日本のウェルビーイングのとらえ方
幸福度を測ることはできるのか? Image: Freepik.
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日本
- 「ウェルビーイング」という概念は、個人が幸せと感じている状態から、社会と経済のあり方を包括的に変化させるものへと広がっています。
- 日本は、政府がかかげる「新しい資本主義」のもと、成長のバランスを取りながら富の再分配を行うことを目指しています。
- 日本は、ウェルビーイングを一層重視することで、経済的利益だけでなく人と地球を大切にする社会を築こうとしています。
かつて「幸福な状態」と定義されていた「ウェルビーイング」は、その後、医療などの分野で主に使われるようになり、今では経済的側面の充実のみならず、住環境や安全、文化、食、生活環境の豊かさをも指す、より包括的な概念となりました。つまり、ウェルビーイングとは、生きる目的そのものなのです。
日本では、岸田首相が提唱する「新しい資本主義」の中に、創意工夫や新しいアイデアを生み出すために不可欠な「人的資本」「人」に投資することも含まれ、今後の国の戦略に不可欠な取り組みと位置付けられています。
また、世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ教授が著書「The Great Narrative」で指摘しているように、「世界的に進歩の尺度として他の指標を用いることが流れになると、生物多様性や社会の結束などのようにGDPでは測れないものを重視するようになる。その場合、少なくとも先進国においては、GDP成長率が100分の数パーセント低下したとしても、環境や社会といった要素のスコアが高い国(「バランスのとれた」質の高い成長をしている国)では、大きな問題ではないと考えるかもしれない」と書いています。また、「日本の高い生活水準と幸福度指標は、GDPがほとんど伸びなくても(ただし、その中でも一人当たりGDPは着実に伸びている)、希望をなくす必要はないことを教えてくれるのだ」とも述べています。
作家でありパブリックスピーカーでもある山口周氏は、「The Great Narrative」のインタビューの中で、日本が登山型の社会から高原型の社会への移行について言及。「20世紀の日本は、山を登り、アメリカやイギリスに追いつくという『登山型社会』だった。それはかつて非常にうまくいったが、いまはそうではない。だがこれは停滞ではなく、近代化の完成だ」と述べています。
日本では、物質的な豊かさのみを追い求めるのではなく、包括的なウェルビーイングを重視する姿勢やトレンドが、企業および組織の戦略やビジネスアイデアにも影響を与えています。住みやすく、安全な社会やコミュニティが好まれ、文化的な充実や美食へのあくなき探求など、数字に表れない価値が日本ではより重視されてきているのです。
企業のウェルビーイングへの取り組み
ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点が浸透する中、組織、人事戦略および事業運営にウェルビーイングの概念を取り入れる企業も出てきています。企業が人や従業員をどのように扱っているかも重要な指標として捉えられているのでしょう。世界経済フォーラムのESG指標に関する報告書では、「人」をESG指標の柱の一つとしており、健康や幸福を含むとされています。
ウェルビーイングを意識している企業のひとつに、楽天があります。「コレクティブ・ウェルビーイング」に関するガイドラインやチェックリストのツールを開発し、CWO(Chief Well-Being Officer)というめずらしい役職を設け、企業文化醸成の中核にウェルビーイングを据えています。
また、日立製作所から独立したハピネスプラネットは、個人と組織のハピネス向上を目的としたソフトウェア・サービスの提供に取り組んでいます。同社は、従業員の心を重要な「資本」として捉え、例えば、従業員の行動学的データに基づき、従業員のハピネスに焦点を当てたソリューションを提供しています。また、経営方針と従業員の業務および行動のギャップを埋めるため、経営方針をブレイクダウンし、従業員を巻き込み、モニタリングする試みも行っています。
日本政府の取り組み
政府も、幸福度の向上や、新たな産業やサービスを生み出す上で、科学的根拠を重視しています。幸福度の自己申告では、日本は先進国の中で下位に位置していることも踏まえ(G7諸国の中で最低の幸福度)、幸福度をより科学的に測定また理解するための取り組みが始まっているのです。
内閣府科学技術・イノベーション事務局によるプロジェクト「Moonshot」型研究開発制度では、「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現する」ことを目標に掲げています。この取り組みでは、自殺やうつ病が深刻化する中、心のやすらぎや活力を高める技術やサービスの実現を目指し、精神的に豊かな状態を実現するための技術等の研究も加速しています。
また、科学技術振興機構(JST)は、「ひとの幸福な状態を計測・評価する技術に基づく新サービスの創出」をテーマに、研究を行っています。この研究の大きな目的は、「経済の成長に最適化された社会」から、「個人に最適化された社会」への転換とされ、研究の世界でも、ウェルビーイングは重要なテーマのひとつと捉えられています。
社会にも浸透するウェルビーイング
また、社会におけるウェルビーイングの概念も注目されています。物理的な成長の追求から脱却する流れとともに、さまざまな活動において持続可能性が求められるようになり、それと並行して、長い時間軸で物事をとらえる宗教や文化があらためて注目されているのです。
日本だけでなく世界各地で活躍している臨済宗妙心寺派の松山大耕氏。同氏は、国内外の企業や団体から、ウェルビーイングやマインドフルネス、「生きがい」についての講演を依頼されることが多いと言います。
若者の意識が高まり、社会的な課題の解決に向けた社会活動や起業への積極的な動きを見ると、ここでも社会の幸福を生み出す努力がなされている事を実感します。社会の幸福度を高めるためには、社会保障、健康、保健などの政策分野を、官民連携のもと若者を巻き込み、見直していくことが必至なのです。
個人、組織、社会の中でウェルビーイングに対する意識が醸成されると、新しい事業や市場の形成、マインドセットの転換、社会的課題の新たな捉え方や解決策の提示などといった、新しい取り組みや価値観が不可欠になります。人々が安心して、自分のウェルビーイングを大切にできる社会こそが必要なのです。
世界経済フォーラム日本代表 江田麻季子
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