2050年までにCO2排出量を実質ゼロに:その実現を決定づける3つの柱
電気アーク炉などの技術が、CO2排出量の低減が困難な産業の脱炭素化を促す Image: REUTERS/Srdjan Zivulovic
- CO2排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)にすることは可能だが、決して簡単ではない
- CO2低減が困難な産業(hard-to-abate産業)にとっては非常に大きな課題
- 政財界のリーダーシップや政策面でのサポートが極めて重要
2050年までにネットゼロを達成する – わずか1年前にははるか遠くにみえたビジョンが、いま技術的には現実味を帯び、その可能性も見えてきています。
カーボンニュートラルに向かう道は極めて複雑で簡単なことではありません。電化、再生可能エネルギー、よりクリーンな化石燃料など、複数のアプローチを組み合わせる必要があります。しかもそれは、地理的条件、工業化の水準や、その他の多くの社会的ニーズなど、地域固有の特性に左右されます。
特に、製造工程で直接排出するベースで見ると29%のCO2を排出し、これに製造工程で使用するエネルギーに関連して排出されるCO2とを合わせたベースで見ると42%を排出する工業(ものづくり産業)においては、難しい問題となるでしょう。重工業、たとえば鉄鋼、セメントや、プラスチックのような製品向けの化学製品の製造では、製造工程の電化が容易ではなく、化石燃料を原料としているため、「hard-to-abate産業」と考えられています。
hard-to-abate産業においても、大幅に脱炭素化を進める技術もありますが、それぞれ異なる開発段階にあります。そのため、技術があるからと言ってそれだけで「ネットゼロ」を実現することはできません。政策面でのサポート、そして、低炭素製品や脱炭素製品に対する需要を創出するインセンティブも必要です。
そこで、以下の3つの分野での取り組みが極めて重要になります。
1. 技術のスケールアップ
世界中の企業が、ネットゼロを可能にするソリューションの開発に取り組んでいます。
洋上風力発電の成功、とりわけそのコストと発電能力がガス発電所と同水準だと考えられていることは、再生可能エネルギーをスケールアップし、化石燃料と競合させることが可能であることを示しています。
再生エネルギーの電力系統の安定化は、蓄電池または水素への転換によって対処することが可能です。これらの転換エネルギーは、低炭素燃料として、輸送、発電、工業で利用できます。
hard-to-abate産業でも、CO2排出量を減らす技術の利用は可能です。例えば、製鉄事業では、よりクリーンな電気アーク炉によって金属くずのリサイクル工程を脱炭素化することが可能です。新しい低炭素鋼は、エネルギーを大量消費する鉄鉱石還元のプロセスにおいて、石炭に代え天然ガスや水素を使って生産することができます。
排ガス中の二酸化炭素は、CO2分離・回収・貯蔵(CCUS)技術により、重工業と同様に低炭素化が難しいと言われる化学品分野においても、合成物に転換させることができ、CO2排出量削減を促すことができます。
エネルギー消費全体の約50%を占める熱供給分野では、既存の供給ネットワークで使用している天然ガスを水素に置き換えられる可能性があります。廃熱エネルギーの適用、例えば工場廃熱を地域暖房や電力への変換に利用することなどは、既に確立されており、その役割は一段と高まるものと予想されます。
こうした低炭素を可能にするソリューションの多くが技術的に実証されているものの、経済的に実現可能なものにスケールアップする必要があります。このような技術をもつ企業が、単独でこの戦いに挑むのは非常に難しいことです。
2. 政策
CO2排出量の削減を進める上で、政策を見直すことはかねてより極めて重要な役割を果たしてきました。風力タービンや太陽光発電といった再生可能エネルギー技術は、これらをサポートするグローバル又はリージョナルレベルの政策がなければ、現在のような成熟した市場になっていなかったでしょう。
ネットゼロを実現するために、ほかの低減技術に対しても同様のサポートを行い、熱供給分野や工業分野での脱炭素化のソリューションの開発が必要です。
例えば、日本は「水素社会」の実現を目指し、水素の生産と利用に関わる目標値を設定しています。世界では、水素に関する政策とロードマップを策定している国は、50カ国以上にのぼっています。
米国では租税優遇措置がCCUSの新規プロジェクトの増加を促しており、化学品分野の大多数の企業が、排出されるCO2の回収を目指しています。
電源構成における再生可能エネルギーの目標を既に達成した欧州は、目下のところ熱供給の脱炭素化に照準を定めており、再生可能エネルギーを利用した暖房を少なくとも年1.3%増やすという目標を掲げています。
しかし、ネットゼロの実現には、さらに多くの対策を実行しなければなりません。最も急成長を遂げている世界最大の経済国の中には、低炭素エネルギー源への切り替えに政策面でのサポートが必要な国があります。The Energy Transitions Commissionは、中国とインドにおける工業排出CO2を急速に削減する上で、天然ガスが重要な移行燃料であることを明らかにしました。
ネットゼロの実現に関しては、単一の政策による解決策がすべての人にうまく機能することはありません。規制や財務面のイニシアチブとともに、需要を喚起して市場の拡大と費用削減を可能にすることも非常に重要です。
3. 需要の創出
例えばEUのEnergy Trading Systemのメカニズムのように、エネルギー税やカーボンプライシングを導入することが普通になってきている地域が世界にはあります。エネルギー税やカーボンプライシングは、いずれも温室効果ガスを発生させるモチベーションを下げ、CO2抑制技術に投資する魅力を高めることを狙っています。
公共調達の分野でも、あらゆる購買決定において低炭素製品を優先させることで需要を創出し、前例を示すことができるでしょう。
同時に、世間一般における低炭素製品の消費を奨励することで、草の根の需要を育むことも大切です。
The Energy Transitions Commissionは、hard-to-abate産業が脱炭素化を進めても、消費者価格に及ぼす影響はごく小さいことを示唆しています。自動車の場合、脱炭素鋼を使用しても、1台当たりの価格の上昇はわず180ドルの見込みだそうですし、ネットゼロで生産されたプラスチックを使用することによるソフトドリンク1リットルの価格上乗せ分は、0.01ドル未満とみられています。
航空産業だけは価格上昇がより大きくなる可能性があります。バイオ燃料および合成燃料の費用が従来のジェット燃料に比べ高い水準であれば、航空券の価格は10%から20%上昇すると予測されています。
スケールを確立するには、まずエンドユーザーが追加コストを負担できるような市場に重点が置かれるべきです。
この問題は、オーガニック食品の成功に似ているかもしれません。オーガニック食品は、価格は高くても、より健康的な生活を求める客層の存在によって需要に勢いを増しました。同じように「低炭素」や「脱炭素」のラベルを作成すれば、気候変動を懸念する消費者の「買い替え」を促す可能性があります。
2050年までにネットゼロを達成するという目標は、手の届くところにあります。ただし、一致団結して取り組まなければ、これを手にすることはできないでしょう。
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