出すことが発表されているものの、グリーン水素を燃料とする経済の未来はいくつかの課題に直面しています。このレポートによれば、「世界の多くの地域では、再生可能エネルギーによる水素製造のコストは、化石燃料由来のものより依然として高い」ということです。
そう聞くと、少なくとも短・中期的には、ブルー水素(メタンや石炭を原料として、二酸化炭素を貯留する形で作られる水素)が水素経済をリードしていくべきだと思われるかもしれません。しかし、このような戦略は、安価な石炭と天然ガスが豊富にあること、そして二酸化炭素を安全で永久的かつ費用対効果の高い形で貯留できる地層が存在することが前提となっています。こういった資源は、北米、中東、ロシア、オーストラリアなどには豊富にあるかもしれませんが、世界の多くの地域はそうではありません。この1年間、アジアの港に届けられた液化天然ガスは1ギガジュールあたり20ドルを超えることが通常になっていますが、これは北米や中東の価格の約10倍。最近の新聞の解説によると、グリーン水素と比較して、ブルー水素の製造コストがすでに高くなっているのが現状です。
特にインドのように歴史的に石油やガスの生産が比較的限られている国では、ブルー水素の将来性を左右する重要な要素は二酸化炭素の貯留能力と言えます。マクロスケールのエネルギー転換モデルのほとんどは、地表下の間隙の単純な査定に基づいて、どこでも二酸化炭素を貯留蔵することができると仮定していますが、実際に投資可能な貯留量はその査定のほんの一部に過ぎないと考えられます。二酸化炭素の貯留量が限られ、地域によっては希少になることさえ予想されるなか、一刻も早く対策を講じることが必要です。他の技術が利用可能となり競争力も高まっている中で、あえて二酸化炭素回収・貯留(CCS)を行って、電力部門の二酸化炭素排出の軽減や、ブルー水素を製造することは果たして適切なのでしょうか。貴重な二酸化炭素貯留容量を節約し、競争力のある代替手段がなく、かつ休止が困難な産業部門に提供した方が、より良いのではないでしょうか。または、目標値を大きく外す場合や、気候変動が予想以上に悪化した場合に、大気中の二酸化炭素を削減するためのネガティブ・エミッション技術を支援する、というのはどうでしょうか。
以上の議論から、ブルー水素とグリーン水素を比較すると、下図が示すように現地の資源や機能がいかに重要であるかがわかります。
二つの道―一方の道は繁栄につながる
インドのクリーンエネルギーの未来は重大な岐路に立たされています。これまで通り、液体・気体エネルギーの需要を満たすために輸入に依存し続けるのか、それともグリーン水素の未来へと踏み出すのか。インドでは、急成長する経済を満たすために前例がないほどエネルギー供給を拡大しつつ、一方で政府が掲げる2070年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにするという誓約も守らなければならないという興味深い課題に取り組んでおり、その選択によって極めて大きな影響を受けると言えるでしょう。
一方の道を選べば、インドはエネルギー燃料やブルー水素を石油国に依存し続け、時には国際的な価格変動にさらされることにもなります。もう一方の道を選べば、インドは研究・開発・実証に多額の投資を行って電解コストを下げ、世界で最もコストの低い太陽光発電の生産国の一つという地位と相まって、それを利用していくことになるでしょう。ほんの10年前、太陽光発電の時価は想像を絶するものでした。電解槽やグリーン水素の製造コストについても、太陽光発電同様に急低下するのではないかと予想する声もあります。また、電気分解を大規模に利用できれば、需要側の使い勝手も向上し、天候に左右される再生可能エネルギー発電の変動を抑えられる可能性があるのです。
今こそ、大胆なミッション志向のアプローチが必要
確かに、インド経済が国際競争力のある再生可能な電力を基盤として繁栄するには、化学産業、水素燃料車、安定した発電をまかなえる水素タービン、蒸気発電、その他の低排出ガス産業など、国全体でグリーン水素の需要を刺激する戦略的投資やその他の介入による包括的産業政策が必要になります。そのために、インド政府はNational Hydrogen Mission(国家水素ミッション)を立ち上げ、順調なスタートを切っています。このミッションの第一段階では、グリーン水素の需要の期待値を満たすために、クリーンなエネルギー供給へのインセンティブを与えることに重点を置いています。メディアの報道によると、次の段階では、肥料、精製、都市ガス配給の義務付けによる需要シグナルを優先。これらの目標を実現するため、政策立案者には、柔軟なサプライチェーンと労働力を事前にしっかり準備する戦略的な先見性も必要となります。
2070年までに脱炭素化するというスケジュールであれば、インドは時間に余裕があるのだから、先進国が技術コストを下げるのを待ってそのあとに続けばよいという意見もあるかもしれません。一見、リスクが少ない方法に思われるかもしれませんが、そのような戦略をとれば、新たな貿易関係に依存することになり、供給不足やインフレに見舞われる可能性が出てきます。これに対して、インド政府が民間企業、大学、そして広くインド社会を巻き込んでグリーンエネルギーの未来に取り組むという大胆なミッション志向の産業戦略は、エネルギーの自立と繁栄の道筋を示すものなのです。
大学の役割は、いくら強調してもしすぎることはありません。インド企業がグリーン水素の価値連鎖全体にわたって研究開発に投資していく中で、自国の研究人材の不足がボトルネックになるでしょう。この課題に取り組むには、大学の研究および研究訓練プログラムの規模を拡大するための本格的な投資が必要なだけでなく、大学、企業の研究所、公的研究機関の間の連携に強いインセンティブを与えなければなりません。大学が国の研究事業の重要な一部になれば、国の経済的ニーズに沿ったヒューマンキャピタル(人的資本)を生み出し、イノベーションを持続させる長期的な乗数効果をもたらしてくれるのです。
インドほどグリーン水素を必要としている国はないでしょう。生命を脅かす都市の大気汚染を減らし、エネルギー輸入による財政負担を軽減し、急速に成長する経済を脱炭素化することが必要とされています。グリーン水素経済を率先して進める必要性にこれほどまでに迫られている国はほかにありません。
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