深海の鉱物資源は、バッテリーのサプライチェーンの需要を満たすことも可能。しかし本当に採掘すべきか?
深海での鉱物資源の採掘が、深海生物の多様性と生息地、そして水産業に与える影響については、未だ調査段階にあります。 Image: Ivana Cajina on Unsplash
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モビリティ
・モバイル電子機器や電気自動車のバッテリーの原料となる、コバルトなどの鉱物資源の需要は、今後、飛躍的に増加すると予測されています。深海という、新たな可能性を持つ産地で採掘される鉱物資源が、10年足らずのうちにバッテリーのサプライチェーンに組み込まれる可能性があります。
・深海の鉱物資源の採掘については、深海生態系の価値を科学者たちが評価するのを待たずに、脆弱な生態系に被害を与える可能性があるとして、すでに議論になっています。
・サプライチェーンの実行可能性と環境の持続可能性を見極めるための議論は急務。深海採鉱がもたらす影響について、コバルトなどの鉱物資源を製品の原料に使用している電子機器メーカーや自動車メーカーの参加を促す事は、必須です。
グリーンな社会への移行を加速させるため、世界では有望な資源への需要が激増しています。太陽光や風力、地熱にますます注目が集まり、社会は脱炭素化に向かっていますが、それと同時に脱炭素化を下支えするコバルトやリチウム、銅といった鉱物資源の消費量が飛躍的に増加し始めています。世界銀行が実施した調査では、脱炭素化の需要に対応しつつ、世界の平均気温の上昇を2度未満に抑え続けるためには、コバルトの場合はその生産量を2018年から2050年の間に450%引き上げる必要があると推定されています。
鉱物資源は種類を問わず、その採掘が環境や社会に複雑な影響を及ぼします。コバルトについては近年、その生産に伴う危険な労働環境や人権侵害の問題が大きく取り上げられています。
コバルトの使用量を削減またはゼロ化する新たなバッテリー技術も開発中ですが、このような新しいテクノロジーやサーキュラー・エコノミーがもたらす革新性がどの程度のスピードで、そしてどの程度のレベルまで全体的なコバルトの需要を減らすことができるかは、いまだ未知数です。
深海採鉱には、社会紛争を起こさずにコバルトなどの金属資源を採取できる可能性があるほか、待望の環境保全技術による原料コストの抑制やカーボンフットプリントの削減につながるメリットもあります。
その一方で、深海とその生態系には未知な部分が少なくないと科学者は警鐘を鳴らします。深海採鉱が深海生物の多様性と生息地、そして水産業にどのような影響を与えるのか。それは未だ調査段階にあります。また、深海でも地上と同じように環境への影響を軽減できるという考えには、専門家から疑問の声が上がっています。
このように不確実性が残っていることから、欧州議会、フィジー、バヌアツ、パプアニューギニアの各首相、そして80以上の団体は、予防のための諸条件が満たされるまで深海採鉱に猶予期間を設けるように要望しています。
困難ながらも早急に迫られる決断
環境への影響が不透明でもそれ以上のメリットがあると考えて、採鉱を推し進めるか。あるいは、環境への影響をより明確にするために調査を優先させて、採鉱を先送りにするか。世界は今、厳しい選択を迫られています。
国際海底機構(ISA)は、深海底での鉱物資源の採掘活動を組織・規制・管理する目的で設立された国際機関。環境規制、利益共有のための財政支出制度、その他の基準やガイドラインを策定しています。ISAはすでに、深海鉱物資源の開発に関する規制案を作成しており、2020年10月の総会または2021年の総会で採択される予定です。この規制案が加盟国によって正式に採択されると、深海鉱物資源の開発に関する契約が締結され、深海採鉱が開始される可能性が生じます。
また、排他的経済水域に鉱床を保有している国は、採掘技術を研究し、独自の規制を定めています。鉱物資源の海外依存度を減らすことを目指す日本は、すでに2017年に海底からの鉱石回収に成功しています。。クック諸島では、観光産業に依存する経済から脱却する目的で、海底鉱物資源探査のライセンスを2021年から付与することを検討しています。
一刻の猶予もない、製造業
深海採鉱をめぐる議論において、自動車や電子機器、バッテリー、航空、エネルギー開発の各分野の企業は、現在までは基本的には沈黙を貫いています。しかし10年以内に、これらの企業のサプライチェーンに深海で採掘されたコバルトが供給されるようになる可能性があります。
企業には原料調達の方法の倫理性から自社の評判を悪化させたり法的措置に訴えられるリスクがあります。これは、アップル、グーグル、マイクロソフト、デル、テスラがかつて実際に経験したことからも明白です。これらの5社に対しては2019年に、コンゴ民主共和国で児童労働によって採掘されたコバルトを使用したとして、連邦裁判所に集団訴訟が提起されました。
深海でのコバルトの採掘も同様に、倫理的な観点から論争を引き起こすおそれがあり、メーカーにとっては自社の評判の悪化や法的措置につながるリスクがあります。
一方、自動車メーカーや電子機器メーカーは、コバルトの調達方法の選択が戦略的に重要であることを次第に認識し始めています。BMWやテスラ、サムソンSDI、SKイノベーションは、製造部品をサプライヤーから調達することを避けて、従来は調達部門からかけ離れたサプライチェーンにある採掘会社から直接調達する契約を結ぶようになってきました。これらのメーカーにとっては、コバルトを安定的かつ倫理的に調達することが今まで以上に大きな意味を持つことになっているのです。金属を直接調達する傾向が強まるにつれて、さまざまな調達方法が環境や社会にどのように配慮できるかを把握することの必要性も高まっています。
深海採鉱をめぐる議論に参加しないないメーカーは、将来的にその重要性に慌てて気づくリスクを冒している。
—ウィニー・イェ、世界経済フォーラム
”業界が始動する前に枠組みを構築できる異例のチャンス
海底鉱物資源の埋蔵量については、コバルトの場合はいくつかの地域に合計で9万4,000トンがあると推定されていますが、これは現時点での地上の埋蔵量の約6倍に相当します。責任ある鉱物資源開発が可能になれば、深海という新しい産地のおかげで低炭素化への移行が飛躍的に加速する可能性があります。逆に、無責任な鉱物資源開発が横行すれば、海洋の恩恵である生物種とその生息地、そして生態系に長期にわたる悪影響を及ぼしかねません。
どの道を歩んでいくのか。それは私たちの決断にかかっています。その決断を下すという難題に向き合い、賢明な決断を下すために、深海で採掘された鉱物資源を利用することになり得る業を含むすべてのステークホルダーが、新たに巻き起こったこの議論に関心を向け、本腰を入れてそれに参加することが求められます。
未来を見据えた場合、今下した決断が、原料サプライチェーン、グローバルな鉱物資源経済、一部の国の経済、海洋生態系、そして気候変動に取り組む私たちの能力に長期的な影響を与える可能性が高いことを忘れてはなりません。
本記事は、mining.comに掲載された記事を転載したものです。
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~地球を救うために:深海採鉱に関する、世界経済フォーラムの取り組み~
クリーンエネルギーへの転換で大きなカギとなる鉱物資源が、深い海の底で発見されています。モバイル電子機器や電気自動車のバッテリー、家庭電気製品、発電機など、私たちの日常のさまざまな場面で使用されている製品の原料となる、コバルト、リチウム、銅、ニッケル、マンガン、亜鉛など。
深海でこれらの鉱物資源を採掘する場合、地上で採掘する従来の方法に比べて、コストとカーボンフットプリントを低減できる可能性があります。その反面、地球に残されている最後の手つかずの自然のひとつに多大な負荷を与えるおそれもあります。深海採鉱という比較的新しい産業分野では、環境に及ぼす影響や提案されている管理方法の有効性についての科学的知見が現在進行形で蓄積されつつあります。深海採鉱に関する契約を容認する決断が下される日がまもなく訪れようとしていますが、採鉱自体を容認すべきか、容認するのであればどのように実施すべきかについては、激しい議論が巻き起こっており、公平に意見を交換できるプラットホームの必要性が明らかになりました。
世界経済フォーラムの「グローバル・パブリック・グッズの未来形成のためのプラットホーム(Platform for Shaping the Future of Global Public Goods)」では、「深海採鉱に関するダイアログ(Deep-Sea Mining Dialogue)」というプラットホームを提供しています。これは、さまざまなステークホルダーが深海採鉱についての知識と意見を共有、また根拠に基づいて対話する、公平なプラットホームです。金属バリューチェーンの企業や金属を使用するメーカー、環境団体に加え、さまざまな分野の研究機関や科学者が集い、建設的かつ協調的に率直な意見を交換しています。
このダイアログは、深海鉱物の採鉱開始が、金属を製品の原料に使用する下流事業にもたらす影響を検証する一助にもなっています。当フォーラムは、現時点で入手可能なデータと分析結果を収集し、既存の知識との間にある重大なギャップを浮き彫りにして、ファクトベースを構築していく予定です。このダイアログは、金属のグリーン調達についての枠組みを構築することを通じて、激化する深海採鉱の議論を再構築し、未来に向けてビジョンを共有しながら協調的に方向性を模索していけるように取り計らっています。最も責任ある今後の道筋はどのようなものなのか。確かな情報に基づいて納得できる合意に導くことが、その最終的な目標です。
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