世界が求めるカーボンニュートラルなフライト、実現に向けた一歩
パドバ(イタリア)上空、飛行機雲を横切る飛行機 Image: REUTERS/David Gray
スウェーデン語の「フリーグスカム」(飛び恥)という言葉がヨーロッパで話題になったその年、飛行機による二酸化炭素(CO2)排出への人々の懸念が、航空業界の「ソーシャル・ライセンス(事業活動への社会的な許可)」を脅かしました。飛行機を利用して旅行者やビジネスが世界中を行き来し、経済成長が促され、人道的な任務が支えられている世の中で、航空業界は不可欠な存在。だからこそ、飛行機を必要とするすべての人と協力しながら、持続可能な操業へ向けた道のりを進むために、航空業界はあらゆることに取り組んでいく必要があります。今後15年から20年でフライトの需要は2倍になるとの予測もあり、2019年は航空業界、あるいは少なくとも業界内で最も先進的な考えの人たちが、排出量実質ゼロのフライトへの道筋を定める年になると考えられます。
過去10年、機体デザインとオペレーションの改良により、航空業界は燃料効率の改善に成功してきました。国際民間航空機関(ICAO)は排出量増加を制限する重要な節目となる「国際民間航空のためのカーボンオフセット及び削減スキーム(CORSIA)」を導入。これは、世界各国の合意による市場の取り組みとして、2020年以降のカーボンニュートラルな国際航空の成長を目指すスキームです。
このような取り組みの導入以外にも、航空機によるCO2排出量のコントロールの選択肢が存在します。従来の航空機に比べ半分のコストと騒音で飛行できる電気飛行機は、小型の機体で短いルートを飛ぶ上では中期的に見て非常に現実的な可能性を持っていると言えます。しかし、現時点で技術的に可能な電池のエネルギー密度を考えると、大型機体や長距離フライトに幅広く電気飛行機を取り入れるのは難しいとされています。
また、離着陸時の最初の動力などに電気モーターを使うハイブリッド推進システムは、中長距離のフライトで排出量を削減できるものの、それによる大きな効果が確認できるには数年かかるでしょう。このような状況から、環境に配慮したフライトを考える上で現在最も現実的な選択肢は、持続可能な航空燃料(SAF)です。SAFには様々なタイプの持続可能なバイオ燃料(廃棄物から作られるので食用作物とは競合しない)があり、現在すでに利用されています。また、製造段階でCO2を吸収する合成燃料にも可能性があります。航空に関わるCO2排出量を、サイクル全体で最大80%削減可能にするSAF。2008年には商用サイズの機体でテスト利用が開始されました。ケロシン(灯油)よりもクリーンであることに加え、SAFのもうひとつの利点はこれまでのジェット燃料と混ぜて利用可能なことで、高価なエンジンを新たに導入することなく、サプライチェーンに徐々に組み込むことが可能になります。
飛行機による移動はハブ空港に集中。世界で最も便数の多い20の空港に、全航空客のほぼ5分の1が集中しているという事実を踏まえると、SAFが航空路線に一斉に利用されることは非常に簡単であると言えます。しかし、商用利用されて7年が経過し、航空会社が化石燃料から脱却しようと取り組んでいるにもかかわらず、SAFの利用は航空燃料全体の消費の0.1%以下にとどまっています。
SAFは十分な量が生産されて初めて、石油系燃料とまともに競争できるポジションに立てます。SAFの利用が進まないこのような状況を乗り越えるには、業界を越えた様々な関係者間での新たな協力体制が必要。つまり、航空会社、空港管理会社、航空機メーカー、エネルギー企業、金融機関、政府、市民団体、顧客などの協力体制を築くことが求められます。現在、この状況は変化の兆しが見えています。そのことを示す、協力体制の構築を支える3つの方法を見てみましょう。
1. 「パリ・バイヤーズクラブ」
どの業界でもそうですが、持続可能性に向けた取り組みで最も頻繁に直面する課題のひとつは、必要コストを誰が負担するかキープレイヤーの間で合意を得ることです。「ニワトリが先か、卵が先か」とよく言いますが、生産者と消費者はどちらも、新たな技術が既存の化石燃料と競争できるようになるまでの必要な初期投資をしない、できないという問題があります。
今年のパリ航空ショーに合わせて世界経済フォーラムが開催したワークショップで議論されたあるアイデアは、この難局はすぐに解決するかもしれません。そこで提案されたのは、重要な関係者すべてが集まり、航空移動に依存する数多くの大企業が共にひとつのクラブ(組織)を作れば、カーボンニュートラルなフライトへの需要が集約され、SAF増産の触媒になるということです。例えば、ひとつの国際商業サービス企業による年間のカーボンオフセット予算だけで、SAF生産のための新たな工場を最大2つ建設する費用が調達できます。つまり、植林などの航空業界外でのオフセットと違い、業界内でのオフセットを可能にし、また参加する団体はそれに伴う炭素クレジットを同じように得ることができるのです。このアイデアは新しいものではありません。気候変動に関する投資を別の方向に転換させるこのようなプログラムは既に幾つか存在していますが、今後、気候変動に取り組む姿勢を示したい企業や、比較的低いコストで社員が飛行機を利用し続けられるようにしたい企業が集まって、より大規模な協力体制が整えられることも考えられます。
2. 金融が空を飛ぶ
企業による、あるいは協力的な企業の集まりによるこうした資金調達は、「石油・ガス気候変動イニシアチブ」とよく似たような、新たなタイプの投資ファンドにまとめることも可能です。共同で投資することによって、新たな製油所や関連インフラの建設に伴う高いリスクは低減され、SAFを生産すれば利用されるようになるという見込みは大きくなります(これを産業界では「オフテイク契約(長期供給契約)」と呼んでいます)。工場が多く作られるほど、生産プロセスと燃料のコストは安くなります。新たな製油所で生産されるSAFは、最初の投資から数年間しか利用されないかもしれませんが、投資ファンドに蓄えられた資金は、2025年までに航空業界がSAFの利用を2%、あるいはそれ以上に引き上げるために必要な最初のひと押しとなり得るでしょう。太陽光エネルギーの場合で見られたように、この数字は、SAFが従来の燃料と同等の価格になり、将来的な業界のエネルギー転換を達成する可能性を高める重要なベンチマーク(基準)となります。
金融機関自らも直接的な役割を担うことができます。世界経済フォーラムが主導するCEO気候リーダーズ同盟は、パリ協定の目標達成に向け、それぞれの企業におけるCO2削減に大きく前進。同盟には銀行のCEOも参加し、石炭火力発電所やその他汚染度の高い資産への資金提供を停止する方向へ積極的に踏み出しました。最近では、海運業界関係者が「ポセイドン・プリンシプルズ」を創設。これは、主要な11の銀行が、海運業界が脱炭素化に向かうためのポートフォリオと取り組みに資金提供を積極的に行うというものです。航空業界で同様のアプローチが実施されるなら、SAFを積極的に利用する航空会社に対し有利な融資条件が提示されることになるでしょう。
3. 供給
バイヤーズクラブが需要側からのアプローチで大きな推進力を発揮するならば、同様に、供給側からの刺激でもSAF推進のチャンスがあります。選択肢のひとつは、空港管理会社が航空各社と協力して、着陸権や関連費用の引き下げを持続可能性推進のインセンティブにすることです。空港利用客の増加に対応するため施設拡大の必要に迫られている空港は、排出量を抑える、あるいは実質ゼロにしなければならないという大きなプレッシャーを受けています。混合バイオ燃料の長所は、空港が飛行機に利用されるSAFの割合を徐々に上げることができ、世界的な供給増加に合わせて少しずつSAFの割合を増やしていけることです。2030年代までにその割合を2桁にすることも可能でしょう。
さらに、SAFの生産と販売をより魅力あるものにするスマートな規制の枠組みを作ることで、従来の石油系燃料との競争の場を公平にすることができます。また、SAF生産のための豊富な原料、低価格な太陽光や風力エネルギー、そして製油所建設のための十分な土地が備わったインドやブラジルのような新興国では、持続可能性推進のインセンティブは新たなサプライチェーンへの投資を促進し、短中期的にSAFの生産を拡大させることにつながります。
新たな技術の開発や既存技術の改良に加え、需要側と供給側の微妙なバランスが取れた改革をうまく組み合わせること。それが航空業界のソーシャル・ライセンスを守り、CO2排出量に対する意識が高くなった時代に成長するために、航空業界にとって真に必要なチャンスをもたらすことになります。猶予は一刻も残されていません。
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