世界的インフレ懸念と強まる日本のデフレ色、ひずみはサービス業に
世界的な新型コロナウイルスの感染拡大による経済的な打撃から立ち直った中国や、景気刺激策の効果で急速な回復が期待される米国などの影響で商品価格が上昇し、久方ぶりに世界的なインフレへの懸念が浮上している。 Image: 2021年 ロイター/Issei Kato
世界的な新型コロナウイルスの感染拡大による経済的な打撃から立ち直った中国や、景気刺激策の効果で急速な回復が期待される米国などの影響で商品価格が上昇し、久方ぶりに世界的なインフレへの懸念が浮上している。対照的に日本国内ではコロナ禍の影響が長引き、デフレ的な色彩がジワジワと強まってきた。
この基調が継続すれば、輸出で稼ぐという「活路」が見いだせない国内の非製造業は、原材料高という交易条件の悪化を値上げでカバーできず、収益が悪化していく構造的危機に直面しかねない。特に人のコンタクトが不可欠なサービス産業では、コロナによる打撃も加わって「ダブルパンチ」に見舞われそうだ。
ファーストリテ決断の波紋
ファーストリテイリング傘下のユニクロとジーユーが、今月12日から一律に約9.1%の値下げを実施する。国内ユニクロ事業の売上高は昨年6月から今年2月まで9カ月連続の前年比プラスと好調だったが、なぜ、値下げなのか。やはり、コロナ感染の影響で国内の雇用・所得環境が厳しくなると判断し、先手を打ってシェア確保に動いたのではないかと思う。
国内の物価動向は、1月全国消費者物価指数が前年比マイナス0.6%。下落は6カ月連続とデフレ色が少しずつ強まっている。そこに「勝ち組」のユニクロが10%近い値下げを断行すると、競合他社の値下げも誘発し、衣料品などを中心に価格競争が激しくなり、デフレ心理がかつてのように広がる「素地」を形成するきっかけになるのではないか。
なぜ、危惧するかと言えば、サラリーマンなどの勤労者の懐事情が悪化しているからだ。昨年12月の実質賃金は前年比マイナス1.9%と10カ月連続の低下を記録。この先も時間外手当の増額が見込めず、反転の兆しは見えない。さらに今年の春闘では、組合側のベースアップ要求断念のケースも増え、企業収益の増加に見合った賃金上昇の可能性は低い。
さらに日本では、ワクチン接種が他の主要7カ国(G7)各国よりも大幅に遅れ、旅行、宿泊、飲食などの接触型サービス業の回復がなかなか見込めず、新たな経営破綻と失業者の発生さえ予想される事態になっている。
これでは、人々の心理は冷え込むばかりで、個人消費が回復するきっかけがつかめずに停滞する期間が長期化する懸念さえある。消費が盛り上がって、物価が上がる地合いとは対照的な心理が形成されようとしている。
上がる国際商品価格
需要拡大の兆しが見えない中で、今月から値上げされた製品がある。砂糖と食用油だ。共通するのは、原材料が国際商品であるため、最近のグローバルな商品価格上昇の影響を受けていることだ。
主な国際商品の先物価格で構成されるCRB指数は、コロナ拡大が目立った昨年5月に100ポイント近辺まで急落したが、足元では180ポイント台まで急回復し、2018年11月ごろの水準まで上昇してきた。
背景にあるのは、コロナの影響を抑え、生産活動が急回復している中国の需要増大と1.9兆ドルの経済対策の効果が見込まれている米国経済への期待の大きさだ。景気動向に敏感な銅価格は10年ぶりの高値を付け、マーケットに「インフレ懸念」という言葉が実感を持って語られ始めた。2月27日に発表された米ミシガン大の調査結果では、1年先の期待インフレ率が3.3%を記録。米アトランタ連銀の「GDP NOW」では、今年1〜3月期の米経済が年率10%の「超高成長」を達成しそうだとの予測が出ている。
日本企業に交易条件悪化の重荷
このようなインフレ懸念が米長期金利の上昇を生み、日米株価の上昇に「待った」をかける現象へと波及しているのが今のマーケットの動きだ。
ここで注目すべきことは、日本の国内市場がグローバルな価格上昇の流れから取り残されていることだ。「インフレ懸念」と「デフレ再来の予兆」という全く違う流れが存在している。この2つが交じり合うことで起きる現象は何か。
明白なのは、日本にとっては原材料価格の上昇という「交易条件」の悪化が生じ、企業収益を圧迫するということだ。自動車や半導体・同部品などは、需要拡大の見込める米中に輸出できるので、コスト上昇は製品価格の値上げでカバーすることがたやすい。
旅行・飲食にダブルパンチ
しかし、輸出できない内需型の非製造業は、デフレ心理の強い国内市場で値上げが難しく、減益構造が鮮明になるだろう。例えば、コロナの影響で乗客数の減少に悩む私鉄各社は、原油価格上昇を起点にした電気料金の値上げでコストが増大。今のままでは増益の絵を描くのは難しいだろう。
さらに1都3県での緊急事態宣言の延長や、ワクチン接種の遅れなども加わって観光や飲食などの分野では、いつになったら需要回復が見込めるのか不透明感が強い。そこに様々な原材料費の値上げや光熱費の増大が重なると、経営危機に見舞われる事業体が続出する事態さえ現実化しかねない。
金融相場で隠されている日本の非製造業の脆弱さを直視し、政府は2021年度予算案の成立後、直ちに支援の手を差し延べる経済対策の検討に入るべきだ。初期対応を間違えると、その後にかかるコストの膨張が目に見えている。
*この記事は、Reutersのコラムを転載したものです。
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