都市にとって不可欠な資源、音楽への新しいアプローチとは?
歌あふれる街、ニューオーリンズのミュージシャン Image: REUTERS/Brian Snyder
私たちは、毎日利用しているものを、つい当たり前に感じてしまいがちです。例えば、きれいな水。安全な水の確保に困ることのない幸運な人々にとって、水は、蛇口をひねれば出てくるものです。このような認識は、蛇口をひねるだけで水が出るありがたさを忘れさせてしまうばかりか、単純な動作で水が出る環境を支えている複雑なインフラの存在も、ないがしろにしてしまいます。井戸から水を汲むところから始まり、濾過、脱塩、配水、浚渫、廃棄物管理に至るまでの入り組んだシステムが機能して初めて、水が飲めるのです
日常という織物に織り込まれているものに関して、それを生み出し、維持し、支えているシステムがあることが忘れられがちになります。このように、物事に対する私たちの認知と、他の認知に矛盾が生じている状態は、音楽と文化にも当てはまります。人がある歌を聴いて感動した時、それは歌のある瞬間に心動かされたのであって、その感動の瞬間をもたらすべく裏で支えている、レコード製作やマーケティングに対して感動を覚えているのではありません。しかし、それらのシステムや働きがなければ、その瞬間は起こりえないのです。水が涸れてしまうように、他のさまざまな資源と同様、音楽もまた無限の資源ではありません。教育や投資、支援をしなければ消えてしまうものです。音楽は、国境を越えた私たちの共通言語だということを踏まえると、世界中のコミュニティを支え、維持し、より良くする、音楽の力の重要性をもっと理解しなければなりません。このような考え方に基づく動きは、世界中の都市で広がりつつあり、音楽にまつわるプランニング、リソース・マネジメント、レジリエンス、志向性等を融合させた、「ミュージック・アーバニズム」と呼ばれるものになっています。
ストリーミングの隆盛に活気づけられ、音楽業界は昨年9.7%収益が増加しました。ゴールドマン・サックスの調査では、2030年までに業界規模は2倍以上の1310億ドル超にまで成長すると予測されています。音楽は、都市や街など、生活のあらゆる場所に存在しています。赤ちゃんの命名式から、バル・ミツバ(ユダヤ人の男の子が13歳になる時に行われる成人式)、聖餐式、キンセアニェーラ(15歳の少女の誕生日を祝う儀式)、アザーン(イスラム教の礼拝の呼びかけ)にまで、音楽は常に私たちと共にあります。音楽の経済的、社会的、文化的価値を最大限に高めるには、土地利用や再開発、観光、教育、経済発展政策の中で、音楽について考えなければならないということを、ここ10年の間で多くの都市が認識し始めています。この新たに生まれた分野は、音楽都市という新しい呼称をつくり出しました。音楽を単に楽しむものとして捉えるのではなく、政策に取り入れる都市、という意味です。こういった都市が、ミュージック・アーバニズムという新しい取り組みを生み出しているのです。
熟慮された計画的な政策の中で、音楽を扱うというこのアプローチは、これまでになかったものです。音楽に対する都市の伝統的な役割は、これまで主に2つの面におけるものでした。サウンドや騒音の許認可と、フェスティバルやコミュニティ・イベント、観光客向けの催し等の、音楽を体験する場を作り出すことです。
しかし、音楽に対するこうした伝統的な関わり方は、どちらのケースも視野の広いものとはいえません。それは、音楽がコミュニティにもたらす包括的な価値が、あまり考慮されていないからです。そしてこれこそが、ミュージック・アーバニズムが取り組む課題です。例えば、アマゾン社が第2本社を選定した際に話題になったように、企業は、その所在地における都市生活の水準を、重要な検討要素としてしばしば考慮します。醸造所や屋外空間、ウォーカビリティに加えて、音楽も都市生活のレベルを示す重要な指標です。スウェーデンの例のように、国の音楽教育システムは、富を生み出す源となります。さらに、音楽活動に参加することは、健康の増進にもつながる他、雇用を生み出し、外食産業から小売業に至るまで、幅広い分野で役立っています。また、公共交通機関での音楽は、通勤者の神経を落ち着かせる効果があります。音楽がもたらすこうした効果は、規制や観光といった従来の都市における音楽へのアプローチよりも、はるかに包括的なものです。音楽を、都市のエコシステムとして全体的に考察してみると、そのインプットとアウトプットを戦略的に行うことで、都市の価値を高め、より良いコミュニティを築き、投資を呼び込むのに有効だとわかります。
構築環境における音楽
ライフスパンという観点からみて、音楽は私たちの人生全体を豊かにしてくれるエコシステムだと言えるでしょう。赤ちゃんや幼児、子どもたちを音楽に親しませるメリットは枚挙に暇がありません。学校生活での音楽は、認知的・組織的スキルやマネジメント能力を養うのに役立ちます。バンドや聖歌隊では、他者と協力しあうことが不可欠ですし、きちんと出席するのが前提条件です。研究では、何週間かに一度コンサートに行くことで、寿命を何年も延ばせるとの結果が出ているだけでなく、高齢者が音楽を聴くことで、認知症の症状や孤独感を和らげる効果があるとされています。
多くの人がより密集したコミュニティに暮らしている現代では、コミュニティの構築環境の基準や、構成要素、街並みの質を高めれば、交流や集会にふさわしい、自然でのびのびした空間づくりにつながります。街の内外で行われるフェスティバルは、期間限定の都市空間ともいえる存在であり、支援を行うことで、ウガンダ共和国のニゲ・ニゲ(Nyege Nyege)のケースのように、周辺のコミュニティにとって、永続的なプラットフォームをもたらすことができます。また、音楽は、偏見や差別、不安といった問題にコミュニティが取り組む際のツールにもなります。ウィスコンシン州マディソンでは、音楽とエンターテインメントにおける公平性に関する対策委員会が、制度に潜む人種差別に関して、必要な対話の機会を広げています。しかし、これらの取り組みは、コミュニティの一体性や経済的成長を促し、培い、維持するための重要な戦略的要素としてというよりも、特定の問題への解決策として音楽へアプローチしており、その意味ではサイロ化していると言えるでしょう。
ミュージック・アーバニズムが具現化するにつれ、このように世界中でゆっくりと変化が起きつつあります。
都市や街では何が起きているのか?
多くの都市や地域、街では、音楽戦略が策定されているところです。具体的には、経済発展や観光、包摂的な成長等、コミュニティに包括的な利益をもたらすものとして、音楽が着目されています。フランスでは、各地域に音楽がもたらす影響を調査すべく、国立音楽センターの設立が進んでおり、中でも最も積極的に活動しているロワールでは、音楽分野の経済的価値に関するデータを収集しています。アメリカでは、長年音楽政策を実施してきたナッシュビルとオースティンを別にしても、24の都市がミュージック・アーバニズムを積極的に実践しています。ニューオーリンズでは、地元のミュージシャンのために知的財産の価値向上を目指す、NOME(ニューオーリンズ音楽経済プロジェクト)が始まりました。インディアナ州インディアナポリスでは、市の戦略として、地元のミュージシャンの地位向上、観光の促進、インバウンド投資の増加に注力しています。
ニューヨークではこの春、女性ミュージシャンを支援するための取り組みが始まりました。ロンドンでは、文化的インフラへの支援をより優先して充実させるために、都市計画法が変更され、音楽会場の相次ぐ閉鎖と闘っています。音楽政策を実施しているメルボルン、シドニー、ブリズベン、アデレードでは、市議会の中に音楽政策担当オフィスが初めて設けられました。成都は、新たな音楽街と14のコンサートホールの新設を含む、包括的な成長戦略を打ち出しています。世界中の多くの大都市が、国連教育科学文化機関(UNESCO)と提携して音楽都市となり、地方行政における音楽の役割を拡大させるべく取り組んでいます。ミュージック・シティズ・ネットワークという別の団体も存在し、情報やベストプラクティスの共有を中心とした活動を行っています。
コロラド大学デンバー校、メンフィスのビジブル・カレッジや、オーストラリアのモナシュ大学では、音楽都市に関するコースを開講しています。音楽都市とミュージック・アーバニズムに関する初めての学術書、「The Great Music City (偉大な音楽都市)」(アンドレア・ベイカー著)も今年出版されました。
未来への序曲
しかしながら、ミュージック・アーバニズムに関連した取り組みの多くは、地元の都市コミュニティにおける音楽の役割を全体的に探求するというより、都市の音楽産業の発展に向けられたものとなっています。また、音楽都市のネットワークでは、土地利用政策について詳細に分析したり、公開討論会や委員会、コミュニティグループに変化をもたらすべく誰かを任命したりといったことよりも、情報共有が優先されていたり、もしくは非公式なつながりであったり、という場合がほとんどです。さらに、特定のジャンルの音楽が、他のジャンルより手厚い支援を受けていることもあります。例えば、アーツカウンシルや文化系の企業を通じて、クラシックには充実した支援が行われていますが、新進の若手ヒップホップMC等にはほとんど支援がありません。イギリスでは、ヒップホップの中のあるサブジャンルがほとんど犯罪化されているも同然の状況で、ユースクラブやコミュニティ・レコーディングスタジオ、メンタルヘルス・サポートも緊縮財政により大幅に削減されてしまっています。
ミュージック・アーバニズムが取り組むべきは、このような課題であり、携わりたいと希望している都市コミュニティ側に向けて、競争力を生み出すことです。音楽は、私たち皆の中にある、最も個人的な芸術形式であり、世代や文化、宗教や人種の違いすら超えていく存在です。しかし、水と同様、音楽も再生可能資源ではありません。影響力を持ち、栄え続けられるかどうかは、土地利用、資源配分、コミュニティが携わる政策等にかかっています。そして、商業面から一歩退いたところで、音楽の役割を探求していくのが、新たなアプローチではないでしょうか。アーティストの商業的な成功や、音楽の消費額の拡大に加えて、音楽のあるより良い都市空間をつくりあげることが、ここでの目標なのです。
全ての都市に音楽戦略担当の職員がいて、音楽政策があり、実施プロセスがある。そんな世界が実現するよう、都市政策で意識的に音楽を取り扱っていかなければ、資源としての音楽は失われてしまいます。そして、世界中の都市が、今そのことに気づき始めているのです。
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