ゲノミクス革命:その発展は始まったばかり
体調不良の原因を解明できる時代は目の前 Image: REUTERS/Jim Young
あなたは、もう自分のゲノムを解読してもらいましたか? 5年前であれば、こんな質問をすると「非現実的」と笑わたでしょう。ところが、今やスーパーでゲノム解読の申し込みができる時代です。費用は600ドル以下、解読は1週間足らずで完了。申し込みはオンラインでも可能です。
今から15年前、ヒトゲノム計画(HGP)が完了し、世界で初めて人間の全遺伝情報が解読されました。この計画では、科学者をはじめとする人材が世界中から集まり、13年以上の歳月と30億ドル以上のコストを費やし、ようやくヒトゲノムの解読に至りました。
HGPの完了以来、ゲノム解析を取り巻く環境のすべてが大きく様変わりし、驚くことに今日では、100万人のゲノムを解読する計画までもが持ち上がっています。ゲノミクスが発展するペースはすさまじく、プロセッサーの性能が向上するペースを示したムーアの法則と比べても、それに勝るとは言わないまでも匹敵するほどです。このように著しい発展がみられるゲノム解析の分野ですが、その革命は始まったばかりなのです。
HGPから個人のゲノム解析へ、さらには全人類のゲノム解析へ
HGPの完了により、長さや配列、タンパク質遺伝子の数など、人間の遺伝子構造の全体像が解明されました。また、大量の反復配列や非コード配列があることも明らかになりました。これらの領域は当初、機能が不明で「ジャンクDNA」と呼ばれていました。
一方で、ヒトゲノムにはまだ多くの謎が残されています。例えば、タンパク質遺伝子はDNA全体のわずか1.5%しかなく、残りの領域の多くはどのような機能があるのかいまだに特定できていません 。また、遺伝子の多くは単体で機能するのではなく、複雑な経路やネットワークやシステムに基づいて機能しているらしいことが明らかになっています 。さらにHGPによって、遺伝子のごくわずかな変異とがんや遺伝性疾患などの病気との間に関連性がありそうだという点が注目されるようになりました。
人間のゲノムには個人差がほとんどありませんが、ごくわずかな差異(全体の約0.1%)があり、塩基配列のたった1文字が異なるだけで人間の特徴として大きな個人差を生み出しています。このゲノムの差異を理解することが、人間の健康と病気に関する原理とメカニズムを把握する上で重要になってきます。そのために、より多くの個人の情報を蓄積したゲノム解析のデータベースの構築が求められているのです。
HGPの完了から5年が経過した2008年に、最初の個人ゲノムの解読が行われました。同年には最初のアジア人(通称YH)の個人ゲノムも公表され、これを皮切りに、最初のアフリカ人の個人ゲノム、最初の韓国人の個人ゲノム、さらには最初のガン患者の個人ゲノムなどが解読され、個人ゲノムが次々と解読される新たな時代が幕を開けました。
遺伝子の稀な変異が個人の病気の素因となっていることが集団調査によって判明してくるにつれて、遺伝子検査を実施してがんの診断や投薬方針の決定に役立てる医師も増えてきました。一方、複雑な形質や疾患の研究が進むに伴い、自閉症スペクトラム障がいやアディポネクチンのレベル(肥満との間に関連性がある)や身長に関する遺伝的構造について、新たな発見がもたらされました。
遺伝子の稀な変異は、薬物に対する反応性にも個人差を生み出します。例えば、チロシンキナーゼ阻害剤による治療が有効なのは、EGFR遺伝子に特定の変異が認められる肺がん患者だけです。また、HLA-B対立遺伝子を持つヨーロッパ人の約6%が、抗レトロウイルス薬のアバカビル(HIV治療薬)に対して重篤な過敏症を発症することが明らかになっています。
遺伝子と病気との因果関係をさらに解き明かしていくために、政府出資の大規模なゲノム解析プログラムが続々と立ち上げられています。そして、1000人ゲノムプロジェクトやゲノム10Kプロジェクトやアイスランドでのゲノムプロジェクトのおかげで、世界において人間のゲノムのバリエーションにどのようなパターンが確認できるかや、人類の進化の歴史や数多くの病気と遺伝子との関連性について、理解が大きく深まりました。
さらに、イギリスでの10万ゲノムプロジェクトを筆頭に、100~100万人のゲノム解読を目指す大規模なゲノムプロジェクトが、アメリカ、カナダ、フランス、サウジアラビア、中国、韓国、オーストラリアでもスタートしており、近い将来にさらなる成果が出ることが期待されています。
偏ったゲノムデータベース
ゲノム医療はこのように進歩を続けていますが、その反面、少数派集団でのゲノム解析が不足していることで一貫性のあるデータが得られておらず、新たな問題が生じていることにも留意しなければなりません。遺伝子の研究と病気の治療はこれまで、白人などの研究が進んでいる集団のデータが過剰に蓄積された、偏ったゲノムデータベースによって誤った方向へと導かれてきました。これを改善するには、遺伝的多様性を完全に把握することが求められます。おそらく全人類のゲノム解析が必要でしょう。
ゲノム解析技術の進歩
100万人レベルを超える大規模なゲノム研究の実施を妨げていた要因は、解析にかかるコストでした。しかし、1回のゲノム解析に必要な費用は過去15年で30億ドルから1,000ドル以下にまで減少しており、今後5年でさらに10分の1になると予想されています。
1977年、フレデリック・サンガーによって従来型のサンガー法が開発されました。この方法では、短いDNA断片の解析に数週間かかりました。1986年になると、高スループットで高度に自動化されたキャピラリー式のサンガー法シーケンサーが登場します。この装置では、1,000塩基対のDNA断片96個を同時に解析することが可能で、最新版では1塩基対の解析にかかる費用は1ドル以下です。
2005年以降は、短い塩基配列を高速に読み出すシーケンサー(次世代シーケンサー、NGS)が開発されたことで、解析コストが数千分の一まで劇的に低下し、スループットも飛躍的に向上しています。
2010年には、短い塩基配列を低コストで読み出す既存の技術を補足する装置として、長い塩基配列を解読できる1分子シーケンサーが開発されました。1分子シーケンサーでは1万塩基対のDNA断片の解読が可能で、短い塩基配列を読み出す従来のシーケンサーでは困難または不可能だった領域まで解読することができるようになりました。
ただし、長い塩基配列を解読できるシーケンサーはその技術的な性質から、効率性と自動化の面では限界があります。また、低コストと高スループットの点では、短い塩基配列を読み出すシーケンサーには及びません。それでも、近年急速に進化を遂げてきた画像センサーによって効率性が大きく向上してきています。また、AI(人工知能)とロボット工学の分野での進歩が自動化の改善に貢献しつつあります。ゲノム解析技術の発展が続けば、手頃な価格で誰もが遺伝子情報を解読してもらえる未来が切り拓かれていくことでしょう。
生命の設計図であるゲノムは、健康管理や病気の診断と治療において非常に重要な役割を果たします。大量のゲノムデータを収集すれば、健康や病気をあらゆる側面から深く理解できるでしょう。ゲノム解読が日常的に行われる日は必ずやって来ます。私たち一人ひとりが自分のゲノムを解読してもらうのです。
さて、あなたはいつ自分のゲノムを解読してもらいますか?
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