ウクライナのファーストレディーが語る、戦争とメンタルヘルス
自国民のメンタルヘルスを改善しようとするウクライナの取り組みには、世界の他の国々にとっても学ぶべき点があります。 Image: REUTERS/Alina Smutko
Olena Zelenska
First Lady of Ukraine, Founder of the Summit of First Ladies and Gentlemen Global Platform- ウクライナ国民の80%近くが、常にストレスや不安を抱えながら生活しており、メンタルヘルス上の重圧が国民に大きな負担となっています。
- 戦争がメンタルヘルスに及ぼす負担は、ウクライナ国外でも生じています。
- ウクライナのメンタルヘルス・プログラムは、戦争で引き裂かれた他の国家が戦争の不安を和らげるための青写真を提供します。
私の携帯電話には、写真が入っています。学校を卒業した若い女の子と男の子が、夜、広い街路の真ん中でワルツを踊っている写真。それはとても微笑ましい光景です。しかし、実のところ彼らはウクライナの都市ハリコフの学校を卒業したばかりの若者たちで、わずかな静けさを求め、ロシア軍の砲撃の合間を縫って、朝の5時から卒業パーティのダンスを練習しているのです。
ロシアの爆撃機が飛び立てば、この若者たちは携帯電話の特別なアプリで警告を受け取るでしょう。このアプリは、爆弾の投下開始前に避難所にたどり着くチャンスを得るために作られたもので、ウクライナ人は皆、このアプリを携帯に入れるようになりました。
ここでは、働く、学校を卒業する、生活するといったニーズと隣り合わせで、常に生命が脅かされています。自分がロシアの標的であるという意識は、逃れようのない重圧です。そして、それは国民に負担を強いています。調査によると、ウクライナ人の80%近くが常にストレスと不安にさらされているのです。私たちの社会は、集団的な心理的トラウマに苦しんでいます。
集団的な「心理的トラウマ」
精神的な健康と肉体的な健康に直接の相関関係があることはよく知られています。戦時下では、この悪影響は特に早く、激しく感じられます。ウクライナでは、糖尿病患者が20%以上、心臓発作患者が16%以上、脳卒中患者が10%以上増加しました。占領、移住、そしてストレスーそれは私たちを麻痺させ、行動を妨げるーによって、治療を受けられないままのがん患者が大量に発生することが予想されます。
紛争に関連したメンタルヘルスの課題は、ウクライナ人や紛争の影響を受けた人々のみに当てはまるものではないことを示唆するエビデンスが増えつつあります。
(ゼレンスカ氏が創設した)「サミット・オブ・ファーストレディース・アンド・ジェントルメン」は、参加国すべてに影響を及ぼす課題に取り組み、私たちの影響力を活用してそれを乗り越え、協力して国民を助けることができるようにすることを目的としています。心理的ウェルビーイング(幸福)は非常に重要な課題であり、昨年キーウで開催された同サミットで私たちは、メンタルヘルスというトピックに焦点を当てて活動することにしました。
調査会社のアリゲーター・デジタル社は同サミットの要請を受けて1万1千人以上を対象に調査を実施。メンタルヘルスがグローバルな課題のトップ5に入ることを明らかにしました。この調査では、紛争に関連する不安や恐怖が、このメンタルヘルス危機の中で大きな要因となっていることも示されました。
さらに、人々はメンタルヘルスと同様に貧困、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)、気候変動、物価上昇ついても懸念しています。調査対象者はまた、今後5年、10年、さらには20年先も、メンタルヘルスは最重要課題のひとつであり続けると考えています。
この調査から得られた重要な点は、進行中であれ最近であれ、軍事紛争の影響を受けていない国の人々でさえ、戦争や紛争に関連した不安を感じているということです。
実際、世界の紛争の影響を直接受けていない個人の57%が、日常生活に支障をきたす感情を経験しています。悲しいことに、最も影響を受けているのは若年層最で、13歳から15歳が紛争の影響を最も受けやすくなっていました。
紛争がメンタルヘルスに与える影響は放射能汚染に例えられます。どんな国境や距離も、「戦争の汚染」とそれが引き起こす不安、不確実性、恐怖から身を守る手段にはなりません。世界のどこであろうと爆弾が落ちたなら、誰も安心することはできないのです。この意味で、世界はメンタルヘルスの課題に関して、経済危機よりもグローバルであることが証明されています。国境を越えて蔓延するストレスよりも急速に、インフレが広がることはないからです。
では、私たちに何ができるのでしょうか。
適切な言葉を見つけること
ウクライナにおける私たちの答えは、「全ウクライナ・メンタルヘルス・プログラム」です。私たちはこれを「大丈夫ですか(How are you?)」プログラムと呼んでいます。その理由は、ロシアの爆撃の後、私たちがお互いに最も頻繁にする質問がそれであるためです。皆が聞きたい答えは「生きていますよ(I'm alive)」です。しかし、メンタルヘルスの文脈では、さらに踏み込んで「なんとか大丈夫、気持ちをコントロールできており、落ち着いています」と答えられるようになることが重要です。
そのために、すでに10万人の家庭医が世界保健機構(WHO)の研修を受け、一次的な心理的支援スキルを身につけ、不安、不眠、恐怖を抱えた人々を助けることができるようになりました。これらは、ウクライナの患者に最も多い訴えです。医療従事者だけではありません。銀行員や交通機関の職員など、人と直接関わるすべての人が同じ訓練を受けているので、受付や列車内で不意に泣き出す人がいても、近くにいる人が適切な言葉を探して助けられます。
このプログラムでは、自助の方法についても教えています。ソビエト政権下では、自分の感情を抑え込み、「歯を食いしばり」、「自らを奮い立たせる」ことが求められていました。しかし今日、自分の精神状態や感情について語り、分析し、治療することは、決して弱さではないことは明らかです。ウクライナのレジリエンス(強靭性)はしばしば称賛されますが、レジリエンスという言葉の定義は「外的ストレスに耐え、回復する能力」です。これは、メンタルヘルスと同義です。つまり、レジリエンスのある社会は、精神的に健やかな社会でもあるのです。
紛争をめぐるグローバルな恐怖と不安に対処する上で、メンタルヘルスに関する訓練や専門知識に焦点を当て、メンタルヘルスの偏見と闘うウクライナから得られる教訓は、人々が苦しんでいるあらゆる場所で役立てることができるでしょう。「全ウクライナ・メンタルヘルス・プログラム」は、直接的であれ間接的であれ、戦争に関連したメンタルヘルスの課題に取り組むグローバルな事例となります。
「悪の免責」の撲滅
しかし、このグローバルなメンタルヘルスの危機を取り除く方法はもうひとつあります。戦争を未然に防ぐことです。私たちは、侵略者を押し止め、侵略を最初から阻止しなければなりません。これは、武力に訴えることが主張を認めさせる最終的な手段として機能するという考えを世界に「感染」させないことを意味します。
「悪の免責」、つまり悪いことをしても罰せられないとなれば、他の潜在的な攻撃者に悪い手本を示すだけでなく、社会に不安と不満を生み出します。自分自身の信念や政府、国家に対する信頼の欠如を生み出すのです。
このような紛争に関連した不安の精神的「放射能汚染」に取り組むには、膨大な努力とその努力を広く浸透させるための時間が必要でしょう。最も効果的な方法は、その主な原因である戦争や紛争を減らすことです。
したがって、戦争に正当な終止符を打ち、侵略者を罰することは、ウクライナにとってだけでなく、世界全体、地球上の一人ひとりの精神的、価値観的なウェルビーイングにとって必要不可欠なことなのです。
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