世界経済フォーラムの取り組み

デジタル技術による豊かさと課題解決の実現

Kajiyama Hiroshi

現在、我々が生きる世界は、気候変動、環境破壊、そして新型コロナウイルス感染症といった、人類共通の課題に直面している。また、世界各地において、成長の鈍化や所得格差の拡大など、経済的にも多くの問題が存在する。こうした人類共通の課題を克服する鍵となるが、革新的な技術である。

2016年のダボス会議のアジェンダに示されたとおり、現代は、IoT、AI、5G通信といった高度な技術に支えられた、いわゆる第四次産業革命の時代である。これらの技術は、人類が直面する課題を解決し、より豊かで幸福な社会をもたらす可能性を秘めている。たとえば、AIによる新型コロナウイルスの感染予測は、各国の感染拡大防止に大きな役割を果たした。世界中の人流や物流の需給をアルゴリズムでマッチングすることで、環境負荷が少なく、かつ経済的にも効率的な人・モノ・情報の流通を実現できる。単純作業や危険な作業をロボットで代替すれば、人類は、より自由で安全な時間を過ごすことができるようになるだろう。

日本では、このように、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を、「Society5.0」と名付け、実現に取り組んできた。このような社会像は、Global Technology Governance Summitの理念とも共鳴するものだと考えている。

このSociety5.0をグローバルで実現するためには、克服すべき多くの課題がある。ここでは、そのうち特に重要な2点について指摘する。

第1は、データの自由な流通の促進である。デジタル経済の恩恵を最大化するためには、データがもたらす可能性を解き放つべきであり、そのためには、信頼に基づいてデータが安全に流通する環境が必要となる。第2に、柔軟かつ機動的なガバナンス、すなわち「アジャイル・ガバナンス」の実現である。以下、これらについて解説する。

DFFT実現に向けたルール整備

2019年1月世界経済フォーラム年次総会にて、日本より世界に対して、信頼性のある自由なデータ流通、いわゆる「DFFT(Data Free Flow with Trust)」を提唱した。以降、G7/G20やOECDを始めとした様々なフォーラムでDFFTの重要性について確認し、議論を重ねてきた。

日本は、DFFTの実現に向け、近年、国際協定におけるデジタルルールを締結してきた。2018年に発効されたCPTPPを土台にして、2019年には日米デジタル貿易協定、2020年には日英EPAとRCEPに合意し、データの自由な流通を促進するためのデジタルルールを地域の各国と共に実現した。

これらルールに共通するのは、データの自由流通と信頼確保の措置、例えば、個人情報の保護、オンライン消費者保護、サイバーセキュリティ対策などが組み合わされていることである。Data Free FlowとTrustの両立こそが国境を越えたデータの流通の基本であることを日本は示してきた。今後、WTO電子商取引交渉会合や日EU・EPAにおけるデータフロー上の再評価プロセスを通じて、DFFTに基づき、世界全体をカバーするグローバルなデータ流通ルールの形成を目指していく。

DFFTの提唱者として、日本は、安全で信頼性の高いデータ越境移転ルールを、価値観を共有する国々と共に、これからも推進していく。

アジャイル・ガバナンスのデザインと実装

技術や社会の変化が急速な現代、従来の固定的なガバナンスの在り方を見直し、より柔軟かつ機動的な、「アジャイル・ガバナンス」の考え方が重要になる。

「アジャイル・ガバナンス」のアイディアは、2018年にWEFが公表したホワイトペーパーでまとめられており、WEFの“Global Future Council on Agile Governance”の活動には、日本からも支援を行っている。2019年に日本で開催したG20貿易・デジタル経済大臣会合の声明には、アジャイルで柔軟な政策形成を目指す「ガバナンス・イノベーション」の必要性が盛り込まれた。2020年には、アジャイル・ガバナンスに関する国際協力を目指す”Agile Nations”が設立された。そして、2021年3月、日本は、「アジャイル・ガバナンス」の全体像を示す報告書、“Governance Innovation ver.2: A Guide to Designing and Implementing Agile Governance”を公表した。

アジャイル・ガバナンス実践例として、日本を含む多くの国で導入されているのが「規制のサンドボックス」である。

規制のサンドボックスとは、新たな技術ビジネスモデルの実施が、現行規制との関係で困難である場合に、期間や参加者を限定して、既存の規制の適用を受けることなく実証を行うことを認め、その知見を用いて規制の見直しに繋げる制度である。我が国の規制のサンドボックス制度は、実証対象を限定することなく幅広い分野を対象としている点に特徴がある。

例えば、医薬品開発の現場では、どの資料からどの開発データが取れたのか、人が直接確認し、データの信頼性を確保している。今般、サンドボックス制度を利用した実証によって、データの改ざんが困難なブロックチェーン技術を活用し、開発資料のデータを人の目を介さずに電子システムに直接記録を行う方法の信頼性が確認された。その後、実証を行った事業者のシステムが実用化されるなど大きな成果が生まれている。

このように、革新的な技術を従来の規制にあてはめて禁止するのではなく、実証実験を通じてルールを見直すというアプローチは、まさにアジャイル・ガバナンスを実践する仕組である。各国が連携しながらガバナンスの柔軟性を高め、かつそこから得られた知見を共有することにより、デジタル技術が世界にもたらす恩恵を最大限に引き出すことができる。

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結び

世界が新型コロナウイルスや気候変動、環境破壊、格差拡大という共通の課題に直面する今、テクノロジーを活用した豊かで自由な社会をグローバルで実現するために、改めて各国が課題認識と価値観を共有し、データの共有や新たなガバナンスの確立を行っていくことが不可欠である。

こうした状況の中において、世界から様々なステークホルダーが技術のガバナンスについて意見を交わすGTGSが立ち上がったことの意義は極めて大きく、これからの世界のルール形成において重要な役割を果たしていくことを確信する。

日本としても、持てる限りの知識と経験を共有し、グローバル社会が目指す理想の未来の実現に貢献を果たしていきたい。

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