ポストコロナの世界的な景気回復によって国際商品市況が大幅に上昇する中、日本国内の消費者物価(除く生鮮、コアCPI)は5月が前年比マイナス0.1%と小幅低下した。企業の価格転嫁が進んでいないためだが、この先も売上減少を懸念する企業が値上げせず、CPIは低迷しそうだ。価格据え置きは消費者にとって好ましく見えるが、企業は雇用カットや賃金抑制で対応する可能性があり、「負のスパイラル」に陥る危険性もある。

政府は、米国のバイデン政権が実施した個人に直接資金を配布した方式を参考にして、個人の購買力を回復させる必要が出てきたのではないか。企業が国内市場で「価格支配力」を回復できない原因には、消費者の購買力が弱々しいという根本的な問題が潜んでいる。

日銀短観で大幅に上がった仕入れ価格DI

日銀が1日に発表した6月短観は大企業・製造業の業況判断指数(DI)に市場の注目が集まったが、もっとスポットを当てるべき項目があった。それは大企業・製造業の仕入れ価格判断DIがプラス29だったこと、そして大企業・製造業の販売価格判断DIがプラス4だったことだ。原材料価格が大幅に上昇しているにもかかわらず、販売価格に上値乗せできていない現状をクリアに示したデータと言える。

実際、代表的な国際商品19品目の総合指数であるリフィニティブ/コアコモディティCRB指数は、今年1月初めから7月1日までに約27%も上昇した。

5月の企業物価指数(CGPI)を見ると、輸入物価指数は前年比プラス25.4%と大幅に上昇している。中でも目立って上がっているのは鉄鉱石や銅鉱などの原材料価格だ。米国の住宅建設ブームで跳ね上がった木材価格は「ウッドショック」と呼ばれているが、5月の統計でも同プラス23.0%となった。

一方、5月の国内企業物価指数は同プラス4.9%と上昇幅が圧縮されている。国内企業が内部で行っているいわゆる「企業努力」で、コスト上昇分を吸収しているからだ。5月の統計で国内需要財を素原材料、中間財、最終財に分けてみると、素原材料は前年比プラス45.5%、中間財が同プラス8.5%、最終財が同プラス2.8%と流通経路の川上から川下に流れていく間に上昇幅が圧縮されていることが分かる。

弱い需要サイド

それが、コアCPIの段階になると同マイナス0.1%になってしまう。消費者が手に触れる段階での価格が、上がっていないのはなぜか──。

例えば、5月のCPIを見ると、携帯電話の通信料が同マイナス27.9%となり、コアCPIを0.54%押し下げたが、火災・地震保険料が16.4%値上げされ、コアCPIを0.11%押し上げた。ガソリン代の値上がりもコアCPIを0.37%押し上げた。差し引きするとトントンで、その他はあまり変動がなく、最終的に横ばいだった。

米国では半導体不足で自動車が減産に直面すると、中古車の価格が急上昇し、米国のCPI上昇の要因の1つになった。日本とは対照的な動きだ。

これを企業側から見ると、原材料コストが上がっているのに、最終価格の大幅な値上げは売上減少につながるので「我慢」するということになる。短期的にコストを吸収するのは可能だが、中長期的なコスト吸収は経営を圧迫につながる。

そこで企業が目をつけるのは、原材料と並んで大きなコストの費目である人件費だ。コロナ禍でも政府が支給してきた雇用調整助成金で維持してきた雇用は、政府が打ち切りを決めた途端に「解雇」が大量に発生し、雇用環境が急速に悪化するリスクがある。

また、賃上げは遠退いて今後は賃金カットの動きも出てくる可能性がある。このような現象が表面化すれば、雇用悪化・消費減退・売上減少という縮小スパイラルに転落しかねない。

最悪のシナリオを回避するには、従来型の企業を経由した補助金や協力金の支給ではなく、個人に対して直接資金が配布される米国型の支援策が効果的だ。

個人の購買力をてこ入れし、需要が盛り上がって値上げを受容できる環境を整えることが、政府にとっての喫緊の対応策であると指摘したい。値上げできない環境が継続すれば、「緩慢なデフレ」がやがて訪れる危険性が高まるだろう。

*この記事は、Reutersのコラムを転載したものです。