ヘルスとヘルスケア

なぜ何十億もの人々が家庭で感染リスクに晒されるのか:途上国における居住環境整備の課題

リマ(ペルー):6世帯が1つの水道を共有する手狭なキンタ式住宅(郊外の住宅)

リマ(ペルー):6世帯が1つの水道を共有する手狭なキンタ式住宅(郊外の住宅)

Sarah Elizabeth Antos
Geographer, World Bank
Luis Triveno
Senior Urban Development Specialist, World Bank

新型コロナウイルス感染症の流行拡大を抑えるため、各国の政府は過去数カ月にわたり、国民に対して感染拡大防止への協力を要請してきた。外出を自粛し、なるべく家にいること、こまめに手洗いをすること、疑わしい症状が出たら自己隔離をすることなど、これらはいずれも感染拡大防止のための重要な施策である。しかし、家に水道がなくこまめに手洗いができない家庭、食材を保管する冷蔵庫がなく、6人家族に対し寝室が1部屋しかない家庭は、一体どうすればいいのだろうか。

残念ながら、現在、途上国に住む人々の多くはそのような不衛生な環境下で暮らしている。20億人以上もの人々は水洗トイレを利用できず、何億人もの人々が水道水にすらアクセスできない状況にあるのだ。このような不衛生な居住環境は、新型コロナウイルスをはじめとする様々な感染症の温床となっている。

ミスコ(グアテマラ):ヴィスタス・デ・ラ・コムニダッドのメインストリートと住宅の様子。 Image: Xavier Conesa

各家庭の衛生環境が十分に整っていない途上国において、新型コロナウイルス感染症の流行拡大の抑制が困難なことは想像に難くない。とはいえ、居住環境の改善を必要とする世帯が特定できない場合、政策決定者たちはどのようにしてその対象を絞るというのだろうか。そこで、我々は途上国における衛生的な居住環境の構築を実現すべく、地理空間情報に基づく早急かつ大規模な投資を各国政府に提唱したい。

無論、新型コロナウイルスの感染者が急増する中、外出禁止令や社会的距離の確保は医療崩壊を防ぐ上で不可欠である。しかし同時に、このような都市封鎖の措置は多くの国々において雇用や生活を脅かす要因となっている。

これらの状況を踏まえ、各国政府は以下の3つの分野に焦点を当て、居住環境への投資を検討する必要がある:

1.居住環境改善が必要な住宅や地域を特定・定量化し、実態を把握するための技術
ドローン画像、ストリートビュー画像、機械学習などを用いて地理空間情報を収集し、過密状態の緩和、及び社会的距離の確保や自主隔離の実現性を検討する。

2.高リスク地域における家庭の衛生環境改善に向けたインフラ投資
台所の水道整備、トイレの水洗化、適切な換気のための窓の設置、また各家庭の光熱費の節約に向けた省エネ技術などに投資する。

3.居住環境改善に資する資金的支援策
住宅補助金制度を設立し以下のような施策の実現につなげる。
(i) 最長半年程度の住宅改修工事を実施し、配管工、石工、大工などの地域住民の雇用を創出する。
(ii) 社会的弱者向けの賃貸支援及び住宅ローンなどのセーフティネットを提供する。

これらの対策は、新型コロナウイルスに対する効果的なワクチンが承認され、人々に行き届くまでの間、流行拡大を抑え込む上での緩衝材となるだろう。衛生環境の整った住宅は、居住者に感染からの安全な避難場所を提供し、感染してしまった場合には自己隔離に適した環境を与えてくれる。また、このような居住環境改善の取り組みは、地域経済を支え、雇用創出につながるという点でも重要だ。

新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し、社会的距離の確保が命運を左右する今、各国政府にとって居住環境整備の対象を特定することは喫緊の課題と言える。

好材料として、世界銀行には「強靱な居住環境のためのグローバルプログラム(GPRH)」という事業がある。当プログラムの手法は遠隔技術のみで成り立っているため、今回の流行下において社会的距離を保った状態で業務遂行が可能である。事業者は、住宅の画像をドローンや車載カメラで撮影し、得られた画像を遠隔でパソコンから処理することができる。またこれを以て、エンジニアは各地域に合わせた機械学習アルゴリズムを構築し、それぞれの家の特徴を抽出していく仕組みとなっている。

この手法により、政策決定者は現場にスタッフを派遣しなくても、特定の地域の建物の数、用途、大きさ、材質、状態を知ることができる。その他、地域の傾斜、建物の密度、歩道の質などといった、当該地域特有の情報を収集することができる。更に、既存の地理情報システム(GIS)データと組み合わせることで、過密住宅、土地所有権の有無、保健サービスへのアクセス状況、公共施設の不足などといった情報について、世帯や地域レベルで得ることができる。

20 de mayo 2019. Ciudad de México. Visita a la colonia Gabriel Hernandez.
メキシコシティ(メキシコ):コロニア・ガブリエル・エルナンデスの自宅キッチンにいるシルベストレ夫妻。妻のフランシスカは、家の外の屋台で野菜を販売している。 Image: Xavier Conesa

では、実際にこのプログラムはどのように活用され、今後どのような期待ができるだろうか。世界銀行は、過去2年間で8カ国においてプログラムを実施しており、各国政府は世界銀行が融資するプロジェクトの準備段階や実施段階において、GPRHの手法を利用している。
例えば、コロンビアでは、住宅・土地・国土省がGPRHの手法を応用して、既存住宅の改良を支援するプログラム「Casa Digna, Vida Digna」の規模を拡大する予定である。また、ペルーでは、政府が同手法を利用し、建物の使用状況を自動検出し、財政難に陥った自治体の固定資産税徴収制度の改善を図っている。また、世界銀行は、GPRHプログラムを通じて、メキシコやインドネシアの各国政府と協力し、最も脆弱な立場の人々を対象とした住宅改善プログラムが、より安全性の高いものとなるよう働きかけている。

GPRHの手法は、現在の新型コロナウイルス危機への対応にとどまらず、様々な分野において実用化される可能性を秘めている。例えば、詳細な地理空間住宅データベースがあれば、住宅保険会社が潜在的な顧客に見積もりを提供する際に、より手頃な価格を提案できるようになったり、商業銀行が住宅改善ローンを提供する際に信頼性を高めたりすることができる。

世界的な危機が訪れる度、我々は困難や失敗を通して多くの教訓を得ている。今回の新型コロナウイルスによる危機から得られたもっとも確かな教訓の一つは、「安全な避難場所は同時に衛生的なものでなければならない」ということだ。世界銀行は、GPRHプログラムを通じて、このような危機的状況の中でも、世界各国の政府が居住環境を改善し、人命を救い、経済を守ることができるよう支援を行っていく。

*この記事は、世界銀行のブログを転載したものです。

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