ヘルスとヘルスケア

虫歯の減少で歯科経営は崖っぷち?「歯科DX」で通いたくなる歯科へ

歯医者、歯科

Image: Pixabay/StockSnap

Forbes JAPAN

日本人が歯科医院へ行く理由を問われると、大半の人が「虫歯の治療」と答えるだろう。

厚生労働省の調査でも、歯科の受診理由の第1位が虫歯治療となっている。痛みなど何らかの問題が起こってから病院に行くケースが多いのだ。一方欧米では、虫歯や歯周病を未然に予防するための「予防歯科」を目的に通院することが多い。

口腔内の環境が人の健康に大きな影響を与えることは、多くの研究結果からもわかっている。欧米では口腔内の状態を「健康管理の入り口」と考え、口腔ケアのサプリメントなども浸透しはじめている。

「予防歯科」が普及しない日本

厚生労働省が2016年に発表した「歯科疾患実態調査結果の概要」によると、歯周病の診断指標にもつながる「歯周ポケットが4mm以上」の高齢者は、増加を続けている。30歳以上から55歳未満で「歯茎から出血した経験がある人」も、実に4割を超えている。

「一度大きくなった歯周ポケットが回復することはありません。歯周病は歯を失うリスクを高めます。歯を失って噛むことができなくなることは、健康的な生活の質にも影響します。だからこそ口腔ケアは非常に重要なのです」。

予防歯科で遅れをとっている日本の歯科業界に危機感を覚えているのが、クリアアライナー(マウスピース型歯科矯正)の製造販売を手掛けるスタートアップ「SheepMedical」CMOの東大貴だ。2017年創業で、クリアアライナー製造で国内トップクラスのシェアを誇る。

「日本でも、口腔ケア用品メーカーなどが予防歯科の啓蒙に力を入れはじめていますが、まだまだ認知されていない。ホワイトニングや口臭対策用品は売れるのですが…。医師と患者の間に、予防歯科の目的や方法などといった情報の格差があるからでしょう」。

12歳の虫歯保有率は10年で激減

こうした現状は、歯科医院の「経営」においても大きな課題となっている。単価の低い保険治療をメインに経営をしている歯科医はとても多忙で、患者数が多い院では15分単位で診療を入れているケースもある。東によると「現場は目が回るほど忙しいのですが、それでも儲かっているとはいえない状況」だという。

そんな中、さらなる課題となっているのが若年層の虫歯保有率の低下だ。先の「歯科疾患実態調査結果の概要」によると、12歳の虫歯保有率は2005年に58.5%だったのが、2016年には10.3%まで減少している。今後はますます若者の通院が減ってしまうことになる。治療目的以外、つまり予防歯科やメンテナンスのために歯科を受診する人を増やさないと、経営が成り立たなくなるのだ。

歯科はカルテをつくらない?

こうした課題を踏まえてSheep Medicalは、2022年から歯科DXを目指す「歯科DXシステム構想」をスタートする。クリアアライナーの受発注や製造プロセスで培ったデジタル技術を、歯科経営にも生かしたサービスだ。

具体的なアプローチのひとつが、歯科医院への「デンタルコンディション」アプリの開発。歯科医が口頭で指示した治療記録や経過、保険点数を、歯科助手などのスタッフがタブレットで入力するだけで電子カルテができる。

デンタルコンディションのデザインモックアップイメージ
デンタルコンディションのデザインモックアップイメージ Image: Sheep Medical

現状、歯科医院では総合病院や診療所のように、患者情報をデジタル形式で保存できていないケースが多い。例えば虫歯の場合などは、完治すれば治療は完結するため、カルテの必要性が低いと考えられがちなのだ。記入する時間すら惜しむほどに多忙であることも理由のひとつとなっている。

ただ、東はカルテの電子化は歯科医院の将来に不可欠なツールになると言う。患者の治療記録や履歴、口腔内の状態が簡単に管理できることで、予防歯科の呼びかけに活用できるのだ。

「義歯や詰め物の状態や耐用年数、口腔内の状態に合わせて、歯の痛みなどの問題が出る前の来院を促すコミュニケーションをとることができます。再来院の呼びかけは、いまだにスタッフが電話をかけたりDMをつくったりして行っている院が多いですが、自動化することで効率化できるというメリットもあります」。

さらに、電子カルテの導入をサポートするために、アプリは直感的で簡易なUIを採用している。

また、患者側の治療体験向上にもつなげようと構想中だ。

「患者側が利用するアプリ『ハオシル』(歯を知る、の意)の開発も進めています。歯科医院向けの電子カルテとハオシルを連動させることで、予防歯科の啓蒙にもつなげたいです」。

ユーザー画面の”モックアップデザイン”(制作中)
ユーザー画面の”モックアップデザイン”(制作中) Image: Sheep Medical

なお、歯科医院の経営を安定させて持続可能性を高めるためには、保険診療だけではなく、矯正や審美歯科などの自由診療目的の患者を増やすことも重要になる。現状は新たな診療メニューを加えるために準備をする時間も、人的リソースもないが、デジタル化を進めることで解消されるという。

「自由診療を始めるためには、新しいメニューを導入するための準備時間の確保、院内のオペレーションの円滑化、患者とのコミュニケーション、の3つが不可欠。患者さんのデータの管理を効率化することで余裕ができるのです」。

治療から未病にトランスフォーメーション

日本では、電子カルテや予約システムを提供する企業は増えてきているが、歯科の経営改善まで踏み込んだシステムは少ない。東は「当社は元々歯科医院とのネットワークがあり、課題感や潜在ニーズも把握していました。そうでなければ投資対象として考えにくいからですかね」と指摘する。

本システムは、2022年初頭からパイロット版をローンチし、春ごろに正式販売開始を予定している。導入実績を積み上げながら、全国での歯科DXの拡大を目指す。

「歯科医院のDXが進み、歯科医が予防歯科にも力を入れることができれば、患者の通院に対するモチベーション改善にもつながります。最初は治療目的の受診でも、アプリをつかったコミュニケーションで口腔ケアの重要性を感じてもらい、治療が完了した後も継続的に通院してもらえるようになることが目標です」。

欧米のように、口腔ケアによって健康を維持したり、病気になりにくい身体を手に入れたりすることを期待する患者が増えれば、歯科における体験そのものを治療からケア、未病へとトランスフォーメーションできる。

*この記事は、Forbes JAPANの記事を転載したものです。

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