ウェルビーイングとメンタルヘルス

メンタルヘルスを身近なものにするための日本の課題

日本の道路を横断する人々の写真、日本人のメンタルヘルスの問題に対する援助を受けることがいかに難しいかを示している。

日本では、メンタルヘルスの問題を早期に相談するよう促す必要があります。 Image: Unsplash/Ryoji Iwata

Naoko Kutty
Writer, Forum Agenda
Naoko Tochibayashi
Communications Lead, Japan, World Economic Forum
  • 新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の女性と若者のメンタルヘルスにとりわけ大きな影響を与えています
  • 日本政府は、国の自殺対策の指針となる「自殺総合対策大網」を閣議決定し、女性と子どもへの支援を始めて重点施策に加えました
  • メンタル不調の早期発見、早期治療を後押しするためには、教育やテクノロジーの活用が必要不可欠です

新型コロナウイルスの感染拡大は、すべての人から、当たり前の日常を奪うと同時に、さまざまな傷跡を残しました。特に、長引くパンデミックは、女性と若者のメンタルヘルスに大きな影響を与え、日本国内の自殺の動向にも異変を起こしています。

経済協力開発機構(OECD)は、日本国内のうつ病有病率が2020年時点で17.3%と、2013年の7.9%から倍増していることを報告。また、2020年の全国の自殺者数は11年ぶりに増加しました。見過ごすことができないのは、女性の自殺者数が2年連続で増加し、小中高生は2020年に過去最高の499人に達して以来高止まりが続いていること。これを受け、日本政府は、国の自殺対策の指針となる「自殺総合対策大網」を閣議決定し、女性と子どもへの支援を始めて重点施策に加えました。

厚生労働省の有識者会議は、コロナ禍での配偶者からの暴力や、育児と介護疲れ、非正規雇用が多いことによる経済的影響が深刻化し、女性が心身ともに追い詰められた状況に陥っていることを報告書で指摘。また、家庭に居場所がない子どもや若者は、休校で在宅時間が長くなったことでさらに生きづらくなり、学校や社会での人との繋がりが分断されたことで生きがいも奪われ逃げ場がない状況にあるということが明らかになりました。

低いカウンセリング利用率

欧米ではうつ病の有病率が20%〜30%であるのに対して、日本は10%程度と極めて低いという調査結果がある一方で、自殺率に関しては先進国の中でも突出しています。有病率が低いにも関わらず、精神疾患を理由とした自殺率が高い理由は、軽度の不安障害や適応障害から重度のうつ病に至るまで、「つらい」と感じた時に医療機関を受診するハードルが極めて高いことにあります。

日本では、メンタルに不調を感じて心理カウンセリングを利用した経験のある人はわずか6%。欧米の52%と比べると、カウンセリングを気軽に受けられないという認識を持つ人がいまだ多いのです。高熱が続けば医者へ出向くのに、気持ちがふさいでベッドから出られない日が続いても、こころの健康状態については軽視されがちなのはなぜでしょうか。

「同調圧力」がメンタルヘルスに及ぼす影響

日本でカウンセリングの浸透度が低い理由の一つは、受け入れられないことを耐え忍ぶことが美徳とされる考えが根付いていることです。精神的な辛さを身近な人に打ち明けることに抵抗を感じ、メンタルの不調を「我慢して」乗り越えようとする日本人。文化的に「同調圧力」が強く、個より社会や社会的な協調が優先される傾向にあるこの国で、周りの人とは違う考えや主張を持ち「自分らしく生きること」が、「みんなと同じ」であることに反する場合、自分の思いを抑圧せざるを得ないと思ってしまいがちなのです。この日本特有の圧力は、集団の結束力を高めるメリットがある反面、多様性が尊重されず、メンタルヘルスを害するほどのストレスを引き起こすことがあるのです。

メンタルリテラシー教育を学校で

それもそのはず、日本では、長い間メンタルヘルスリテラシー教育が学校のカリキュラムに組み込まれていなかったため、ほとんどの人がメンタルに不調を感じた際の具体的な対処法を学ぶ機会がなかったのです。今年から、約40年ぶりに高校の保健体育の授業に「精神疾患の予防と回復」という項目が追加されることになりました。若者が精神疾患について知り、自分や周りの人のメンタルの不調に気づけるようになり、異変を感じた早い段階で助けを求める行動が取れる力をつけていくことを目指しています。大きな進歩となるこの取り組みは、精神疾患の発症年齢のピークが10代半ばであるという研究結果に基づき、高校教育での導入となりました。しかし、成長とともに大きく揺れ動く子どものこころを守るためには、もっと早期の小・中学生の頃から学べる機会を設けることが重要でしょう。同時に、教育者たちのメンタルヘルスに関する知識、理解の向上を図ることも必要不可欠です。子どもたちが生活の大半を過ごす学校の教育改革が、鍵となりそうです。

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メンタルヘルス改善にDXが貢献

日本のスタートアップもメンタルヘルスの課題に立ち向かっています。感情を記録してAIロボットと会話をすることで、自分の感情と向き合う手助けをするアプリ「エモル」は、人に気持ちを打ち明けることに恐怖心や難しさ感じる状態にあるユーザーに、AIロボットが寄り添いながらこころのケアをサポートするサービスです。チャットでの会話の結果は記録され、ユーザーは日々のこころの状態をグラフで確認、自分を客観視することで落ち着きを得られるように設計されています。医療機関の受診やカウンセリングの利用にためらいを持つ人が手軽に利用できる点が、メンタル不調の早期発見、早期治療に大きく貢献すると期待が高まります。

新型コロナウイルスの感染拡大は、これまで見過ごされてきた複雑に絡み合う日本社会の課題を顕著化させました。女性が生きづらく、若者が希望を見いだせない要因を、一つひとつ紐解き、対策を講じることが急がれます。

マルチステークホルダーからなるネットワークである、世界経済フォーラムのメンタルヘルスに関するグローバル・フューチャー・カウンシルは、メンタルヘルス領域で革新的な取り組みを進め、パンデミックがもたらした世界的なメンタルヘルスの危機の解決の一助となることをめざしています。

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