AIがエンターテインメント業界に与える、6つの破壊的影響
ハリウッドは、AIがエンターテインメント業界に及ぼし得る影響を懸念しています。 Image: Unsplash/Vincentas Liskauskas
Cathy Li
Head, AI, Data and Metaverse; Member of the Executive Committee, World Economic Forum Geneva最新の情報をお届けします:
Generative Artificial Intelligence
- ハリウッドの俳優や脚本家たちは、技術のパラダイムシフトがエンターテインメント業界に与える影響を懸念し、ストライキを起こしています。
- AIの急速な発展が懸念を生んでいる理由は、この技術が俳優を模倣した合成音声やアバターをつくる力を持っているためです。
- 世界経済フォーラムのAIガバナンス・アライアンスは、AIシステムの責任ある設計と発表のための連携を促すという目的のもとに、立ち上げられました。
インディアナ・ジョーンズを演じるハリソン・フォード氏は81歳。それでも、何度も制作されている同映画シリーズの2023年版では、驚くべきことに、彼が40代のように若く見えるシーンが多数あります。
映画の技術が成し遂げたこの快挙は、一部にAI(人工知能)と機械学習が使われていますが、これこそ、ハリウッドがエンターテイメント業界へのAI技術の影響を懸念する理由の一つです。
今、ハリウッドの俳優と映画脚本家たちが結集してストライキを起こしています。このようなストが起こるのは、テレビが台頭した後の1960年以来のこと。ストの主な要因は、1960年と同様、技術の進化によるディスラプション(創造的破壊)と、それがメディア業界に与える影響にあり、今回の場合、ストリーミングの普及とAIの急速な発展が背景にあります。
現在、業界の著名人たちも、給与、労働条件、AI使用に関する懸念を抱え、映画脚本家たちとともにストライキに参加しています。
ハリウッドといえば、世界で最も有名な映画スターたちを思い浮かべるかもしれませんが、カメラの裏側では多くの人が働いています。彼らは、日々の仕事や生活が、AIにどれほど大きな影響を受けるのかを不安視しています。一方、AI技術により雑務から解放され、創造性とイノベーションに集中できるとし、これをチャンスと捉える人もいます。リスクとチャンスの間のこうした緊張関係は、多くの業界でみられるものです。
これらの技術が主流になる中で、多くの業界は、AIをどこに最大限活用することができるのか、どのような可能性がもたらされるのか、自動化や能力の補完によって役割がどう変化していくのかといった課題に取り組んでいるところです。
AI技術の進化は、知的財産権に対する現在のアプローチにも根本的な課題を提起しています。クリエイター、アーティスト、スタジオ、テクノロジー企業の間で議論が行われているのは、AIモデルのトレーニングに用いるコンテンツの「公正な使用」をどう考えるかという点。これは、コンテンツに対する報酬にも影響します。クリエイターたちは、すでにテクノロジー事業者に対する法的措置に乗り出しており、議論はまだ始まったばかりです。このほか、AIモデルの生産物に対する知的財産権や著作権の取り扱いについても、議論が続いています。
AI技術はどのような破壊的影響をエンターテインメント業界に与えるのでしょうか。6つの側面から、その影響を紹介します。
1. デジタルアバター
AIが生成するアバター、つまり「デジタル人間」の未来に賭ける新たなスタートアップが増えています。アバターを使えば、プレーンテキストのスクリプトから、プロモーションや教育用のコンテンツを短期間で制作することが可能です。これは、動画の更新も簡単に行えるようになることを意味しています。また、話し手をオーディエンスに合わせて調整することも可能で、コンテンツを多様で包括的なものとすることができます。
この技術はさらなる可能性を拓いています。1955年に交通事故で他界した俳優のジェームズ・ディーン氏も技術を活用して蘇らせ、新作映画の中で実存の俳優たちと歩き、会話させることができるのです。
2. 合成音声
インターネット上には、すでに著名人のボイスジェネレーターが溢れており、ドナルド・トランプ氏からテイラー・スウィフト氏に至るまで、誰の声でも複製し、何でも話させることができます。
著名人たちのディープフェイク版がすでに幾つか存在し、クローン音声を使って本人が実際には行っていないスピーチをさせていますが、こうした事例があるのも驚きではありません。特に、声優アーティストたちは、この分野の著作権法が未だに曖昧なため、この技術が高度化していくことに懸念を抱いています。
とはいえ、この技術が建設的に使用されている例もあります。俳優のヴァル・キルマーは、咽頭がんの手術後、映画「トップガン:マーヴェリック(Top Gun: Maverick)」に出演するにあたり、AIを使って失った声をデジタル再現しました。また、パラマウント・ピクチャーズ社は、「スクリーム(Scream)」シリーズ第6作のプロモーションのために、「ホラーは好きか」という有名なセリフを使い、AIが生成するパーソナライズされた電話をファンが受け取れるようにしました。
3. AIが生成する脚本
全米脚本家組合(Writers Guild of America、WGA)は、映画やテレビの脚本作成におけるAI使用を制限したいとの意向を示しています。「私たちは、自分の素材がAIの学習に使われることを望んでおらず、AIが生成した粗雑な草稿を手直することも望んでいません」と、WGA交渉委員会のメンバーである映画脚本家のジョン・オーガスト氏は、組合メンバーたちの懸念について述べています。
既存の脚本がAIのトレーニングに使用されることは、知的財産の盗用になりかねないと脚本家たちは主張しています。
一方、スタジオにとっては、生成AIの活用が収益向上に寄与する可能性があり、そのことが、ストリーミングビジネスに対する懸念となっています。
世界経済フォーラムの「2023年の新興テクノロジー・レポートトップ10(Top Ten Emerging Technologies of 2023)」では、生成AIがランクインしており、ChatGPTのようなシステムが「生産性を高め、成果物の質を向上させ、人間の作業は草稿作成から、対照的なアイデア創出や編集へと転換される」可能性があるとを指摘しています。
4. AIが生成するビジュアル
1993年の映画「ジュラシック・パーク(Jurassic Park)」では、初めて導入された先駆的なコンピュータージェネレーテッドイメジェリー(CGI)により、恐竜に生命が吹き込まれ、観客を驚かせました。今や、その技術も時代遅れな印象で、感動も薄れてしまいました。しかし、その後の画像生成技術の進化は、驚くべきものがあります。
アニメーションや画像の作成においては、「ショーランナー(Showrunner)」と呼ばれる新しいAIアプリケーションが、AIの力を実証しています。このツールを開発したシミュレーション社は、ハリウッドのストライキを題材にした「サウスパーク(South Park)」のエピソードを発表しました。このエピソードは、既存のサウスパークのコンテンツを使ってAIモデルをトレーニングしてつくられたもので、筋書き、脚本からアニメーション、音声収録、編集に至るまで、すべてAIによって制作されました。
5. タスクの自動化と補完
ほかの多くの業界と同様に、AIは、エンターテインメント業界においても、反復的な作業や日常的な作業を自動化したり、重労働を担ったりしています。また、副操縦士のような役割も果たし、制作チームの能力を補完することもできます。
AIツールは、すでに画像編集に利用され、制作時間を大幅に短縮し必要な予算を圧縮しています。チームは、AIツールを使って視覚効果のある絵コンテをつくったり、制作後の編集にCGIを取り入れたりすることもできます。
6. 翻訳
韓国最大のレコード会社、ハイブ社は、AIを活用してアーティスト、ミッドナットの楽曲を6カ国語で発表しました。この韓国人歌手の歌声を他言語のネイティブスピーカーの声と融合させることで、楽曲を韓国語、英語、スペイン語、中国語、日本語、ベトナム語でリリースしたのです。歌手本人が話せる言語は韓国語と、わずかな英語および中国語だけです。
官民連携の必要性
AI技術の発展と導入に伴う懸念を和らげ、この技術の持つ可能性を最大限に活用するためには、マルチステークホルダーの連携が欠かせません。
これまでに述べたようなAI技術の利用の可能性は、AIがエンターテインメント業界をいかに根底から変え、コンテンツの制作者から消費者まで、あらゆる人々に影響を与え得るかを示しています。こうした技術のパラダイムシフトは、ビジネスモデルや、コンテンツ制作と配信に関わるステークホルダーの報酬、さらには業界で働く人々の生活にも多大な影響が及ぶことを示唆しています。
世界経済フォーラムが立ち上げた、AIガバナンス・アライアンス(AI Governance Alliance)は、透明性と包摂性のあるAIシステムの責任ある設計と展開を推進するために、マルチステークホルダーの行動を促すことを目的としています。このイニシアチブは、安全なシステムと技術の確立、サステナブルな応用と変革の促進、レジリエント(強靭)なガバナンスと規制への貢献という3つの主要分野を優先課題に掲げています。
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