“ストーリーのある魚”を。漁師から集めた「データ」で南アフリカの村を守るアプリ
顔が見えて思いやりのあるやり取りは、人と人が繋がることの価値を取り戻し、ときに多国籍企業のような巨大な経済圏に立ち向かうエネルギーを与えてくれる。 Image: Getty Images/iStockphoto
スーパーの店頭に並ぶ魚を手に取るとき、どの国や地域で獲れたものかだけでなく、生態系に配慮した商品だとわかるラベルも目にするようになった。しかし、それが「誰によって」「どのような方法で」獲られたものかまで消費者が詳細に知ることは難しい。
このように「いつ・どこで・誰が・どのように」という情報を追跡できる状態にするトレーサビリティが失われていることが、たとえば水産物においては、法律に反して漁獲をおこなうIUU漁業や、生態系を軽視した乱獲を摘発しきれない要因の一つとなっている。
こうした水産資源の乱獲による影響を受けてきた国の一つが、南アフリカ共和国だ。かつて同国の海岸地域では、朝早くに漁師が海に出て魚を獲り、戻ってくるとボートからそのまま海辺で販売したり、午後から地元のマーケットで販売したりしていたため、地域住民は環境負荷が低く新鮮な魚を買うことができたそうだ。しかし、大企業が魚をはじめとした水産資源を大量に捕獲。生産者と消費者の間には仲介者が入り、小規模漁業を営む漁師たちの暮らしや海の生態系に大きな打撃を与えたという。
情報の不透明性と、漁村の衰退。この両方を解決しようと取り組んでいるのが、2017年に同国で生まれたアプリ「ABALOBI」だ。漁師は魚を獲ると同時に、「ABALOBI Fisher」にどこで何を獲ったのかを記録。そのデータは即座に共有され、漁港で待機するチームが獲れた魚に合わせて発送の準備を整える。
同データは、消費者向けアプリ「ABALOBI Marketplace」に反映され、レストランやホテルの買い付け人、地域の販売業者、市民などは漁師が記録した情報を見ながら魚を直接購入できる。このように漁師と購入者を直接つなぐことで、仲介に伴うコストを削減し、漁師に正当な価格を支払えるのだ。
ABALOBIはこのシステムを利用した商品を「Fish With A Story(ストーリーを持つ魚)」と名付けてブランド化。パッケージにはQRコードがついており、スキャンすると「いつ・どこで・誰が・どのような方法で」その魚を獲ったかという情報が全て表示される。生産者からのコメントも掲載され、購入者は漁師に直接メッセージを送ることも可能だ。同国中心部および西ケープ州を対象にオンラインショップで販売され、同国の100を超えるレストランで実際に提供されている。
ABALOBIは、漁獲時点から情報を一貫して管理することで、あらゆるデータが即座に集まっている。小規模漁業を対象とした活動でありながら、ウェブサイトには獲れた魚の数や種類、漁師が得た売上など多様な最新データが掲載され、透明性が確保されていることが分かる。さらに、こうしたデータは乱獲の被害を受ける海の生態系を守るにあたって重要な情報源ともなっており、漁師の力によって海が守られているのだ。
同組織は、漁師と科学者が協働して設立された。その活動のさまざまな側面から、漁村の文化や歴史的背景とも向き合っていることがうかがえる。特に、漁村を再生しようと立ち上がった女性たちとも対話を重ねており、その様子を収めたドキュメンタリー「Fish With A Story」は、2022年8月に公開され再生回数は2万回を超えている(2024年1月現在)。
ABALOBIが教えてくれるのは、スマートフォン一つで大きな変化を生む可能性だけではない。人間らしいつながりが社会や環境をめぐる課題を解決しうるということだ。顔が見えて思いやりのあるやり取りは、人と人が繋がることの価値を取り戻し、ときに多国籍企業のような巨大な経済圏に立ち向かうエネルギーを与えてくれる。
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