金融と通貨システム

過去最大に達した実質的円安、その功罪と行方

実質的な円安が過去最大のレベルにまで進んでいる。日本にとって良い影響ばかりではなく、悪い影響もある。

実質的な円安が過去最大のレベルにまで進んでいる。日本にとって良い影響ばかりではなく、悪い影響もある。 Image: Getty Images/iStockphoto

Yuji Kameoka
Chief FX Strategist , Daiwa Asset Management Co.Ltd.

実質的な円安が過去最大のレベルにまで進んでいる。日本にとって良い影響ばかりではなく、悪い影響もある。日本経済が構造的に変化しないと、実質的円安が続く可能性があるのではないか。

進展した実質的円安の背景

実質的な円安とは、物価変動格差を控除したうえでの円安である。日本の為替が固定相場制から変動相場制に移行した1973年2月を起点に、2021年11月まで(48年9カ月間)の年率平均インフレ率は、日本の企業物価指数(国内需要財)が1.2%、米国の生産者物価指数(全商品)が3.7%で、日本が相対的に低いことは明白だ。

日本の物価が相対的に下落しても、それと同程度に円高・ドル安が進むと、日本と米国の購買力が同じ条件に維持される。

実際はというと、1973年2月から2021年11月にかけて、日本の物価は米国に比べ相対的に年率平均2.3%ペースで下落したのに対し、ドル/円は265円台から113円台へと年率平均1.7%ペースの下落にとどまった。日本の相対的な物価下落に見合う円高・ドル安は進まず、実質的な円安が進んだことになる。

1973年の平均値がドル/円と等しくなるように換算した日米物価比率(=日米購買力平価)は2021年11月時点で85.0円であり、ドル/円はその水準を大きく上回る。

日米購買力平価を基準にしたドル/円のドル高方向へのかい離率は2021年10月に33.1%、11月に33.2%を記録した。従来の最大値は、「強いドル」を標榜していた米レーガン政権下で米連邦準備理事会(FRB)議長が「インフレ・ファイター」とされるボルカー氏だった1982年10月に記録した30.2%だが、それを更新した。

つまり、日米間では実質的に過去最大の円安・ドル高が進んでいる。また、日本と複数の国との為替について、物価変動格差を控除し、貿易額ベースのウエイトで加重平均した実質実効為替でも、実質的円安は過去のピークに迫っている。

プラスとマイナスの比較

実質的に円安が進むということは、日本の物価が海外に比べ相対的に下落することだ。海外から見ると日本の財・サービス・資産の価格が安くなり、日本から見ると海外の財・サービス・資産の価格が高くなる。

したがって日本にとっては、1)輸出が増加しやすくなる、2)外国からの旅行者が増えやすくなる、3)海外所得・資産の円換算額が増える、などのメリットがある。

その一方で、1)輸入価格が上昇する(輸入数量が減りやすくなる)、2)海外旅行のコストが増える、3)海外資産の購入コストが増える、などのデメリットもある。つまり実質的円安は、日本から見て海外への売却にプラス、海外からの購入にマイナスとなる。

日本は所得収支の黒字により経常収支が黒字で、対外債権が債務を上回る純債権国なので、円安は対外収支へのプラス効果がマイナス効果よりも大きいと言えそうだ。

ただ、海外所得や資産が大きくても、国内に還流する割合が低ければプラス効果は限定的となる。実質的円安により輸出が増えて輸入が減れば貿易収支は改善するが、貿易収支が均衡に近く(近年は赤字)、輸出がけん引しているとは言い難い日本経済の成長を大きく高めるわけではない。

短期的には円安による輸入額増大が貿易収支を悪化させることもあり、海外からの購入コスト上昇(購買力低下)が日本経済にマイナスに働く面は小さくない。

少なくとも確実に言えるのは、実質的円安の進行により、日本経済へのプラス効果とマイナス効果がともに膨らみ、経済効果の不均衡が拡大しているということである。

実質的円安招いた2つの要因

そもそも、実質的円安がここまで進んでいるのは、なぜなのか。原因の1つは、日本の物価上昇率が米国など海外諸国に比べて低いことだ。為替が一定でも、相対的に国内物価が下落すると、実質的円安が進むことになる。日本の企業はコストを価格に転嫁する動きが抑制的であり、だからこそかもしれないが、賃金を上昇させる動きも鈍い。

製品やサービスの価格を抑えて他国に対抗する意図や、賃金を抑えて企業利益を確保しようとする意図があるだろうが、物価や賃金の抑制が常態化している面もあるのではないか。

近年は新型コロナウイルス感染を背景に供給抑制による物価上昇も起きているが、海外に比べ日本の物価上昇率は低い。直近1年間で米国の生産者物価指数(全商品)が22.8%上昇(うち最終需要財14.9%上昇)したのに対し、日本の企業物価指数(国内需要財)は9.0%上昇(うち最終財2.7%上昇)にとどまる。

そして、実質的円安のもう1つの原因は、日本が低インフレのために低金利でもあり、それが円安を招きやすいことにある。日本銀行は欧米の中央銀行と同様に物価目標を2%としているが、その達成は困難であるため、金融緩和が長期化している。海外諸国が利上げに動いて金利が上昇しても日本の金利は上がりにくいため、金利差拡大で円安が進みやすい。

また、日本の金利が上がりにくいからこそ、リスクオンの時に円が売られやすい面もある。直近1年間では、日本の物価が米国に比べ11.2%下落した上に、ドル/円が8.5%上昇したため、20%余りも実質的円安が進行している。

構造変化のインパクト

では、こうした状況は続くのだろうか。実質的円安が進むと、相対的に海外物価が高くなり、国内にインフレ圧力が働くので、相対的な国内物価下落は緩和しやすくなる。しかも、国内物価の相対的下落は過去最大に達しているのだから、日本企業が価格競争の観点から値上げを抑制する必要性は薄れているはずだ。

それでも日本企業がコストを価格転嫁する動きが本格的に強まらないと、相対的に物価が上昇するまでには至らない。

一方、実質的円安が進むと、中長期的には輸出が増えて輸入が減ることで貿易収支が改善しやすくなり、実需面で円買い・外貨売りが増えて円高圧力が働きやすくなる。また、貿易収支改善が日本の経済成長率を高める方向に働けば、金利上昇を通じても円高に作用することになる。

ただ、日本の物価上昇率が十分に高まって、日銀が金融緩和からの出口政策を始めるようにならなければ、金利上昇による円高は限定的なものにしかならないだろう。

つまり、実質的円安により日本にインフレ圧力や円高圧力が働きやすいものの、それだけでは実質的円安が解消されにくい。物価だけでなく賃金も上昇すれば需要は落ち込みにくいだろうし、日本が物価と賃金の上昇を伴った経済成長へと変化すれば、金利上昇・円高も招いて実質的円安が解消されやすくなるだろう。

実質的円安は、日本経済の弱さを反映しているとも言える。日本経済が構造変化するまでは、リスクオフなどによる円高が一時的に進むことはあっても、実質的円高が持続的に進むことは考えにくい。

*この記事は、Reutersのコラムを転載したものです。

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